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(12項)魔法、魔力、魔術について

「結局、魔法ってのはなんなんだ?」


 勇者一行は無人の荒野の中にいた。魔王軍の策略で王都から追い出されてしまったユウキは予定よりも相当早い段階で魔王を倒す旅を始める羽目になってしまった。これまでの道中で妨害はあったが基本的に移動が大半を占めるミッションである。その間を埋めるための問いだった。


「えー?まだ教えてなかったのー?」と呆れたのはシスターのトゥルゥ。

「魔力を操る感覚を覚えてから教えるつもりだったのだが」と釈明したのは王都軍師団長のカイン。

「良い機会ですし、戦闘も経験したので魔力の理解も大丈夫でしょうから、教えましょうか」と名乗り出たのはユウキの禊締主たるシノ。


 この3人に神剣イサナギを携えた勇者ユウキを加えた4人が魔王占領区域解放特務を与えられた勇者一行のメンバーだった。ここに至るまで何度か実戦も行なっている。魔王直属の事実上最高戦力たる「深淵覗団」の一人との会敵ではユウキは文字通り細切れにされたが、シノも把握していなかった魔術「勇者の必要条件(ブレイブ・クリーシェ)」により回復しその後退けた。ユウキの臨死体験は2度目だったが、戦闘の結果による死を体験しユウキに足りなかった覚悟がついたようだった。立ち振る舞いは普段と変わらないが目が据わっている。


「俺の双縁心躯(そうえんしんく)やシノの詠唱魔法、……あいつの斬撃のような何か、全て魔法なんだよな?共通項とかあるのか?」


 ユウキは死んでも生き返ることができるが、どうやら勇者の必要条件(ブレイブ・クリーシェ)にはリスクがあるようでできればこれ以上の敗北は避けたい。そのためユウキは一刻も早く魔法での戦闘の理解を深めるべきだと感じていた。


「はい。魔法は多種多様な現象を引き起こしますが、術者の想定する事象しか引き起こせないという共通項があります」


 そういいながらシノは手のひらを上に向けると、そこに炎を出現させた。ちなみに喋りながらも4人の足は止まらずに進んでいる。


「この炎は私が望んで魔力を使うことで魔術を使い出現させました。魔力は燃料、魔術は関数、これらの営みを総称して魔法としています」

「質問が2つある。まず俺の双縁心躯(そうえんしんく)や生き返った魔術は想定してないところから勝手に発現したんじゃないのか?その説明だと想定外の魔法はないように聞こえるけど?」

双縁心躯(そうえんしんく)、そして勇者の必要条件(ブレイブ・クリーシェ)はそれぞれ別の術者が作成した魔術です。前者は私。そして後者は私の縁者たるロココロロロのものです。どちらも術者が期待した性能を発現するように作成されているため共通項を犯しません」


 ロココロロロは勇者の必要条件(ブレイブ・クリーシェ)の魔術をユウキに埋め込んだ張本人で、ユウキが死んでいる間のみこちらの世界に顕現した術者。シノにも秘密のまま勇者の必要条件(ブレイブ・クリーシェ)を作成し、ユウキに呪いに近い形で授けた。ユウキが死ぬと一定時間のみロココロロロが出現しその間にユウキを生き返らせるが、死にすぎるとロココロロロの顕現時間が長くなり最後にはユウキと存在がロココロロロに置き換わる。ユウキ自身はロココロロロ顕現時は死んでいたので彼には会っていない。


「なるほど……。2つ目、魔力と魔術さえあれば思っている事をなんでも実現できるのか?教えて貰えば、俺でもシノみたいな術が使えたりするのか?」

「程度によりますが、譲渡や他者の再現はほぼ不可能です。私の魔術と魔力をトゥルゥやカインに渡しても同じ魔法は発現しません。逆もまた然りです」

「魔法って要は世界の創造だからねー、向き不向きは絶対にあるのよー」


 トゥルゥが続ける。


「私の魔法は基本的に物理的な力の発揮なんだけど、これは魔術による筋力活性化か、それとも外力の強化か、はたまた物理現象の改竄か、色々なアプローチがあってそのどれか、もしくは複合によって結果的にありえない物理力を発揮できていてー、観測しようにも魔術が発揮している世界は連続してないから難しいのよねー」

