44話 十悪
翌朝。
リビングに入った俺を見るなりガイが言った。
「お、なんかすっきりした顔してるな。何かあったのか?」
「別に……」
白丞さんに話を聞いて貰ったことを伝えるのがなんとなく恥ずかしかった俺は、顔を隠すように壁を見た。
そんな俺の行動に何かを察したのだろうか。
川津 海未がガイの頭を軽く撫でて言う。
「あ、こら、駄目だよ、ガイ師匠。そういうことは聞かないのが男の礼儀だよ。すっきりしたなんて一つしかないに決まってるじゃん」
「はっ!? そう……か、そうなのか。悪かったな」
「……絶対、変なこと考えているようね。2人はさ」
やれやれ。
相変わらずな2人だ。
でも、その変わらなさが――今の俺には有難い。
「別に平気だよ。それより、昨日は悪かったね、変な感じにしちゃってさ」
迷いが完全に立ち切れたかと言えば嘘になる。
だが、進むべき道が見えたから俺は前に進めるんだ。
「ガイ、ドラウを倒そう」
ドラウはこれまでの【魔物】とは違い意識があり、自在に【扉】を操っていた。
そんな存在を野放しにしては被害が出る。
あの植物男を使った時のように巧妙に人を攫われ犠牲が生まれる。
「そうこなくちゃな。俺もあいつは倒してぇんだよ」
「ああ。今度こそ止めよう」
「で、どうやってあの変態緑衣男を見つけんだ? 自在に【扉】を開かれたら、見つけられねぇよな?」
「そこは――これから考えよう」
「なんも考えてねぇのかよ!」
やはり、【扉】を見つけるとなれば、白丞さんの予知に頼るしかない。
昨日の電話でドラウについて話はしているから、短編を描いてみると言っていた。
だが、それを待つだけでは時間の無駄だ。
俺達にできることはないだろうか?
「は! そうだ!!」
何かを思いついたのだろうか。
川津 海未が唐突に、「ドラウ! 私はここだよ~! やる気あるよ~! 健康的な肉体だよ~!」と叫び始めた。
「ちょっと、なにしてるのさ」
「いや、ほら、私、狙われた訳でしょ? だから、呼んだらこないかなーと思って」
「お前なぁ。来るわけないだろうが。そんなんで来てくれたら苦労しな――」
ガイが言い終わらぬ内に部屋の中に黒い羽が空を舞う。
天井を覆い尽くすほどの羽を広げて1人の男が――現れた。舞踏会にでも行くような派手な仮面を付けていた。
「なんだ、こいつ!」
ガイは現れた未知の存在に直ぐに【鎧】を発動する。
現れた相手が敵じゃないと思えるほど、俺達に余裕はなかった。異世界の人間がいることは、ドラウで経験しているからな。
『誰だ、お前は!』
翼を畳んで床に着地した男は口角を柔らかく釣り上げた。
「初めまして、瀬名 力さん。川津 海未さん。そして、ガイ」
「……俺達の名前を知ってるのか?」
「勿論。ドラウが計画を邪魔されたと騒いでいましたから」
『はっ。そうかよ。で、ドラウを知ってるってことはお前はその仲間ってことでいいんだよなぁ!? 自らやられに来たのか?』
「そうだね。僕は十悪と呼んでるんだけど、仲間たちから評判はあまりよくないんだ」
「十悪……」
異世界人がチームを組んで活動している。その情報は俺達の世界にとって最悪すぎる凶報と言えるだろう。
ガイはそんな相手に対しても強気を崩さない。
『へ。格好いい名前付けてんな。けどよ、今、ここで9悪にしてもいいんだぜ?』
「ふふふ。今の君に出来るとは思えないけどね」
男が挑発をするように言葉を返す。
鎧を通してガイの怒りが僅かに流れ込んでくる。
『は、試しにやってみるか?』
ガイから発せられる言葉に「うーん」と顎に手を当て考える男。
しばらく考えた後に、「いや、やめとくよ」と笑って見せた。その笑顔はガイの怒りが激化する。
「てめぇ。俺をこけにすんじゃねぇ!」
1人でも戦えるというアピールのつもりなのだろうか。
鎧を解除してハリネズミの姿にへと戻る。
「馬鹿、ガイ!!」
敵を前に能力を解除するのがどれほど無謀なことか。
今のガイはそれすらも分からないほど怒っていた。
ガイはもとより感情をストレートに現わす性格だ。しかし、だからと言ってこの男はガイの怒りのツボを知り過ぎている。
そういう意味では相性が悪い相手だ。
ガイは身体を丸め、球体となって男に向かって突っ込む。そんな攻撃は俺達に遊びでしか通用しない技ではないか。
「おらぁ!」
身体ごとぶつけるガイの攻撃。
本来であれば弾かれて終わりなのだろうが、ガイは男の身体をすり抜け壁にぶつかった。
「さてと。えっと、どこまで話したかな……? ああ、そうだ。僕がここに来た理由だったね」
身体をすり抜けたガイを気にすることなく男は続ける。
今の力はなんだ?
