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46話 一方が前を向け

 地面に着地した『ザ・サード』は今度は両腕を前に突き出した。

 右手は【風船猿バル】。先ほどは膨らませて巨大化させて使用したが、風船は丸く膨らむだけではない。前方に伸ばすように膨らませることも可能なようだ。

 そして左手。

 左手は肘から先が蛇の身体で出来ている。蛇は渦巻く身体を細かな鱗と筋肉によって自在に動かす。だが、それはあくまでも自分の体の範囲まで。実際に伸びることはないのだが――。


「異世界なら話は別だよね……!」


 右手と同じように蛇も伸びる。

 伸縮自在な両腕が俺に迫ってくる。猿と蛇。信仰の対象にでもなりそうな生き物が俺に迫る。伸びた腕に背を向けるようにして腰を捻り、


右脚うかく旋撃せんげき!!』


 遠心力を自身の身体で生み出した回し蹴りを放つ。

 両の手を吹き飛ばすつもりで技を仕掛けたのだが――


「なに!?」


 蛇が当たる直前に蹴りの軌道に合わせて旋回した。そのまま俺の身体を縛るように這い動く。

 そうか。身体が伸びる蛇であれば、伸びた身体を自在に曲げることが可能なのか。どっちかしかできないと決めつけてしまった俺の行動は自身のピンチを招く。

 両足から肩まで、伸びる胴体に隙間なく縛られる。蛇は巻き付いて獲物の骨を砕くというが――確かにこの力は途轍もない。


『くそ! 海未はまだか!』


「きっと彼女も頑張ってくれてるから、それまで俺達も堪えるんだ!」


 僅かにでも身体を動かし隙間を作ろうと藻掻もがく。だが、ドラウは一度、俺達が束縛から逃げたことを知っている。

 同じミスをするとは思えない。

 ドラウとはこれで二戦目。

 だが、それでもドラウの性格は分かっているつもりだ

 ドラウはプライドが高い。


 だからこそ、敢えてこの状況を作ったのだ。自分が逃がした前回のミスを再現するように。そして、その状況を作り完膚なきまでに叩き潰すことで、自分のプライドを回復させようとしているのだ。

 でも、思考が分かったところで――


「どうしようもできないんじゃ意味がない……!」


 このままでは――殺される。

 ドラウが生み出したと言う三位一体の化け物、【ザ・サード】。自信作というだけあり、俺が戦ったどの【魔物モンスター】より強敵だった。


「相手がなにかしら、無機物を出してくれれば、策はあるんだけど――」


 それも期待はできないだろう。

 ガイの持つ能力は既に見せてしまっている。ならば、当然、対応はしているはずだ。だからこその、身体変化や強化を得意とする生物を組み合わせている。

 狂気に満ちた言動や格好に誤魔化されているが、相手は異世界とはいえ医者。

 頭脳は明晰と考えるべきだった。


 やはり、取る手は一つしかないか。

 暴走を含んだ【天使の羽】。

 俺がそれを使おうとした時、


「お待たせ~!」


 川津 海未が円環状に突起した地面の外から叫ぶ。声の方向に顔を向けると、大きく手を振りながら、自分の横に人間がいることを示していた。

 隣に立っていたのは白髪の老人。【開発部隊――佐々木班】の隊長である佐々木さんだった。そして、その人こそ俺が待ち望んでいた相手だった。


「これなら――試せるか! いくよ、ガイ!」


『ああ。こっちはとっくに準備はOKなんだよ!』




 ガイが【空間収納】を発動し、【天使の羽】を現実にへと呼び出した。顔の前に浮かぶ羽に俺は首を伸ばして額に触れる。

 ガイの鎧と羽が触れることで、光を発し鎧の形状が変化していく。

 白く美しい鎧へと。

 しかし、白く眩い鎧は直ぐに闇に染められ、破壊の悦楽に飲み込まれていく。白が黒に染められていくと同時に、俺の脳内も破壊衝動が火勢を増していく。

 すべての感情、思考を燃やす破壊衝動に俺は頭を抑えて抗う。

 今回はそう簡単に意識を手放してやるか。

 少しでもこの力を使うんだ。

 暴走しようが結果を手に入れて見せる!!

 最後の最後まで足掻いてみせる!

 俺は簡単に諦めるために【ダンジョン防衛隊】に入ったわけじゃない! 衝動に抗うこと。それは昨日までの俺が出来ないことだった。

 一度、使ってからずっと避けていた恐怖。

 だが、今は白丞しろすけさんのお陰で正面から戦うことができた。


『アア。アアアアア!』


 ガイは完全に意識を失ったのだろうか。鎧を通して雄たけびを上げる。ガイは元より荒い気性。俺よりも破壊衝動との相性はいいようだ。

 鎧を勝手に動かそうと暴れる。

 これは確かに人じゃない――悪魔だ。

 俺もこんな風になっていたのか。ガイの感情が鎧を通じて流れてくる。純粋な破壊。目の前にいる相手を殺したい。たった、それだけ。

 むなしい――力だった。


「だったら、俺が満たしてやる!」


 例えガイが意識を失っても、まだ、俺がいる。

 俺はこうして思考を続けている。

 ならば、俺が前を向けばいい。

 片方が折れなければいい。

 どちらかが意識を保っていれば戦える。

 ガイの姿を叫びに俺は自分の意思を保つ。


「おやー? 今度は意識を失わないのですね?」


 黒い鎧の姿になっても、すぐに襲い掛からぬ俺を見てドラウが言った。


「まあね。この世界には人のふり見て我が振り直せってことわざがあるんでな。相棒のこんな姿見たら、俺はそう簡単には意識を手放さないさ!」


「り~ひっひっひ。「ことわざ」ですか。そんな技があるとは……。面白いですね~」


「技じゃないけどね……」


 俺はそう言って距離を詰めて右腕を振るう。

 黒い鎧の力を引き出せば、数メートルなど一瞬で移動し、ドラウの身体を消滅させる一撃を放てるだろう。しかし、繰り出した俺の一撃は思っているよりも遅く、力のないモノだった。

 現状、暴走を押さえこんでいるだけ。【黒の鎧】が持つ力の半分も性能を引き出せていなかった。

 強化どころか弱体化した俺の攻撃を鼻歌交じりに躱すドラウ。

 不気味な鼻歌だ。異世界の曲だろうか?


「なに、消滅させると分かっている相手に近づく馬鹿はいませんよ。ましてや、暴走を押さえるのがやっとの相手。精々、自らの手で世界を壊すのを楽しませて貰いますよ」


「……」


 やはり、ドラウは冷静だ。

 こいつを倒すには俺の持てる全力を出すしかない。

 意識を保つことは出来た。

 なら、自分で選択できる。

 意識を手放すと言う選択を――。

 矛盾にも似た思いを殺して俺は鎧に縋る。これが最後の悪あがきだ。


 この鎧を使うために俺が思いついた最大の策を――自分と川津 海未を信じて、俺は意識を手放した。

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