16話 好き不自由
「あれが【竜】の力か。とんでもない強さだったな」
【回復涅】に憑かれた望月 朝日を看病するため医務室にへと来ていた。ベットが1つと小さな業務机が1つ置かれた狭い部屋。
パイプ椅子をベットの横に開き、腰を下ろして先ほどの戦いを思い出す。
宗源 カナメが持つ【竜】の力を。
「過去に一度だけ現れた希少な【魔物――竜】」
その姿を実際に見たものは宗源 カナメを除いて誰もいない。共に挑んた隊員たちは殉職したのだ。記録を取る余裕すらもなく人々の命を蹂躙した。
そんな化け物を1人になっても倒したと言うのだから、英雄と呼ばれるのも頷ける。
「流石は【竜戦の英雄】と呼ばれるだけあるね」
「全くだ。【竜戦の英雄】と【三本角の鎧】って格好良さに差があり過ぎるだろ! 俺達のなんてただの見た目だからな!!」
「ガイ! お前、今更起きてきてなに言ってんだよ!」
ガイがモゾモゾと服の中を移動して袖から出てきた。
力を貸さなかったくせに……。「じとー」と、見つめる俺の視線から逃げるように背中を丸めて回り始めた。
「いやぁ、ほら、あれだ。俺はあの強者の気配を感じ取ったんだ。よく考えてもみろ。もし、俺があそこで断らず能力を使っていたらどうなっていたか」
「それは――」
宗源 カナメと戦闘になっていたかも知れない。
【特殊装甲】のみで、【竜】を倒し、今ではその素材で出来た剣を持った人類最強の英雄。
……いくら【鎧】があると言えども果たして勝てるかどうか。
うん、無理だな。
だって、世界の【ダンジョン防衛隊】よりも技術、人数、資金、全てが劣る日本が対等の椅子に座れているのは宗源 カナメがいるからと噂されるほどなのだから。
「ほれ、見ろ。俺の言う通りじゃんか!」
「まあ、結果的にはそうだけどね」
「だろだろ! 実はよぉ、俺、夢であいつが現れんの見たんだよ。予知夢って奴だな!」
「何が予知夢だよ。最後に分かりやすい嘘で締めくくろうとするな! こっちとしても話が終わりにくくなるだろうが!」
「う、嘘じゃねぇよ……。大体、お前に俺の夢がなんで分かるんだよ!」
「自分で「世界に戻ってた」って言ったよ! ママとパパに会えて嬉しいから、もっと一緒にいたいって泣いてたくせに! 適当な理由付けてホームシックを誤魔化すなよ!」
「ちょっ、な、泣いてまではねぇよ。昔を思い出してただけだろぉが! そもそも、いつも力を貸してるんだから感謝しろ!」
枕もとで怒鳴り合う。
そんな俺達を遮るように、「ガバっ」と、勢いよく望月 朝日が起き上がった。
身体に掛かっていた毛布を手に取り、愛おしそうに頬を擦る。
「やっぱり、私の考えは間違えてなかったわ……。【回復涅】の持つ回復は、実際には活性化。これがあれば、人が持つ力を開放できる。身体だけじゃなくて他にも効果あるかも……。グフ、グフフフフフ」
唐突に起き上がり、毛布によだれを垂らして笑う少女。
ぶ、不気味だ。
不気味さにガイは危険を察知したようで、そそくさと俺の服の中に消えていった。尚も一人で笑い続ける望月 朝日そっと声を掛ける。
もしかしたら、ダメージでおかしくなってるのかも知れないしな。
一応、心配はしておくか。
既に変態の片鱗は見てるのでダメージではないと思うのだが。
「あの、大丈夫?」
「あ、え……、あ……」
俺の存在に気付いたのか恥ずかしそうにベットへ潜る。しばらく完全に布団に覆われていたのだが、ゆっくりと顔の半分だけ出した。
「あの、わ、私、興奮するとああなっちゃう見たいで……。気持ち悪いって昔から良く言われるんです。気持ち悪くて気を悪くしたらごめんなさい」
「いや、いきなりでびっくりしたけど、気持ち悪くないし、気を悪くもしてないよ。むしろ、開発するのが、本当に好きなんだって好感が持てるけど?」
「こ、好感!? そ、そんな」
「ともかく、元気そうで良かったよ。怪我はない?」
「はい。ちょっと腹部が痛いくらいで……」
腹部は身体に纏わり付いた粘液飛ばすのに執拗に叩いてたからな。
しかし、打撃以外の怪我はしていないのか。
望月 朝日も炎に焼かれていたのにな……。どうやら、【回復涅】だけを燃やし尽くしたらしい。
広範囲で正確さも保てるのか。
マジで人間じゃないな、宗源 カナメ。
「その、それで、なんであんなことに?」
俺の質問に布団を放り投げて起き上がる。
「私は【回復涅】が持つ力に注目しててね......。あなたも【特殊装甲――回復涅】は使ったことあるわよね?」
「それは……勿論あるけど」
【特殊装甲】に【回復涅】の素材を装填すると、傷などを癒す力を得ることが出来る。
【回復涅《リペアスライム】は、【涅】よりも遭遇率は低く、滅多に出会うことはないが、【門扉】となった俺の母校で遭遇することは出来るため、他の素材よりは入手しやすくなっている。
入手のしやすさ、回復という効果から、【ダンジョン防衛隊】では欠かせない素材だ。
だが、それがなんだというのだろうか?
