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追放サイド 2話 違反の依頼

「ふぅ……」


 目《さかん》は日課の筋トレに汗を流していた。

【ダンジョン防衛隊】は【(ダンジョン)】が現れるまでは、基本、訓練に励むのが日々の業務となっている。

 班の連携を鍛える模擬戦や武器の整備など、その業務は多岐に渡る。

 例え【(ダンジョン)】が現れなくてもやることは沢山あった。


 だからこそ、(さかん)は一日の内に割り振られた自由時間もこうして肉体を鍛えることに時間を費やしていた。

 家が貧しい(さかん)にとって、近代的な筋トレ器具は使用しているだけで楽しいというのもあるだろうが。


 (さかん)が、【磯川班】に始めて配属された日、庭でバーベキューをしていたことに戸惑ったが、一週間生活を共にしているが特に変わったことはない。

 たまたま、休息日に自分が配属されただけだ。


 そんなことを考えながら、再びベンチプレスを始めようとする。


「あ、いたいた。おーい、(さかん)くん。お願いがあるんだ!」


 筋トレルームにそんな声を上げながら一人の隊員が入ってきた。

 (さかん)はその姿をみて思わず姿勢を正してしまう。

 やってきたのは岩間。

 この班で【特殊装甲】を任されている二人の内の一人だった。


【特殊装甲】はその班の優秀な人間に装備させるのが常識。

 それを身に着けているということはエリートの証でもあるのだ。

 そんな人間がお願いとは何事かと身構えてしまうのは仕方のないことかも知れない。


「なんでしょうか、岩間先輩」


「ははは。そんな畏まんなくてもいいって。同じ班同士、仲良くやろうぜ!」


 (さかん)の肩を叩く。

 このフレンドリーさが【大鬼(オーガ)】を倒せた理由の一つなのかもしれない。


「はい。勉強になります」


「勉強って……まあ、いいか。それでお願いっていうのはコイツなんだけど――!」


 岩間はそう言って手にぶら下げていた籠を見せた。

 蓋を開けると中に入っていたのは半透明なゲル状の身体を震わせる【魔物(モンスター)】だった。


「【回復涅《リペアスライム》】!?」


「お、やっぱり、これくらいは知ってるか」


「知ってるかじゃなくて、なんでここにいるんですか!? 【魔物(モンスター)】を【(ダンジョン)】から持ち込むことは違反行為ですよ!」


「わーってるよ。でも、【開発部隊】が必要としてるって班長が頼まれたんだってよ」


「班長が……それに、【開発部隊】も」


「そ。だから、大丈夫だって。まあ、でも、あまり大事にはしたくないから、こいつをこっそり【開発部隊】に届けて欲しいんだ。頼むよ!」


 手を合わせて頭を下げる岩間。

 しかし、【開発部隊】が依頼しているならば、自分のような新人に頼むのはおかしいのではないか?

 (さかん)はその疑問を解消する方法を告げた。

「分かりました、本部に確認をしてから運ぼうと思います」


 正式な任務であることを確認しようとする。

 (さかん)はスマホを取り出し、かつての上司に連絡をしようとするが、その腕を掴まれた。


「それは駄目に決まってんだろ? ちょっとは考えろよ」


 先ほどまでの親しみやすい笑みは消え、邪険な表情を岩間は浮かべていた。


「なんでですか?」


 どう考えても、今の状況で正しいのは自分だと信じている(さかん)に取って、頼れるはずの先輩の言葉は理解できなかった。


「たく。面倒くせぇな。いいから、やれよ」


「ですから、引き受けるので、連絡をさせてくださいとお願いしているんです」


 岩間の腕を振りほどいて、今度こそ連絡を取ろうとする。

 だが――、


「やめろっつてんだろ!」


 岩間は折を手放し、【特殊装甲】を使用する。

 起動と共に僅かに発行した【特殊装甲】で(さかん)の腹部を殴りつけた。殴られた衝撃で(さかん)の身体は折れ曲がり、地面から足が離れて倒れ込んだ。


「ゲ、げェ……、う、ゲェエ」


 床に倒れた(さかん)は仰向けのまま、胃の中に入っていたスポーツドリンクを全て吐き出した。

 胃液と混ざり黄みを帯びた液体が床に広がり(さかん)の運動着に染み込んでいく。


「ゴ、【小鬼(ゴブリン)】の……」


 使用したのは【小鬼(ゴブリン)】の素材か。【特殊装甲】を身に着けてるだけでなく、ちゃんと機能も活用して殴ったのか。

 (さかん)は岩間の規則違反を指摘しようと、震える腕で身体を支えながら立ち上がった。


「ひ、人に……、はぁ、はぁ。と、【特殊装甲】を使うことも……、い、違反行為です」


「あん? なんだ、こいつ。面倒くせぇな。セナカみたいなこと言いやがって。いいか、優しい先輩がいーこと教えてやる。誰も見てなきゃ違反にはなんねーんだよ」


 立ち上がろうとした(さかん)の顔を蹴って、嘔吐物が溜まる床に顔を押し付けた。

 自身の嘔吐物にまみれた(さかん)の瞳には――憎しみが灯っていた。

 そして、この火を境にその憎しみの炎は勢いを増していくのであった。



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