(14項)魔王軍の目的
「本日は勇者様の対話と真意の確認を行うため馳せ参じました」
<イナーシア>によって提供されている宿に唐突に表れた喪服の美女はシャルミーユと名乗り、魔王の側近と自己紹介した。その自己紹介の前にシノによる攻撃が終わっていたが、攻撃はシャルミーユをすり抜けて後ろの壁を崩壊させただけに終わった。
「顔に似合わず野蛮ですね。修理費用はご自身でお納めくださいね」
自動で修復される壁を背景にシャルミーユは笑う。その間にトゥルゥとカインも部屋に到着し、状況を把握して臨戦態勢をとった。
特にトゥルゥは敵意をあらわにし、
「シャルミーユ!やはり魔王軍に就いたか!」
普段の口調からは考えられない言葉を吐いた。
「あらあら。懐かしい顔もありますね。しかしそれでも攻撃してこないところ見ると理性はしっかり働いているようですねー」
トゥルゥの口調を模しながらシャルミーユが煽り、煽られたトゥルゥが無言で人間大のロザリオで攻撃するが、トゥルゥの体もろとも透過して攻撃は空振りとなった。
「どうやら血の気が多い人が多いようで、簡潔に用件だけ伝えますね」
「シャルミーユといったか。君は何のためにここへ?」
「話の通じる御仁もいて安心しました」
シャルミーユはお辞儀とともに、冒頭のセリフを紡いだ。
「本日は勇者様の対話と真意の確認を行うため馳せ参じました」
「対話はともかく、真意の確認?」
カインが尋ねる。ユウキも状況が掴めず会話に参加できていなかったが、そこが気になった。
「はい、我々の目的と手段を勇者様が正しくとらえれているのか、そしてもし誤った認識があるならそれを正したいとも思っております。勇者様は我々の敵対組織に属するため我々に対して悪印象を抱いているかもしれませんが、まずは真実を見てほしいのです」
「……あなたが正しいことを伝える保証がない」
「勇者様の声、素敵ですね。それは信じてもらう他ありませんが、今までの情報も正しいかどうか不明という点で同じはずです。まずは対話が必要かと思われます」
ユウキはシノに目配せしながら外堀を埋める。
「対話によって魔法による不利益を被る可能性がある」
「その点はご安心ください。この魔法は利他来影といい、対話は可能でも物理的魔術的干渉は双方行えないという魔法です。術名を明かすことを誠意の証としてください」
「じゃあ危害を食わないことを誓え」
「……ふふ。すっかり勇者様もこちらの世界に慣れたようですね。いいでしょう。利他来影が効力を発揮している間、勇者様、トゥルゥ、カイン、シノノメメメに危害を加えないことを神の御名下に誓います」
シャルミーユがこちらの要求をすんなり呑んだことで緊張感がいくらか和らいだ。ただしシノとトゥルゥは相変わらず険しい顔だった。
「……さて、勇者様。私たち魔王軍の目的をご存じでしょうか?」
場の雰囲気を察して、勇者に対してシャルミーユが問いかける。シノが軽くうなずいたのを確認して、勇者ユウキは答える。
「……世界征服」
「ふふふ。かわいらしい答えですね。それは手段の一つであり目的ではありません。私たちの目標は全人類の魔力増強とそれによる魔法文化の更盛です」
「魔力増強?」
「はい。勇者様はこの術師街ハザラを見て便利と思いませんでしたか?そして、帝都コロンでの生活水準の低さとのギャップを感じませんでしたか?」
「……」
無言が答えのようなもので、確かにこの術師街ハザラの生活は快適なものだった。魔法のないユウキがいた世界とのあまり変わらない帝都コロンでの生活にがっかりしたのも、術師街ハザラでの魔力ありきの生活に興奮を覚えたのも事実だった。
カインが代わりに答える。
「それは仕方ないことだ。だからこそほとんどの人間は魔法の研鑽に努めるのだからな」
「魔王様はその仕方がない、に挑戦しているとしたら、その行為を否定できるでしょうか?全人類が魔法に長ければ、このハザラのような文化が共通規格になり、人々の往来も住める地域も増えて、質の良い世界が作れると思いませんか?」
この世界の生産性はユウキの世界よりも低い。アネクメネと時空魔壁に阻まれて人の往来が制限されており、大人数での効率的な生産が現実的でないからだ。離れた町社会を魔術師が商人として繋いでいる現状では大規模で効率的な生産は望めない。
