43話 アドバイス
俺達が【ダンジョン防衛隊】の附属病院を隊員して数日が経過していた。
目を覚ましてから、数日、毎日のように検査が続いたがどこにも異常は見られないと言うことでようやく開放されたのだった。
俺達だけだったら、こんな丁寧な対応されなかっただろうが、今回の被害者は主に子供。世間体を良く見せるために、【ダンジョン防衛隊】の誠実さをアピールするために手厚い保証をしてくれたわけだ。
どこの組織も周囲からは良く見られたいもんな。
というわけで数日ぶりに立花さんの家にへと帰宅した訳だが――我が家と呼べる程度には慣れてきたこの場所でも、俺の心は休まらない。
馬鹿みたいに広いリビングルームを抜けてバルコニーへと出る。
バルコニーだけで俺が【ダンジョン防衛隊】で生活していた物置より広い。最初から用意されていたのだろうか、ハンモックに腰を下ろして俺は空を見る。
今日は三日月。
欠けた月を見て思う。
俺も全てが欠けていると。
「でも、月は時間が立てば満たされるか」
時間は全てを解決する。
果たして立花さんならば、この言葉にどんな解釈を付け加えるのだろう。そんなことを考えていると俺の携帯が震えた。
こんな時間に誰だろうか?
丁度、立花さんのことを考えていたから本人かも知れない。そう思って画面を見ると、そこに表示された人物は立花さんではなかった。
白丞さんだ。
こんな時間に珍しい。
なにか急用だろうか?
俺は応答のボタンを押して言う。
「こんな時間に珍しいね……。どうしたの?」
「いや、まあ、何かあるって訳じゃないんだけど、ちょっと瀬名くんが悩んでるんじゃないかと思って……」
「なんで、また急にそんなことを……?」
このタイミングで連絡してくるなんて、全てを見透かされているかのようだ。
「予知よ。ちょうどこの時期、私の描いてる登場人物が悩みを抱えててね。あ、こっちは予知用に描いてる奴じゃなくて、自作の物語ね」
「なるほど……確かにそっちは最近読んでなかったから」
「因みになんだけど、その悩みっていうのは勝負の敗北とライバルの出現なんだけど、そこは当たってる?」
「遠からずってとこかな」
正確には意図しない勝利と優秀な同期の出世だ。
自分の悩みを誰かに言うつもりはなかったが、白丞さんには知られていると考えると自然に口に出していた。
俺の話を聞いた白丞さんは「その気持ち、分かる」と同意してくれた。
「白丞さんも暴走による失敗や、同期の出世を経験したことあるの?」
「ええ。日常茶飯事と言って良いくらいにね」
「日常……?」
「ええ。しかも、私だけじゃない。創作してる人は一部の天才以外は皆経験していることじゃないかしら?」
電話越しに「カタリ」と小さな音が響いた。
きっと俺と電話している間も絵を描き続けていたのだろう。筆を止めた白丞さんは言う。
「私と同時期に漫画を描き始めた人が連載を勝ち取ったこともあるし、私よりも若くて、何年も後に描き始めた子が神絵師としてイラストレーターになったりとかね。そんな経験を私は何度もしたわ」
その度に自分の無能を恨み筆を置こうとしたという。
しかし、それでも白丞さんは今も尚、努力を続けている。
なんで、なんでそんなことが出来るのだろう?
俺は自分でも気付かない内にその疑問を口にしていたようだ。白丞さんが答える。
「さぁ、それは自分でも分からない。でも、才能がないって分かっててもやりたいと思うの。何度筆を置いても、数か月後には手にしてる。あなたは――どうかしら?」
「俺は――」
人々を守りたい。
その気持ちに嘘はない。
それは自分でも分かっている。
分かってても――考えてしまうことはあるんだ。樋本 聖火によって自らの劣等感を突きつけられているようだ。
自分以外の世界はキラキラと煩いほど輝いている。
止まることなく輝き続ける世界。
それを見ることがどれほど辛いのだろう。
俺になんて構って欲しくないと思ってしまうんだ。
白丞さんは言う。
「なら、あなたが本当に嫌なのは自分の劣等感ね。なら、解決する方法は一つ。あなたが思ったことを――あなたが信じるしかないのよ」
「俺が――信じる?」
「そう。世界を守りたいと願う自分を信じて進むしかない。なんとかやってみるしかない。私はそう思うわ」
白丞さんの言葉に、ふっと自分の肩が軽くなった気がした。
「それに暴走だっけ? それもまた経験あるわよ。暴走して自分が考えていなかった展開にしちゃうこともあるし、何故かお気に入りのキャラを唐突に殺したりもするわ」
人を守ることも創作することも――人の願いに共通点は多いようだ。
思わず俺は電話越しで笑ってしまう。笑い声に白丞さんが少しムキになって続けた。
「なによ。その展開が気に入らなければ使わなきゃいいだけだし、使いたければそれを生かすために工夫すればいいだけのこと。でしょ?」
「そうか……」
暴走が怖いからって避けてたら駄目なんだ。
使うための工夫を――考えるんだ。
立ち止まらずやってみる。
凄いな。
白丞さんは、こんな感情を乗り越えて前向きに頑張っていたのか。
「白丞さんは凄いね。この思いを乗り越えて努力してるなんて」
「残念だけど、乗り越えてないわよ、そんなの」
「へ?」
「その感情はずっと抱えて生きていくのよ。抱えたまま諦めるか挑み続けるか。どっちかしかないわ。今はたまたま、余裕があるだけよ」
いずれこの感情はまたやってくる。
人生で何度も出会って何度も別れる。
永遠に終わらないかくれんぼのようだ。彼らは必ず自分たちを探し出すと――白丞さんは言った。
「そんなの苦しいじゃないか」
「ええ。そうね。でも、苦しくてもやりたきゃやるのよ。好きなことは楽しいだけじゃないの。苦しみもあってこそやりたいことなのよ。あなたも自分のしたいことが分かったなら――一緒に頑張ろ!」
電話の向こうで白丞さんが笑った。