攻撃が通じないのか……?
「はは、そんな警戒しないでよ。僕は今日は戦う気はないんだ。僕がここに来た理由。それは、ドラウから伝達を頼まれたんだよ」
「ドラウから?」
「そう。彼は周囲に対して無意味に着飾るタイプでね。計画を止められたのが恥だと思っているんだ」
「あのー」
川津 海未が男の会話が落ち着いたタイミングで、手を挙げた。
「どうしたの、可愛いお嬢さん?」
「あれ、ちょっとこの人悪い人じゃないかもしれないよ?」
優しい男の声音と「可愛い」という言葉に敵意を失ったのか、川津 海未が場違いなことを言い始めた。
本来なら小言の一つでも言いたい所ではあるが、生憎、今の俺にはそんな余裕はなかった。
この黒羽の男が持つ能力は、物体をすり抜ける力――と考えていいだろう。
その攻略法を探さなくては――。
攻略法を探る俺に代わり、ガイがぶつかったダメージに身体を擦り起き上がる。
「自分から悪を名乗ってんだろうが! そんな奴がいい人なわけあるかよ!」
「分かってるよ。勿論、簡単に騙されるつもりなんかないよ」
「騙す気なんて僕はないんだけど。それで、なにが言いたいのかな?」
「なんで――ここが分かったの?」
言われてみれば確かにそうだ。
自在に【扉】を開く力があるとしても、ここがドラウや目の前にいる男にとって異世界であることに代わりがない。
ピンポイントで俺達がいる場所を探ることが出来るのだろうか?
こいつはすり抜ける以外にも、なにか索敵が可能な力を所持しているということなのか?
可能性ばかりが増大していく中、男は優雅に笑う。
「それは――どうかな。ま、とにかくコレは届けたからね」
男はそう言って四角いメッセージカードを置いて壁をすり抜け空を舞う。
「間て!」
ガイが窓に張り付き空を見る。
だが、俺達は消えていく背中を見届けることしかできなかった。
一番、腹が煮えくり返っているのはガイのようだ。
机をバンバンと叩きながら悔しさを隠すことなく吐き出す。
「くそ、あいつ……。次会ったら絶対倒す!」
「うん、それまでに私も戦えるようになっとくよ! ところで、アレどうしようか? 捨てる?」
恐らくドラウからの伝言だろう。
見ないで捨てると言うのもいいかもしれない。自ら俺達を案内するなんて罠に決まっている。そんな誘い状など見る価値もない。
だが、ドラウは何をするか分からない。また、変な【魔物】を引きつれて暴れ回られたら被害が相当数でるのも事実だ。
ならば、自由に【扉】を往来できる相手を、待ち受けて倒せるとプラスに考えた方がいい。
俺は誘いにのることにした。
渡されたカードを拾う。
ドラウは緑が好きなのか、封筒も便箋も全てが緑で出来ていた。便箋を開くと白い文字で掛かれた単語。
それはどうやら、時刻と場所の座標だった。




