25話 隊員証
「なに！？ 【扉】に向かった【井上班】が全滅しただと？ 彼らの任務達成率はトップだったはずだ！」
立花さんは立ち上がらん勢いで通話口に叫んだ。だが、すぐに俺達が見ていることに気付いたのか、声を押さえて部屋から出ていった。
扉が閉まったことを確認して、川津 海未が小声で俺に話しかける。
「なにか、大変なことになったみたいだね」
「ああ。【井上班】が全滅って」
井上さんは身長が高く髪を丸めた強面の男性だ。
だが、見た目とは裏腹に優しく常に部下のことを一番に考える。
その結果、部下たちも班長《井上さん》のために戦う。
部下と上司が互いに考え行動するために、そのチームワークは【ダンジョン防衛隊】でも随一だ。
【扉】防衛率 全班の中でトップ。
【ダンジョン防衛隊】が開催する疑似戦闘訓練でも一位常連の班だ。
そんな班が全滅など考えられないな。
強敵であれば無理をせずに撤退を迷わず指示するだろうし……。
となると、考えられるのは逃げることも不能なほど強い【魔物】が現れたということか。
「そうなると強さは【大鬼】や【骨蠍】の比じゃないな……」
どんな【魔物】が現れたのかと思考を巡らしていると、立花さんが姿を見せた。
既に仕事モードにへと気持ちを切り替えているのか、素早い動作で身支度を終えていく。
下着を脱ぎっぱなしにしていた女性とは思えない速さだった。
隊服に袖を通しながら立花さんは言う。
「悪いな。話はあとだ。私は直ぐに本部に向かう。君たちはゆっくりしてくれ」
「あ、ちょっと待ってください！」
俺は部屋から出ようとする立花さんを呼び止めた。呼び声に心なしか眉を顰めた。
表情を見せない立花さんが露骨に焦っている。
それほどまでに緊急事態なのだろう。
「なんだ？ 私は急いでいるのだが？」
「分かってます。その、できるなら――俺達にそこ向かわせてくれませんか？」
俺の申し出に立花さんは、更に眉を顰める。
「言いたくはないが、君は現在一般人だ。ならば、私は君を巻き込むわけにはいかない。餅は餅屋に任せるべきだと私は思うがな」
「……それは、勿論分かってます。でも、知ってしまった以上は助けに行きたいんです。俺がそういう性格だってことも知ってますよね？」
「……」
立花さんは、「はぁ」と大きく息を吐いた。
俺に何を言っても無駄なことは知っているはず。
「立花さん！」
「いや、駄目だ」
「そんな！」
「当然だ。私は一般人を守るのが役目だからな」
立花さんならば、俺の気持ちを分かってくれると思っていたし、どんなことがあっても【扉】から、人々を守りたいと言う思いは同じだ。
それなのに――今回は分かってくれないのか。
こうなったら、１人でもその場所を突き止めてやる。
俺は立花さんの横を通り抜けようとした時――、
「だが――」
と、立花さんはそう言ってポケットから何かを落とした。
四角いカードのような形状。
目を凝らしてみると顔写真が張ってあった。
目つきの悪い指名手配犯のような写真。
その人物は――俺だった。
「たまたま、私が没収した隊員証を落としてしまったら――その人物はまだ隊員だな」
「立花さん。まだ、持っててくれたんですか」
やはり、立花さんは俺の考えを分かってくれている。
少しでも疑った自分を恥じる。
そうだよな。
俺と立花さんを繋ぐあの人は――自分の身を犠牲にしても誰かを守る！！
俺は隊員証を拾おうと屈む。
手を伸ばして掴もうとした時、「バン！」と隊員証が踏みつけられた。
顔を上げると踏んだ人物が口角を持ち上げ笑っていた。
川津 海未だった。
「分かりました！ 私が隊員となって【扉】を守ります！」
敬礼を決める川津 海未に困ったように立花さんは言う。
「……いや、君はさっき私の誘いを格好良く断ってたじゃないか」
「はい。なんかリキ先輩が格好良くキメそうだったので、邪魔たかっただけです」
ケロっとした表情で言ってのける川津 海未。
どんな理由で行動しているんだよ。
そう思いながらも俺は隊員証を拾って頷いた。
「取り敢えず、頼んだぞ――リキ隊員！」
「はい！」
