38話 天使の羽
『だから、そんなことさせる訳ねぇだろうがよ! 行くぞ、リキ!』
ガイに答える代わりに俺は、丹田に力を込めて足を捌く。【口蝸牛】で使った足捌きだ。
距離を縮める移動法で俺がもっとも好んで使う継ぎ足だ。
足を継ぎ、大きく一歩踏み込むことで俺が得意とする打突に繋げられる――大きく足を踏み込み技を放つ。
『右の突撃!!』
拳を握りドラウへと振り抜く。
だが――吹き飛んだのはドラウではなくクリオネ男だった。
自ら盾となりドラウを守ったのだ。
『かぁ~。部下を盾にするなんて最低だな。そんなことしても、やられんのが遅くなるだけだぜ?』
「やられる? 誰がですか?」
『お前だよ。ほら、そこに転がってるヤツみたいに――って、はぁ!?』
ガイは吹き飛ばしたクリオネ男を指差して――吃驚する。
それもそのはず。
俺の拳を喰らい倒れていたクリオネ男がその数を増やしていたのだ。
数えると十人。
1人でも持て余しているのに、その十倍だなんて……。
「り~ひっひ。り、そうでしょう。驚くでしょう!? 私の才能はあなた方に理解出来るわけがないのです!」
ドラウの言葉と同時に十人のクリオネ男達は一斉に両腕の蔦を伸ばす。鞭の如く空を這う触手を空中にへと回避するが――。
「数が――多過ぎる!」
空中に回避したところで、直ぐに別の蔦が襲ってくる。空中で身動きの取れない俺は、宙を駆ける蔦を掴んで強引に身体を捻って二の手、三の手を躱す。
だが、二つの腕で捌くには物量に差が有り過ぎる。
あと少しで地に足が付こうかと言うところで、俺はクリオネ男達に捉えられてしまった。
宙に吊る蓑虫のように風に揺れる。
「り~ひっひ。り、こうなりますよね~。口先だけの人間が無様に死んでいく姿をみるのはいつ見ても快感です」
両腕で身体を抱きクネクネと揺れるドラウ。
至極の快感に唾液を垂らす。
その表情に嫌悪の身震いをするガイ。
『くそ! どうすりゃいいんだよ! このままじゃやられんぞ!』
「分かってるよ!」
蔦に締め付けられている俺に出来ること。
考えろ。
どうすればこの拘束から抜け出せる?
真っ先に思いつくのは単純な腕力で引きちぎることだ。俺を掴む腕が1人分だったらそれも可能だっただろうが、流石に10人は無理だ。
ならば――。
「ガイ! 俺の合図で能力を解除するんだ!」
『はぁ? そんなことしたら、俺もお前も潰されんぞ!?』
「大丈夫、一か八かのいい案があるんだよ」
『一か八かって付いてる時点で、いい案じゃねぇよな、それ……。でも、まあ、嫌いじゃないから乗ってやるぜ? はっ。大船が乗ったつもりでいろよな』
「……頼もしいけど、沈まないように頑張ろうか!」
俺はそう言って全身に力を込める。
ミシミシと音を立てて蔦が軋んでいく。
「おやや? そんなことしても無駄ですよ? 何重にも巻き付いているんです。りひひ。どんな人間だって千切れる訳がないでしょう?」
ドラウは両手をバタバタと動かして笑う。
どうやら、既に俺達を倒したつもりでいるようだが、そう簡単に終わってたまるか。
あの人だって自分の命尽きるまで戦ったんだ。
その背中を見ていた俺が――易々諦めるなんてしちゃいけないんだ!!
「未だ、ガイ!!」
『あいよ!』
合図で能力を解除するガイ。
すると、「するり」と俺とガイは蔦からすり抜け地面に落ちた。
受け身を取って体制を立て直し、再び【鎧】を身に着ける。
『無茶苦茶しやがるぜ。針の一本潰されちまったじゃんかよ』
「そこは針の一本で済んで助かったと思おうよ」
『そうだな。へっ。折角捉えたのに残念だったな、丈短緑衣野郎!!』
「丈短緑衣野郎って……」
そのまんまじゃないか。
まあ、相手の呼び名なんてどうでもいいか。
ここからどうやって逆転するか。
俺達が劣勢なのは変わっていない。少しでも相手が俺達が危機を脱したことに、動揺してくれればいいが――、
「り~ひっひっひ。り、そうなのですか? 本当に残念なのですか? もう一度、貴方たちを捉えることなど簡単なのですよ?」
油断は――ないようだ。
いや、違う。
油断はあるし、むしろ、ドラウは油断しかしていない。
常にその状態で俺達は押されているのだ。
シンプルに俺達の力が足りていない。
どうすれば、その力の差を埋められる?