「……トゥルゥ、まずは世界の概念から教えるべきだと思うが」


 トゥルゥの説明を理解しようとして悪戦苦闘しているユウキにカインが助け舟を出す。確かに先程から頻出している世界という言葉がよくわからない。


「まず大前提として、魔術とは即興世界の構築を指します。望む世界を構築しその影響をこの世界に拡大させる。それが基本原理です。例えば今私の手で燃えている炎。炎はこの世界では燃えるものがないと発生しませんし、熱や酸素も必要です。ですがこの炎は現在そのような性質を持っていません」


 シノが手に焚べている炎をユウキに近づける。確かに熱を感じない。


「今この炎の座標はこの世界のものではなく、私が魔術によって作った即興の世界にあります。私が作った即興世界での炎はこちらの世界の空気のように当たり前に存在しますし熱も帯びません。そのような物理法則の世界です」


 説明しながらシノは反対の手にいつのまにか出現させていた枯れ木を地面に放り、手の炎を枯れ木に向ける。


「勿論このままではあまり意味はありません。この炎をこうしてこちらの世界に適応させ出現させます」


 言葉を紡ぎながら炎を宙に放った。その瞬間ユウキは熱を感じ目を細めた。熱さに慣れた頃には焚き火に火が付いてパチパチと音を立てていた。


「これは認識誤謬の原理による魔術です。名前は同じ炎でも起源とする物理法則は違います。しかし発端の概念はどちらも私の想定した同一のもののため、こちらの世界に適応させた際にはこちらの炎になっています。同じ炎という認識で即興世界の炎を現実のものに誤謬させることで熱を持たせて召喚するようなイメージです」


「……」「へぇー」「……なるほど」


 沈黙するユウキと感心するトゥルゥ、カイン。


「え!?おまえらは知ってるんじゃなかったの?」

「いやー認識誤謬とかは初耳だねー」

「世界を作る理念は教えられたが、そこから先の細かな話は知らなかった」


 絶句するユウキに構わずシノは講釈を続ける。

「他にも炎を出す方法はあります。例えば物理法則を改竄した世界を作り、燃えるものや酸素がなくても熱を持つ炎が発生するようにする。世界の適応範囲をコントロールして炎を操る事も可能です。また作成した世界から燃えるもの、熱、酸素を転移し続けて炎を発生させる術師もいます。同じ炎の出力でもアプローチが違うこともあるという事です。共通項は自分の望む世界を作る点です」


「睡眠時に見る夢が近いですね。好きな夢を見るため、そしてその夢を現実にするための魔術という説明が一般的です。ちなみにユウキのいた世界にも魔法はありましたよ」

「え!?」

「万有引力や光速度不変という名前だったはずです。あの世界の質量のある物体は必ず引力を発生させますし、光の速さが不変で時空が歪む……という表現があった気がしますが、あれはあの世界特有の物理法則です。あの世界を支える神が定めた魔術によるものでした。先程私が炎を作り出した世界も、ユウキの世界で質量を持つ物質が引力を必ず持つという物理法則が定まっているように、必ず炎が発生する物理法則を定めていただけです」

「やっぱり君の世界にも神はいるんだねー。言語については仕事をしてなかっただけなんだよー」


 魔法とは異世界のものだと決めつけていたユウキにとっては衝撃の告白だった。元の世界にもし同じように魔法があるならこれまでの認識がひっくり返ってしまう。


「ただ、ユウキの世界はかなり特殊でした。あの世界は魔法が殆ど機能しない作りになっていてユウキが神や魔法を知らないのは無理のないことと思います。あの世界は黒穴(ブラックホール)に近く、恐らくあの世界に干渉できた魔術師は永い歴史の中でも私だけ……いえ、私とロロだけだと思います。あちらの世界では……場という概念に近いでしょうか?炎を出す魔法は通常の重量場に干渉する炎場を作成する……という概念ですかね?」


 ユウキは元の世界では一般的な高校2年生で、理系専攻のカリキュラムだったとはいえ物理学に明るいわけではなかった。場については良くわからなかったが、それでも万有引力や光の速さが不変であることはぼんやりと知っている。それが定義ではなく魔術の類であることに驚きを隠せなかった。


「……じゃ、じゃあシノがもし俺の世界に来たら……?」

「魔法が使えるのでしたら、光速度より速く情報を取得できますし、万有引力を無視して様々な現象を起こすことができるでしょう。ただ、あの世界で魔法が使えるかどうかは甚だ疑問ですが」

