19話 ヘルメットを被る魔女
「これが……俺か!? やっぱ、俺ってこれくらい格好いいよな!?」
スケッチされた自分を見てガイは感動に振るえたていた。
描かれていたのはハリネズミを擬人化したようなキャラクターだった。
ガイ自身を書き写したというよりも、ガイをモデルにキャラクターを生み出したと言ったほうが正しいだろう。
針をイメージしたのか、短い髪がツンと天を差し、鋭い目つきでニヒルな笑みを浮かべていた。
うん。
人間になったガイは、ここまで格好良くはないだろうけど、まあ、イメージとしてはガイに相応しい気もする。
特徴は掴んでるな。
「えー、私も描いて!」
「あなたは筆が乗らないからムリ」
「そんな~。こうなったら、ここにある漫画全部読んでやる~!!」
川津 海未はそう言って机に置かれた漫画を読み始める。
紙を束ねただけの漫画。
表紙はイラストも無く、数字だけが描かれていた。
恐らく白丞さんが応募用に印刷して纏めたモノだろう。
「なんでそうなるんだよ」
でも、まあ、余計な茶々言われないからマシか。
俺は静かになったことをチャンスと捕え、本題を切り出した。
「白丞さん、あなたの持つ未来予知は信じてもいいと思えた。だから、お願いがあるんだ」
俺は自分が置かれている状況を話す。
ガイの存在も知られているから、隠すことなく全てを話した。
【ダンジョン防衛隊】を追放されても世界を守りたいということを。
「【魔物《モンスター》】から人を守りたい。だから――」
力を貸して欲しい。
そう伝えようとした時、「ププっ、プクフフ」と笑い声が聞こえてきた。
1番大事な場面で笑うなよな、川津 海未!!
「ちょっとガイ先輩。ここ面白いよー」
「おいおい。俺はバトルしか読まないんだぜ? だから――笑いには厳しいぞ」
そう言いながらも擬人化された自分が映った液晶を手放して、川津 海未が読む漫画に目を向ける。
一枚横に置かれた漫画に目を通すと、ガイも声を上げて笑い出した。
「……」
話を聞かなくてもいいが黙っていてくれないだろうか。
この二人をどうやって追い出そうかと考え始めた俺に代わり、白丞さんがアイデアを出した。
「上の階にちゃんとしたプロの作品が沢山あるから、読んで来たら?」
「いいの!?」
「よし! 俺も新たな技名の参考にするために行ってくるか!」
二人そろって我先にと部屋を飛び出していった。
白丞さんの作業部屋に沈黙が訪れる。
「助かったよ、ありがとう。あの二人は自由だからさ」
「別に。漫画好きそうだから言っただけ。それで私に何をして欲しいの?」
「ああ。力を貸して欲しいんだ。その予知能力で【扉】を探して貰いたいんだ」
いきなり訪ねて、【扉】を探して欲しいなんて、厚かましいお願いを簡単に承諾するとは思えない。
だから、俺は【魔物】の素材を売って手に入れた200万の内、半分を車の中に忍ばせていた。
依頼として金額も出すことを告げようとしたが、俺の腹積りよりも先に、
「ええ、いいわよ」
と、白丞さんは聞き入れた。
「は?」
あっさりと提案を飲む白丞さんに、間の抜けた声を出してしまった。
「あら、迷惑だったかしら?」
「迷惑じゃないけど……。随分あっさり許可するんだなと思って。俺達が訪ねてきた時もそうだったけど。いくら、未来が見えるからって――」
言いかけた俺に白丞さんは漫画を渡した。
それは最初に俺達に見せた三人組のページの続きだった。
女王を訪れた三人の願いを聞き入れることで、女王自身も自身が望んでいたモノを手に入れるストーリーになっていた。
なるほど。
俺達に関わることで白丞さんの願いも叶うかも知れないってことか。
俺達が探していたように、白丞さんも俺達を待っていたってことか。
「もっとも、このシーンは只の妄想で――予知とは関係ないかも知れない。でも、私は予知だと確信しているわ。これが最後のチャンスだと」
「最後のチャンス?」