ユウキが答える。
「……手段によるとしか言えない。理想に聞こえるけど、ここで営んできた人たちがその理想に気づかないはずがないし、それでも今そうなっていないということは色々無茶なことが多いと推測できる。魔王軍は、無茶を通そうとしているんじゃないのか?」
「勇者様は全人類が魔法に長けるのが理想だとは感じていますか?」
「今は断言できない。断言するにはこの世界のことを知らなさすぎる」
シャルミーユは声を出さずに笑う。こちらの思惑通りに会話を進ませない、論客としても手強い相手であることを認識した。そのため、言いくるめるよりも真実を話して説得する方針を固めた。
「……さすが勇者様ですね。確かに、世界を敵に回すという無茶を魔王様は行っています。しかし魔力の増強に関してはここ10年の間常に行われています。この歴史を知っていますか?」
「魔王が侵略を始めたのは10年前だとは聞いている」
「はい、そして私たちの魔力増強の目的は世界征服後に行われるわけではありません。侵略と同時に行われています」
「……瘴気ってやつだろ?」
「あら。ご存じでしたか」
瘴気と魔力増強の相関はまだ証明がされておらず、その仮説レベルの現象を勇者に伝えていたことにシャルミーユは驚いた。そしてもう一つ、瘴気について知っているということはこちらの情報も知ってないとおかしいはずだった。
「では、その瘴気による死者がゼロ人であることもご存じですか?」
「それも聞いている」
瘴気による人類のレベルアップ。勿論魔力欠乏症のリスクが高くなるため痛みを伴う手段ではあるが、しかしこれまでに純粋に瘴気のために死亡した例はない。正確には魔力欠乏症で亡くなった人はゼロではないが、死亡率は魔王侵略の前から変わらない、それどころか単純減少していた。
そしてだからといって他の不審死が増えてるわけでもなく、死亡率は魔王軍侵略前と同水準を維持している。客観的に見て、魔王侵略による人的被害はないと言わざる得ない。
「……説明が早くて助かります。勿論魔王様の匙加減で瘴気濃度を上げて死者数を増やすことは可能のためそれを危惧する方もいらっしゃいますが、こちらにその意図はありません。10年間緻密な調整で死者ゼロに抑えている点を評価して頂ければ助かります」
過酷な環境に慣れさせるという手法では、最初からそれなりにきつい環境にして適応を早めることもできる。人的被害は甚大だが全員が魔法に長けている理想の世界への到達は比較にならないほど早いだろう。1割の人類を見限るなら10年もかからずに達成できる理想を、魔王は10年以上の歳月をかけて被害者ゼロで抑えようとしているとも捉えられる。
もちろん全世界に瘴気を蔓延させるための時間と労力を確保するために、早期に目をつけられないように遅々として計画を進めるという打算的な理由も含まれているが、それでも被害者ゼロは心象が良い。
「……全部知っているとのことでしたらもう一つの目的を果たしましょう。勇者様、率直に申し上げます。魔王軍に入りませんか?」
「な!」
「うーーーん?」
「……っ」
「……」
唐突な勧誘にユウキ達は驚きを隠せない。
「勇者様は神剣イサナギによるものとはいえ膨大な魔力を有しています。そして対話の結果聡明であることも分かりました。その聡明な頭脳をもって、今一度我々が敵対する理由を考えて欲しいのです」
「……」
「神託による運命で勇者として選ばれたことはご存知かと思いますが、そのような判断の余地のない定めよりも、自身で考えた最良の方法を選ぶべきではないでしょうか?」
神剣イサナギを抜き、勇者として選ばれたユウキだがそこに彼の意思は介入していない。確かにユウキの真意は未だ不明で、実際に神託で導かれたからといってユウキの考えはまた別のところにあるのかも知れない。
「あなたほどの魔力と頭脳が有れば魔王様にすぐに謁見できますし、瘴気の調整にも携われるでしょう。そうすればあなたの手で被害者ゼロにもできます。私は本気で魔王様の理想を実現したいと考えていますし、あなたが敵対せず助力して貰えれば理想の実現が大きく近づきます。どうでしょう?我々の仲間になりませんか?ユウキ様?」
困惑するユウキにシャルミーユが続ける。
