追放サイド 6話 家族
一人で【扉】を防衛してから一か月が経過していた。
身体を覆っていた包帯も取れ、リハビリをしながら訓練に参加するようになっていた。
訓練を終え、汗を拭いていると目は磯川に呼び出された。
「メスイヌ……。来い」
それだけ言うと自身の班長室へと消えていく。
何事かと首を傾げながらも後についていく。
この班の長。
どうせロクなことは考えていないだろう。休んでいた分、働けなど言うに決まっている。
期待せずに扉を開ける。
偉そうに腕を組んでデスクに座る磯川。
「傷は回復したみたいで良かった」
「ありがとうございます。それで、僕だけを呼んだのにはどういう理由だ?」
「なに。君にとってはいい話だ。【特殊装甲】を任せようと思っただけだ」
「【特殊装甲】を!?」
この班では3つしか支給されていない対魔物武器の切り札。それを使用するものおは前線で戦う危険性が増すが、その分給料も跳ね上がる。
目に取っては願ってもない話だが――。
「なんだ、その目は? 不満か?」
配属されてからどれだけ酷い目に遭ったのか。
散々乱雑に扱ってきたくせに、何故急にアメを与えようと言うのか。そこには裏があるに決まっている。
目は言う。
「口止め、か?」
一人で【扉】に向かわせたことを口外しないこと。それが【特殊装甲】との引き換えの条件か。
「なんのことか分からんな。だが、これは受け取った置いた方がいいぞ? お前が足掻いたとこで、どうせ誰も信用しないんだからな」
「……」
他の隊員達とも口裏は既に合わせていることだろう。
それでも、こうして目を買収しようとしているのは、後方支援部隊等が一人しか来なかったことを見ている可能性を危惧してのこと。
ならば、磯川達の暴挙を暴いた方が良いのだろうか、「分かりました」と条件を飲んだ。
(無理に騒ぎを大きくしても、僕の意見が通る可能性は低い。なら、少しでも特になる方を選ぶべきだ)
◇
翌週。
【磯川班】で宴が催された。特別なことはなかったのに何故と目は怪訝に思いながらも、一人トレーニングに励んでいた。
「よぉ……、なんでこんな所で一人で遊んでんだよ」
黙々と筋肉を追い込む目に岩間が話しかけた。
「折角、【特殊装甲】を任されたから、もっと強くならないとと思っただけだよ。それで、先輩は僕に抜かれないようにトレーニングに来たんですか?」
「メスイヌが……」
挑発するような発言に、一瞬視線を鋭くして睨むが頭を振って、引きつった笑みを浮かべた。
「なに、今日の宴には目くんに参加して欲しいんだ。【特殊装甲】任命パーティーってことで」
「……」
「今まで俺達が酷いことをしてきたのも分かる。でも、それを乗り越えてお前は選ばれた。そんな凄い奴を認めないで、なにが【ダンジョン防衛隊】だよ!」
「……」
「そ、それに今日は目くんの妹弟も招いてるんだ。久しぶりに皆に会いたいだろ?」
「なんでだ!?」
悠と連絡を取っていることを知らない目は、家族がまぬかれたのかを確認するために、急いで外へと駆けだした。
こんな班に大事な家族を合わせたくない。
だが、目の思いを覆すように、宴の中心で楽しそうに笑う家族たちが居た。
「あ、お兄ちゃんさま!!」
4人の子供が近づいてくる。
四方から囲う様にして抱き着く。
裕、由、勇、柚。
久しぶりに見る家族の笑みに、涙が溢れそうになる。
涙を見せまいと上を向き、順々に頭を撫でる。
撫でる位置が少し高くなった気がした。
「お兄ちゃんさま? どうしたの? まだ、傷が痛むの?」
妹弟達が顔を合わせず声も出さない兄を心配する。
「はっはっは。目くんはまだ、傷が回復してないからな。もう少ししたら良くなるから、それまでは俺達と遊んでような」
「本当!?」
子供たちを連れて行く浅田。
4人の子供たちが離れていくのは見て、悠が近づいてきた。
「いい人たちで良かったじゃないですか! こんな職場で働けるなんてお兄ちゃんさまは幸せ者ですね!」
「なにも企んでなきゃな」
涙を拭い正面を見る。
子供たちと笑いながら焼いた肉や野菜を頬張る隊員達。
確かにこれだけ見れば子供にも優しい気さくな隊員に見えることだろう。だが、内情を良く知る目には、何が裏があるようにしか思えなかった。
「もう。自分だけの世界で人を信用しないのはお兄ちゃんさまの悪い癖だよ! 自分だけで考えないで、私達を頼ってくれていいのにさ。【ダンジョン防衛隊】に入隊するのだって誰にも相談しないで決めちゃったんだから」
「そうだな。次からはもっと皆を頼ることにするよ」
口ではそう言うが目の内情を違っていた。
俺が。
俺がやらなきゃ誰がやってたんだ?
今の生活を維持できてるのは俺が頑張ってるからだ。
だから、これからも、何があろうと俺が全部――
「やあ、悠ちゃん」
目の決意に水を差すように、妙に気取った声が聞こえてきた。
いつもよりも髪をハードに固めた岩間。
香水を付けているのか、一気に柑橘系の香りが広がった。
悠は気合の入った姿に驚きながらも深々と頭を下げた。
「岩間さん。今日はありがとうございます。兄を祝うためにこんな会を開いて頂いて。妹弟達も鼻が高いと思います」
「そんなそんな。頑張ったのは目くんだ。その功績を認めるのは当然のことだよ。それより――今度、二人で食事をする件についてなんだけど、空いてる日って分かったかな?」
「なっ!?」
岩間と大事な妹が二人で食事をするなんて考えられない。
それは認められないと間に割って入る。
「どうした、目くん? 妹が大事なのは分かるけど、ほら、さっきも悠ちゃんが言ってただろ? 「私達を頼って」と。過保護はよくないなぁ~」
あくまでも返事を決めるのは妹だと岩間。
岩間に同意するように悠も「大丈夫だよ」と兄の横に並んだ。
「ごめんなさい。私、基本バイトで休みがなくて……」
「そんなことか。それなら、俺がバイト代払うよ?」
「その気持ちは嬉しいんですけど、そういう人を信じるなってお兄ちゃんさまから言われてるので。なので、ごめんなさい!」
お礼よりも更に深く頭を下げた悠の頭上。
岩間の視線は目に向けられていた。
瞳に浮かぶ感情を隠して陽気な口調で言う。
「はは、勿論冗談だよ」