「ええ。馬鹿にした奴らを見返す――復讐のチャンスよ」
白丞さんの目に力が宿る。
視線を俺に向けてはいるが、映っているのは俺じゃない。
復讐したい相手だ。
「復讐ってどうして? なんて、俺が聞いてもいいのかな」
「ええ、隠すことでもないしね。予知能力の漫画家って一部で話題になったから、私が公開してた漫画は一気に人気になったわ」
「それはいいことじゃないの......」
「誹謗中傷」
復讐なんてする必要がないじゃないか。そう俺が言いたいことが分かったのだろう。
言葉にするよりも先に彼女は言い切った。
世の中には人気になった【モノ】の粗を探し、指を差し、数の力で否定する。そんな行動を取る人間もいるのだと。
「切り取られたシーンだけ読んで、私の何が分かる! 私はもっと沢山描いてるんだ! なのに、「予知してるのにリアリティがない」とか「妄想の垂れ流しとか」コメントを残しやがって」
液晶に描かれた漫画が黒く、黒く、塗りつぶされていく。
自分が傷付いた痛みで線を引き、心無いコメントに対する怒りで色を塗る。
そんな人間たちを見返す完璧な作品を作ると彼女は握るペンを投げ捨てた。
「だから、骨董無形なリアルを!! 小説よりも奇抜は現実を!! 私は描きたいのよ!! だから、今、あなたの話を聞いて確信した、願いが叶うと思ったのよ!!」
「な、なるほど。た、確かに目的の一致だ」
「でしょう。リアルを手に入れるためなら、私に出来ること全部やってやるわよ。もう誰にもリアリティがないなんて――言わせない」
復讐を糧にしている彼女の目に、俺は思わず呟いた。
「本当にそれでいいの?」
「なにがーー言いたいのかしら?」
「いや。俺もさ、ちょっとだけ復讐したいって思ったことがあるっていうかさ。でも、そんな時、復讐じゃなくて守るために動いて良かったって思うことがあるんだよ」
磯川班に【ダンジョン防衛隊】を追放されたこと。
でも、そこで復讐じゃなくて守るために動いたから今がある。
復讐のために突き進んでいたら、怒りの炎しか目に映らず、進む道は灰となって消えただろう。
本心で良かったと感じている俺に対して、白丞さんは理解できないと睨み付ける。
「それは――復讐から逃げただけよ」
「まあ、後は単純に白丞さんがが面白いって思うことを描いて欲しいだけなんだけどね」
ガイと川津 海未は楽しそうに読んでいたのだから、才能がないってことはないと思うんだ。
だけど、きっとあの笑顔も白丞さんには届かなかったんだろうな。
そんなの、滅茶苦茶寂しいじゃないか。
「結局、お互い手を取るわけ? それとも別の人探す? なら今すぐ帰って」
「……まあ、どちらにしてもこいつがちゃんと機能するか試してからだけどね」
俺は【回復涅《リペアスライム》】のヘルメットをカバンから取り出して、白丞さんに投げ渡した。
「これは――?」
「【ダンジョン防衛隊】の開発途中の新装備ってとこかな。脳を活性化させて内から人間を内から強化するってわけ」
「内側から……」
「まあ、開発途中だから肉体に変化は見られないんだけど、もしかしたら――元々持ってる特殊能力を強化できるんじゃないかっていうのが俺達の考えだ」
「これを被ればいいわけ?」
「うん。見た目は無粋だけど、まあ、被り心地は悪くないよ」
「分かったわよ」
試しに白丞さんは、恐る恐ると頭に被せる。手入れされていない頭髪が押さえられピョンと揺れた。
「どう? 何か変わった感じする?」
「いや、特には……何も」
「そっか……」
パッとその場で予知してもらうっていうのが理想だったんだけど、首尾よく行くとは限らないらしい。
「まあ、しばらくはそれ置いていくから、何か変化あったら連絡して貰ってもいいかな?」
「ええ。お互いにいい結果になることをーー期待しましょう」
白丞さんはそう言って笑った。
その笑顔はどこか魔女のような笑みだった。 ヘルメットを被った魔女なんてーーどこにもいないだろうけど。