表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/10

(18項)魔王軍の侵略

「これを壊せば、宣戦布告ってわけだな……」


術師街ハザラから離れた場所、古窪村シュアが遠くに見える山の山腹に勇者率いる討魔伐行(とうまばっこう)が構えていた。彼ら4人は、一つの黒々とした物体を囲んでいる。


これこそが魔王軍の侵略兵器であり、世界を相手取るには人員が少なすぎる魔王軍が全土を侵略するために用いている魔法だった。10年間侵略作戦を支えてきた魔法のため、もちろんセキュリティもしっかり組まれている。


「アネクメネで連続稼働する魔法。私もこの目で見るまで信じられませんでしたが、どうやら他から常に魔力を供給されているようですね。うまくいけば供給元も特定できそうです」

「あ、それは解明されているらしいよー。まぁ魔王城に続いているっていう何のひねりもない結果らしいけどねー」


シノはその黒々とした魔法を解析している。もちろん解析の試みはこれまでいろいろの魔術師によって行われていたが、それでもシノ自身で解析を行いたいと思うのは、魔術を極めた魔術師としての性なのだろう。


「確かにこちらから供給元へのアプローチは難しそうですね。禁止するのではなく座標を狂わせて供給元には届かないようにする機構はなかなか面白いです」


無理、ではなく難しいと表現することにプライドの一端を垣間見たユウキは苦笑した。大きな戦闘が近づいている緊張から乾いた笑いしかできていなかった。


「ユウキ、緊張しているのか?」


カインが助け舟をだす。もちろん緊張していたが、ユウキもプライドを振り絞って答えた。


「もちろん。でも、やるしかないからな」


振り絞っても強がるので精一杯だった。


「私これに触れるの久しぶりだけどー、依然と比べて瘴気の発生が増えてる気がするー」

「試算では後5年ほどかけて徐々に瘴気濃度を高めるようだからな」


帝都にいた時に初めて耳にし、シャルミーユとの対談時にも説明された瘴気だったが、実際に体に浴びてみるとピリピリしたくすぐったい感覚をユウキは覚えた。もちろん間近で触れているためその影響をより強く受けているのだが、魔力の乏しい人が受けた時の影響について不安を感じずにはいられなかった。


「これが、魔王軍の侵略……」

「はい。魔王軍といえど全世界と全面戦争をするには人員が足りません。圧倒的な魔力で制圧することはもしかしたら可能かもしれませんが、その手段では多くの人が死んでしまい、制圧した後の世界が大変不自由になります。そのため、このような静かな侵略を選んだようです」


シャルミーユによると、魔王の目的は魔術師の魔術師による世界の創生。そのためには世界の人間全員を端界域レベルに引き上げる必要があり、そのための手法が人口の多い集落の近くに瘴気発生魔法体を設置することだった。


「この瘴気を浴びてれば魔法が使えるようになるのか?」

「いえ、そもそも魔法では人間の内面まで変容させることは不可能です。あくまで魔法は外的要因を引き起こすことしかできません」

「一応あるにはある。しかしそれは呪いに分類される魔法であり、魔法の内にあって魔法とは区別されるものだ」

「勇者排斥運動は呪いによって思想変化させられて起きたんでしたね。あれは特例です」


人間は生きているだけで内部に固有世界を展開している。固有世界は自我を形成する要因の一つと考えており、それに影響を与えることは基本的に不可能とされている。食べ物が体内で消失する原因は体内ではその人の魔力が支配的だからだが、そもそもなぜ支配的かというと固有世界が、自分の魔力に都合の良いように作られているからに他ならない。


そのような強固な固有世界を持つからこそ、魔法によって人間の内面、体調、五感、思考など認識に直接影響を与えるのは不可能に近く、それらに影響を与える呪いは特別視される。ちなみに呪いも万能ではなく、強固な固有世界をかいくぐるために様々な制約が課せられる。制約をうまく調整しながら思い通りに呪いを組むのは基本不可能とされており、カジツが作った勇者排斥運動のための呪いは神業に近い所業だった。


「でも、瘴気を使って端界域(はかいいき)まで引き上げるんじゃ?」

「瘴気は外的要因だねー。瘴気には魔力を吸い取る性質があって、少しずつ魔力的負担を増やすことで普通の人の魔力量を増やすってのが目論見っぽい。一応理にはかなってるんだよねー」

