40話 竜の牙
「本当に居たんだ。【扉】が無くても動ける【魔物】。それなら、楽しめるといいんだけど」
蒼き炎と共に地面に着地したのは――宗源 カナメ。【竜戦の英雄】だった。
鞘から抜かれた剣は、かつて、【ダンジョン防衛隊】を苦しめた【竜の牙】で作られた唯一無二の武器だった。
鱗のような模様を浮かべ怪しく輝く。切っ先を向けるは【黒い鎧】――リキだった。
当然だ。
リキは子供を襲おうとしていたのだから、他の【魔物】と違いはない。違いがないのであれば、【ダンジョン防衛隊】である宗源 カナメがすべきことは一つ。
倒すことだけだ。
リキが正気を保っていれば、宗源 カナメに正面から挑むことはしなかっただろう。その行為がどれほど愚かで無謀な行為か知っているからだ。
それは知識があって初めて取れる選択肢。今のリキに知性はなく破壊の感情によって動くだけの獣。
だから、空から現れた宗源 カナメのことも、自身の衝動を解消するための新しい玩具としか思っていなかった。
リキは遊ぶ両手を宗源 カナメに変える。地面を蹴ると同時に既に背後にへと移動していた。
瞬間移動にも匹敵する移動速度に、さも当然と言わんばかりに対応する宗源 カナメ。背後から伸ばされた【黒い鎧】の腕を首を傾けるだけで躱してみせ、「下らない」と呟きながら反撃に移った。
振り向きながら【竜の牙】を水平に振るう。
「蒼炎牙!!」
斬撃が炎を纏って飛来する。
ドラウとの戦いを観察していた宗源 カナメは無暗に飛び掛からずに『炎』を使用し、様子を伺うようだ。
触れるもの消滅させる【黒い鎧】。
その力は、どこまで消滅させることが出来るのか。それを探るために選択したのが『炎』だった。飛来した炎は三日月の斬撃となってリキを切り裂く。
植物人間を崩壊させた力は――炎には通じなかった。
青い炎は【黒い鎧】へと触れ一層炎を増加させる。
【魔物】を消滅させることが出来ても――『炎』を消すことはできないようだ。
炎の斬撃を浴びたリキは、叫び声を上げ大きく後退した。
斬撃に苦しむ姿に、宗源 カナメは不服そうに呟く。
「なんだよ、結局普通の【魔物】と同じじゃないか。つまらないな」
言葉の意味を今のリキは理解できないだろうが、炎で苦しめられたことに怒りを強める。一度、見切られたにも関わらず、二度目の突撃を試みる。
しかし、何度試そうと結果は同じ。
宗源 カナメはリキの速度を見切っていた。正面から拳を構えて飛び掛かるリキに、身体の半身を開いて手の平から蒼炎を生み出し擦れ違うようにして打つ。
炎を纏った打撃を正面から受けて吹き飛ぶ。
蒼い炎に全身を焼かれ、逃れるようにして地面を転がった。
「さあ、止めと行こうか」
宗源 カナメは剣を地面に突き刺して瞳を閉じる。剣を通じて宗源 カナメが扱う蒼い炎が火柱となり噴き上げる。
目の前にいる【竜戦の英雄】は倒せない。知識を持たぬ状態でも理解できる。それほどまでに英雄は強かった。
リキは自身が持つ力全てを逃走に当てる。
必死に逃げるリキ。
コワイ。
シニタク――ナイ。
破壊から恐怖にへと感情が変わる。
それに呼応するように【黒い鎧】は消え、ただのリキの姿に戻っていた。完全に能力が解除されたリキとガイは、意識を失い地面にへと倒れ込む。
しばらくして、後を追ってきたのだろうか。
宗源 カナメが現れた。
「こんな所に人間。この人もまた、【魔物】の被害にあったのか。にしても、あいつ、逃げ足だけは速いな。初めて逃げられたよ」
暴走を終え、意識を失ったリキを担ぐ宗源 カナメ。
彼がいずれ強力な敵となることを――今は誰も知らなかった。