「ここで仲間になってもらえれば、あなたが組織に帰属する限りあなたに害することはせず、瘴気の調整権獲得のため私、シャルミーユは全力を尽くすことを神の御名下に誓います。さぁ、ユウキ様。答えをお聞かせください」
そうして沈黙が流れる。カインもトゥルゥもユウキの真意をちゃんと確かめたことはなかった。勇者だから当然魔王に敵対すると思っていたが、実は真意は違うのではないかという疑念が胸中に広がる。
しかしシノだけはユウキの真意を知っていた。神妙な面持ちで、
「……ごめんなさい。お断りします」
まるで告白を断るかのようにユウキは答えた。
胸を撫で下ろすカインとトゥルゥと、食い下がるシャルミーユ。
「何故でしょうか?できれば理由をお聞かせください。魔王様の手段に不備はないと思いますが?」
「不備のあるなしは分からないけど、俺がここに来たのはシノを助けるため。だから例え君たちにどんな大義や正当性があったとしても、シノに敵対することはできない」
シノは以前険しい顔だったが、そのまま笑った。
「……なるほど。禊締主による縛りがありましたか。それは予想外です。シノノメメメはそのようなことをしない為人と想定していました」
「……そうなのかな?でも、そうじゃなくても、元の世界で俺を救ってくれた恩人を裏切ることはできない。シノが不幸せになるなら止めるけどこれはそうじゃない」
言い切るユウキを見て、シャルミーユは苦虫を噛み潰したような顔になる。
「残念だったねー、流転の魔女。そんなことより流転の魔女のあなたが、本気で魔王を助ける〜とか言ってて笑いを堪えるの大変だったよー。次はいつ裏切ってくれるのかなー」
「私は、もう二度と裏切りませんよ」
トゥルゥの茶々入れに気分を害したまま、シャルミーユは締めの言葉を紡ぐ。
「そろそろ時間切れです。このような対話も恐らく最後になると思います。リスクばかり負って実りは少ない結果となったのが悲しいばかりです。本当に、ままなりません」
深々とお辞儀をして、
「それでは皆さん。お時間を頂きありがとうございました。次は戦場で会いましょう」
シャルミーユの姿が消えた。
「……ふぅ。シノ、どうだった?」
顔の汗を拭いつつ、安堵した面持ちでユウキがシノに問いかける。
「利他来影の再現と解析は完了しました。あらかじめマーキングした影を媒体として通話する魔法ですね。ただ、一方的に通話させられた側から術師に対して攻撃する魔法の作成にはもう少し時間がかかりますね。一応完成させておきますが、情報が筒抜けになることを危惧して利他来影自体を拒否する魔法を展開しておきます」
『神の後光が指す万物に、邪なる影添う術有らず』
『影来勢衰』
シノが魔法を紡ぎ、一帯に魔力光が明滅する。この魔法でシャルミーユの利他来影は勇者一行には通じなくなった。
「やっぱりマーキングされていた影って、私?」
「はい、トゥルゥの影が媒体にされていたようです。あの方と会ったことがあるんですか?」
「会ったことあるというか、姉弟子だねー。色々面倒くさい人なのよー」
トゥルゥは困り顔で答える。どうやら尋常ではない縁があるようだった。
おずおずと、ばつが悪そうにシノが口を開く。
「……誤解されたくなので言及しますが、ユウキの転生時の条件は全てユウキに開示しています。それが条件の転生術なので隠し事は出来ないのですが、……それを証明する術はありません」
「そこは大丈夫。シノを信じているよ」
シノの不安を払うように快活にユウキは答えた。
一瞬の沈黙の後、カインが切り出した。
「さて、もうすぐ約束の1時間だ。多分話したいことがあったんだろう?シノさん?」
「はい、今後の方針についてこの落ち着いた段階で皆様と認識を合わせたいと思っていました。本来は旅立つ前に行うことでしたが……」
「……確かに、結局俺は何をすればいいんだ?」
勇者一行として既に旅出しているが、これから何をするのか、何が目的でゴールなのかをユウキは知らなかった。これまで色々なことがあり圧倒されていたが、確かにその認識合わせは必要なことだった。
空間に机とそれを囲った4つの椅子が現れ、シノが座るように促す。
「……それでは神託たる勇者譚と、その具体的な行動について説明いたします」