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1話 セナカの追放

 雲一つない晴れ空。

 駐車場に日除けのテントが張られた中、テーブルの上には肉塊が並んでいた。

 鮮度の良さが分かる赤身。

 脂が多すぎず少なすぎない霜の降り方は、遠くで見ているだけでも高級な牛肉であることが分かった。


 チームメイト達は値段に遠慮することなく肉を網の上に乗せていく。

 ジュージューと音と煙を生み出しながら、チームメイトの胃の中に消える。


「そういえば、俺、焼肉なんて久しく食べてないな……」


 胃を刺激する匂いに唾液を飲み込んで記憶を遡る。

 少なくとも俺がこのチーム、いや、組織に入ってから一度も無い。

 つまり、5年間は食べてないか。

 焼肉なんて食べれるような環境じゃなかったからな。


 俺がいる組織は――【ダンジョン防衛隊】。

 防衛省が管轄しており、自衛隊と対を成す防衛組織だ。

 業務内容はその名の通り【ダンジョン】に特化している。


「美味しそうだな……。一口くらい食べたいけど――」


 俺は首を後ろに捻る。視線に僅かに映るのは背後で組まれた手に付けられた手錠。

 両手首を手錠で繋がれ、身動きが取れない状態にへとなっていた。

 皆が楽しそうにはしゃぐ中、俺だけ拘束されてるって訳だ。


「よぉー。どうだ? 少しは反省したか? セナカくん?」


 焼いた肉を山のように皿に盛り付けた男が俺に近づいてくる。皿を持っていない手には包帯が巻き付けられていた。

 俺をセナカと呼んで見下すように笑うのは岩間だった。


「いなくなったことは申し訳かった……。そのことに対して言い訳はしないよ」


 手錠で繋がれたまま頭を下げる。

 俺が詫びるのを待ってましたと言わんばかりに頭を踏みつける。


「ハァ!? 言い訳しないのは当たり前だろうが! なに下らねぇこと言ってんだよ!」


 俺の言葉にわざと大きな声で怒鳴る。

 周りのチームメイトも俺を助けるつもりはないのだろう。

 冷たい視線を送っていた。


「お前さぁ、敵を前にして背中を見せて逃亡して、はい、御免なさいって、そりゃないだろ。俺なんてほら、こんな怪我しちまったのによぉ。で、セナカくんはどんな怪我を負ったのかな?」


「俺の怪我は……」


 踏みつけられた姿勢のまま、俺は首を動かしシャツの右肩を噛んで捲る。

 右肩には何度も殴られたような青痣があった。

 この痣は【大鬼オーガ】が現れるまでの待機時間、暇になった岩間と浅田が「準備運動」と称して肩を殴りつけてできた傷だった。


 暴行した当人はこの程度のアザなど大したことないと笑う。


「お前な、その程度の怪我は【ダンジョン防衛隊】にいたら普通なの! そんなんで撤退するなよ!」


「……申し訳ない」


 確かに俺の怪我なんてどうでもいい。俺が(・・)もっと早く助けに入れば、岩間は怪我をしなかった。


「一丁前に反省したフリしてんだよ!」


 視線を下げて唇を噛む俺の態度が気に入らなかったんだろう。

 岩間の目じりがピクピクと震える。この表情はイラついている時で、いつもならば直ぐに暴力を振るってくる。

 だが、現在は両手が封じられているからか殴りかからずに、


「そうだなそうだな。怪我しちゃったんだもんな。でもな、そんな奴に食わせる飯は、この【磯川班】には必要ないんだよ。そうですよね、班長!!」


 嫌味たらしくリーダーを呼ぶに留めた。


 岩間の呼びかけに、チームを指揮する番長、磯川が近づいてきた。

 細長い顔にこけた頬。色白で少しテンパ気味で、どこか骸骨(がいこつ)のようだ。

 磯川は無言で俺を見下ろすと、無造作に手にしていた酒を俺にぶちまけた。


「な、なにするんですか! 磯川さん!!」


「なに。お前にも【大鬼(オーガ)】を倒した感動を分け与えただけじゃないか。嬉しくないのか?」


「お酒は苦手なので……嬉しくはないです」


「それは悪かったな。なら、肉なら喜んで貰えるか?」


 俺の回答が気に入らなかったのか、「クイ」と首を動かし岩間に指示を出す。

 それだけの動作で意図が伝わったのか、岩間は網に置かれた肉をトングで掴むと、俺の頬に押し付けた。


「熱っ!!」


 咄嗟に顔を背けて熱から逃げるが、両手を拘束されているからか、上手くバランスが取れずに転んで仕舞った。

 無様な俺の姿に今日一番の笑い声が上がった。


「な、なにするんですか!?」


「役にも立たないヤツが口答えするな。前々から思っていたが、今日こそ言わせてもらう。お前はこのチームにはいらない。クビだ」


「クビって……そんな」


「当然だ。【魔物(モンスター)】と戦うためにこの場にいるのに、些細な怪我で逃げる奴が必要か? そんな奴に使う金が勿体ないと、お前はそう思わんか?」


「それは……そうですけど」


 でも、だからっていきなり首はないんじゃないか。

 俺は俺なりに全力で頑張ってきた。

 その証拠にこのチームでは3人しかいない【特殊装甲】を任されているではないか。

 それは期待してのことでしょうと俺は食い下がる俺の言葉に、直ぐに今日一番の笑い声は更新された。


「馬鹿が! お前が【特殊装甲】を渡されたのはな、囮の為だよ。前線に出て、命を懸けて俺達を逃がすためなの。期待されてるのは俺と浅田の二人だけだ」


 浅田はそう言うと左手に付けた【特殊装甲】を発動し、俺の首を掴んで持ち上げる。

 片手で人間を持ち上げることが出来る腕力。

 それこそが【特殊装甲】の恩恵だった。


「……【特殊装甲(これ)】は人に向けて使うのは違反ですよね?」


【特殊装甲】は対魔物(モンスター)用の切り札だ。

 人間に使えば容易に命を奪えることから使用は固く禁じられている。

 しかし、この【磯川班】では、そのルールは通じなかった。


「違反? リーダー、違反してる人間がいるらしいんですけど、どこっすかね?」


「どこって、お前が掴んでいるじゃないか。そいつ以外に我が班にルールを破った人間はどこにもいないぞ?」


「……そういうことですか」


 分かってた。

 ここはこういう場所だって。

 それでも、それでも俺は世界を守りたくてーー。

 だから、磯川さんや他の隊員に言われるままに、雑用だってなんだってやった。

 1人で使用後の武器の整備して、翌朝を迎えたこともあった。1人で【ダンジョン】の防衛をしたこともあった。

 それなのにーー。


「ま、というわけで部外者になったセナカくんには、この場所から退場願おうかな」


 そう言うと岩間は俺を磯川班の敷地から投げ飛ばすのだった。

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