「……低酸素トレーニングみたいなものか」


瘴気は魔力を奪う性質が確認されており、その中にいる人間は魔力の消費量が普段より多くなる。魔法に長けた魔術師なら自動回復が十分間に合うが、魔力量の乏しい一般人は魔力枯渇による魔力欠乏症を引き起こしかねない。


そうして慢性的に魔力欠乏症の危機にさらすことで、魔力回復機能の強化を引き起こし強制的に魔力を高めるのが魔王の目的となる。ちなみにこの手法で魔力強化されるかどうかは意見が分かれており、効果がないとする意見も根強い。議論による結論を待っていては一向に実行されないため、魔王は侵略という手段で瘴気による強化計画を強行していた。


そしてこの瘴気は、反対勢力に対する人質のような役割も果たしていた。


「確かにこの瘴気の濃度を一気に上昇させられるとたまったものじゃないな」

「まぁ侵略範囲を考えると、万単位で死者が出そうだよねー。端界者(はかいしゃ)じゃない人は耐えられなさそうだし」


瘴気の濃度は魔王軍が調整可能であるというのが共通認識で、もし今魔王が最高濃度にしてしまえば瘴気による侵略を受けている集落の一般人は魔力が急速に枯渇してしまい死に至る可能性がある。魔王のさじ加減一つで被害者を大量発生させる可能性がある以上、瘴気に対する大規模な対策は困難を極めていた。全世界に対し、一般人の人質をとっている状況である。


「相手も殺戮が目的でない以上そのようなことはやらないとは思うが、外交のカードになっているのは事実だ」

「殺戮が目的でしたら、すでに戦争になっているはずですからね」


戦争は「相手から戦闘力を奪う」のが基本的な目的であり、危険な思想の持ち主が暴力を以て行動しないようにあらかじめ暴力の元を断つために行われることが殆どだ。民族主義などで人民の殺戮を目的とする戦争は、もたらされる利益が少ないため基本的に行われない。戦争は利益があるから行われるのであって、だいたいは「このままでは暴力によって不利益を被るため、その不利益を避けるために戦争を行い戦闘力を奪う」のが目的で戦争が行われる。


魔王の侵略も世界の掌握が一つの目的であり、掌握後の世界にも人間は必要となる。むやみやたらに戦闘を発生させて死者を大量に出していしまうと、たとえ勝ったとしても世界の活力は失われており、復興に永い年月を要してしまう。復興すればまだよいがダメージが深すぎてそのまま滅亡する可能性もあるため、いまだに魔王軍と全世界連合との直接的な戦闘は行われていない。局所的に戦闘が発生しているが、世界規模の大戦には至ってないのが現状だ。


そのため一般人にとって魔王の侵略の認知度は低く、知っていても脅威と認識している人間はごくわずかだ。ちなみに魔術師の認知度はほぼ100%となっている。そして魔術師たちも、一般人がパニックにならないよう現状は魔王軍の危機を喧伝してはいなかった。


「なので、ここでこれを壊してもすぐには瘴気濃度を上げることはないはずです。今解析が終わりました」


話している間も解析を行っていたシノが、目を開き黒々として瘴気発生魔法体から手を離す。


「壊すことが可能です。一応異常警報回路も作動しないように組みなおしましたが、おそらく向こう側の魔法で何らかの異常は検知されるでしょう」

「これを壊せば、宣戦布告ってわけだな……」


緊張している面持ちのユウキにカインがフォローしようとして、


「大丈夫大丈夫ー。討魔伐行(とうまばっこう)っていう弱小組織のささやかな抵抗としか捉えられないよー。宣戦布告ってレベルじゃないからそんなに気負わないー。勇者が組織のトップだからもしかしたら目を付けられるかもだけど世界を背負ってるわけじゃなんだから気軽にいこうよー」


トゥルゥの軽率で適当な励ましにさえぎられた。軽薄な言動にカインはいやな汗を書きながらユウキの方を見たが、ユウキは逆にその軽さに救われたようだった。


「……そうだな。緊張しても仕方ないよな。でもこれでたくさんの被害者が出ても、俺はしっかりそれを背負うよ」

「その時は俺も共犯だ。一緒に背負って魔王討伐を目指そう」

「うーん、私も背負ってあげるけど、たぶん何も変わらないから気を悪くしないでねー」

「私はいつでもユウキの味方です」


覚悟が決まったようで、4人の中心にある瘴気発生魔法体に向けてユウキが神剣イサナギを突き刺す。一瞬の抵抗の後に鈍い音とともにそれが砕け散り、魔王軍との本格的な戦闘が幕を開けた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