「り~ひっひっひっひっひ、ひ。そうですね。では、こういうのはどうでしょうか?」
ドラウが両手の指を開いて砲台のように指先を向ける。
それに習うかのように10人のクリオネ男達も一斉に腕を枝分かれさせる。腕が向けられているのは俺達でなく、倒れている川津 海未達だった。
「これなら、あなたはどうしますかねぇ!!」
ドラウの言葉と同時に腕から無数の種子が発射される。
銃弾と化した種子は木々を抉り川津 海未へと迫る。
「……させるかよ!」
俺は身体を使って守った。
「り~ひっひっひ。身を挺して守りましたか。いやはや、いやはや、ご苦労様ですよ。自らやられてくれて」
両手を開き全身で種子の弾丸を受けた俺は、そのダメージに膝を付いてしまう。
人間が持つ拳銃程度であれば、殴られた程度の衝撃しか受けないが、今の攻撃は一撃がまるでハンマーのように重かった。
『くそ! 汚ねぇぞ!』
「汚い? それは弱い奴が強い奴に勝つために卑怯な手を使うことを言うのですよ。ですから、この場合は違います。ただの蹂躙ですよ?」
『こいつ……。くそ、リキ! こいつを驚かす方法ないのかよ! 一か八か――いや、万に一でもいいからよ!』
万に一か。
俺が考えていたの方法は、クリオネ男が飛ばす種子を奪い、自身の能力にすること。
だが、それは直ぐに通用しないことに気付く。
ガイの持つ能力。
無機物の記憶。
それは命があると発動しない。
植物は種だろうと生きている。
殆んど配慮しなくていい弱点が、まさか、この状況で――。
まだ諦めない俺達の闘志に飽きたのか、ドラウがその場で周りはじめた。
ゆっくり、ゆっくりと回って言う。
「うん。あなたたちのやる気は凄いですね~。でしたら、あなた達も私の実験室に連れていきましょうか? 望む力を与えますよ?」
「望む力?」
「ええ。そうです。頭が良くなりたいでも、運動が出来るようになりたいでも構いません。そこで寝ている彼女達も同じですよ。甘い蜜に誘われてこの場所に来たんですから」
『……どういうことだよ?』
「ふふ。私はこれまでの実験で、私の研究が成功する確率が高い二つの条件を見つけたのです。一つは【気力】に満ちていること。そしてもう一つが子供であること。そこで寝ている彼女たちはその条件に見合った素質ある実験体なのですよ」
「……なるほど。それで、そこにいるクリオネ男は探知機代わりに【種子】をまき散らしたって訳だ」
「り~ひっひひっひっひ。ご名答です」
恐らく、このクリオネ男はその外見の通り植物の力を持っているのだろう。
これこそが今回の事件の真相という訳か。
まず、種子を飛ばし宿主となる【気力】に満ちた相手に寄生する。
次に栄養となる【気力】を刺激し、種子を成長させ花開く。子供たちが急にやる気を出したのは、この影響であるだろう。
そして最後に、成長した種子は本能に従い親元へと帰ってくる。
その習性を利用して自分の欲を満たそうとしたドラウに――俺は怒りを沸き上げる。
「お前がどんな実験をするか知らないし、興味もないけどさ。でも、そんな事のために子供を犠牲にして言い訳ないだろうが!」
大人は子供のために、未来のために自らを犠牲にすべきなんだよ。
それなのに――自分の欲望でこんな危険を与えるなんて、俺は絶対に許せない。
だから――。
「ガイ! アレを使うぞ!」
『いい……のかよ? 暴走は――』
「どっちにしても、この場を切り抜ける方法はない。いいからやるぞ!」
俺の言葉にガイは力強く頷いた。
『ああ、そうだな。やるからには見せてやろうぜぇ。俺達の万が一の賭けって奴をよぉ!』
ガイが勇者の鎧が持つ能力、【収納空間】に意識を集中させる。
そこから現れるは一枚の羽だった。
羽そのものが光を持つかのように白く美しい。
『二重武装――天使の鎧』