「グフフフフ。実はですね、それは身体の組織と【回復涅】が癒着し活性化して、治ってるんですよ……。なら、外の傷ではなく、内に取り込めば脳を活性化させられるんじゃないかって思ったんです、思っちゃったんですよ……。わ、私ってなんて天才なの?」
「……脳の活性化?」
「ええ、聞いたことないかしら……?。 人は脳を10パーセントも使えていないと。まあ、私の場合はほかの人との絶対値が違うので比較にはならないんだけど……」
表情と声色が出会った時とはだいぶ変わっていた。
テンションが上がると自意識過剰に頬を擦らせたくなるらしい。
……どんな癖だ。
「リキの場合は一パーセントも使えてないけどな」
ガイが服の中から茶々を入れる。
俺は腰を擦るフリをしながらガイを叩いた。
「あれ、今、変な声が――しませんでした?」
「気のせいじゃないかな? それで、活性化させるための装置がソレなんだ」
俺は机の上に置かれたヘルメットのような装置を見る。
内部にはどこに何が繋がっているのか全く分からない配線がなされており、見てるだけで目が回りそうになる。
小さいときにテレビで見た噓発見器みたいな見た目である。
実際は効果そのものが嘘のような装置なのだが。
「それで、この中に【回復涅】の素材を挿入し、試しに使ってみたんだけど……」
試作品の暴走。
それが今回の事件の原因らしい。まあ、開発部らしい話だ。過去にも何度か暴発して火事が起こったから助けて欲しいと救援要請があったくらいだ。
「グフフ。それが、間違えて間違えて捕らえてた【回復涅】の檻を解除してしまったんです。そしたら、瞬く間に身体を奪われ意識がなくなりました!!」
「どうやって間違えるんだよ! というか、そもそも生きたまま【魔物】を【扉】から持ち出すのは禁止なはずでしょう!」
【魔物】が外に出れば奴らが暮らす異世界の空気が広がる。
そうすることで、【魔物】は活発化し、また、新たな【魔物】が現れる。その理由から【ダンジョン防衛隊】でも禁忌とされる行為の一つ。
そしてそれは――、
「す、少しだけだから大丈夫と思って。それに、他の班は【魔物】の特性を弾丸に込めた新兵器作ってるんだ。私たちが追いつくためには、仕方ないでしょ!!」
「駄目だ!!」
俺は声を荒げて叫んだ。【魔物】の世界が広がる行為。
ーーそれは、俺が最も許せない行為の一つだ。
ルールを全部、綺麗に守れなんて言わないし、言えない。俺だって生きるために素材を売りに来てるしな。
だから、これは、これから望月 朝日に言うことは綺麗事ですらないただの我儘だ。
俺の思いを押し付けるだけの言葉だ。
「【魔物】を舐めちゃ駄目だ。目の前で友人が殺されるのを見たことがあるか? 助けに来た人が死んでいくのを見たことがあるか? もしかしたら、今日、ここが、そうなってたかも知れないんだ」
目の前で友達や知り合いが死んでいく。
それほど残酷な光景はこの世にあるだろうか?
自ら進んで悲惨に突き進むなんて――。
俺の形相に怯えたのか、望月 朝日は目に涙を浮かべていた。
「ただ、わ、私は自分の考えを確かめたくて――」
本当に好きならば時にブレーキが利かなくなる。好きなことだから役に立ちたい。
それは俺も分かってるさ。
望月 朝日の頭に優しく手を置いた。
「悪意はないのは見れば分かるよ。だから、今後はもうしちゃ駄目だ。自分の好きの為に人に不自由を押し付けることは」
「不自由の押し付け......」
「そ、それだけ守れば充分だと思うんだ」
頭を撫でながら注意すると、撫でられた望月 朝日はしばらく身体を固めた後に、「グキュウン!」と奇声を上げて布団に倒れ込んだ。
顔も一気に赤くなっている。
まさか、【回復涅】に憑かれたことの副作用か?
「大丈夫? まさか、どこか傷が……?」
「ちょっと、心臓が痛くて」
「心臓が……?」
心臓は攻撃を受けていたかな? しかし、【魔物】に憑かれたのだ。心臓に負担がかかっても不思議ではないか。
「ちょっと、先生呼んでくるよ」
「あ、いえ、そこまでは。そ、それより! よ、良かったら、これ――試しに使ってみますか?」
布団をガバリと全身に掛け、腕だけを出してヘルメットを指さした。
「え、……いいの? 研究中でしょ?」
「うん。わ、私はじ、実験データが欲しいだけだから。べ、別にセナカさんの役に少しでも立てばいいとか、これっぽちも思ってないし。役に立ったらその、また、グフ、グフフフフフ」
望月 朝日は俺に自分が開発した道具を渡した。
まだ、試作段階とはいえ使える物は多いに越したことはない。なんたって、俺は無職だし。
「ありがと、助かるよ」
俺は望月 朝日の頭をポンポンと触れて医務室を後にする。
色々とあったが目的の資金と新たな道具を手に入れたことに満足して【佐々木班】から帰宅するのだった。
「そういえば、宗源 カナメ......、佐々木さんのことおじいちゃんって言ってなかったか!?」
言われてみればどことなく似ているような気が――しないでもなかった。
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