「魔法が使えないなんてことがあるのか?」

「先程も言った通り、ユウキの世界はかなり特殊なのです。転生魔術で未だ解明されていない落界リスクの一因だと思っています」


 口数の少なかったカインが捕捉する。

「……ちなみに、俺は魔法を使う際に世界を意識したことはない。理論としては知っているが感覚としては当然のように行使できる能力程度の認識だ」

「私も同じー。というかユウキもそうでしょ?足に魔力を込める事で身体能力を向上させられてるけど世界だのなんだのは考慮してないはず。理論とかは抜きにして思ったことが思った通りに発現するのが魔法の本質だと思ってるー」


 より困惑が広がる捕捉だったが、ユウキは人間の歩行と同じという結論で一旦は納得した。普段から人間が行なっている歩行という単純(に見える)行動も分解すれば筋肉の収縮や重心及び体幹の移動といったかなり複雑な工程を経ている。魔術も同じで分解すれば先程説明された即興世界作成など複雑そうに聞こえるが実際に行使する側はそれを意識していないのだろう。現にユウキも魔術の基礎中の基礎はできるようになっているが、世界創造などという大それたことは考えていなかった。


「……もしかして、魔法の修行と言いつつも基礎体力の向上と普通の模擬戦しかしなかったのもそれが原因なのか?」

「……ああ。魔法は思ったことを実現しようとして発現するから、座学で理論を学んでも習得できない。意志や欲が必要だからとりあえず筋トレと模擬戦で魔力を戦闘力に変える意思を作るのが先決だった」


 王都にいた時はカインの下で鍛錬をしていたが、ユウキが所属していた剣道部の鍛錬とあまり差がないことは常々疑問だった。


 カインは捕捉を続ける。

「だから窮地になって死から逃れたいという強い欲から新しい魔術が発現するのも不思議なことではない。ただ使い慣れていないためパフォーマンスが悪く、事態が好転することは少ない。むしろ悪化することが多いから、発生状況もあって辞世術(じせいじゅつ)と忌避されている」


 ちなみに、すでにユウキには説明済みのため説明が省かれたが、使う魔力の量と発生する魔術(即興世界)の規模は比例する。魔力を使えば使うほど大規模で複雑な魔術を行使できる。しかし規模や複雑さはこの世界での有効度に比例しない。複雑な世界を作ってもこの世界に顕現させる際の効率が悪い場合は脅威にならないことも多々ある。逆に魔力量が少なくても効率の良い魔術も存在する。魔力量と実力にはある程度の相関はあるが目安程度にしかならず、ユウキの世界において勉強時間と実際の成績の関係と似ていると言える。


「じゃあ本当に魔法を鍛えたい場合はどうするんだ?」

「具体的な方策は決まってないねー。とにかく一つのことに打ち込んでいたら自然と発現していたパターンが一番多いかな?」

「素質もかなり重要な要素ですのでこればかりはなんとも……。固有魔法が発現せずに一生を終える人も珍しくありません。他人の魔術で教化する前例は過去何度かありましたがどれもリスクが高く非人道的、かつ属人的な内容でしたので廃れています。……あぁ、失礼。罪伐教会に属すれば固有魔法を一つ発現できます。現状一番リスクが少なく固有魔法を発現できる手段ですね。発現するまで5年程度かかりますが」


 トゥルゥの抗議の目を受けてシノは訂正した。シスターであるトゥルゥは最大勢力の宗教、罪伐教会に所属しそこで魔術の戦闘を学んでいる。罪伐教会に何年か所属すると神託のように魔術が1つ発現し、それがそのシスターを表すアイコンになったりする。トゥルゥの二つ名は戦闘狂人。なおトゥルゥ自身はこの二つ名を嫌っており滅多に名乗らない。


 この世界で武力としての魔法を鍛えたい場合は、軍隊に入るか教会に属するかの2つの選択肢が基本になる。軍隊に入ると外力のための備えとして訓練され、戦う意思を常に持つことによって魔術が発現する。教会に属すると内部の治安維持のためを仕事を行い、小競り合い(基本的に魔法が絡む)を抑える中で魔力の扱いに長けるようになり、さらに必ず神託として固有魔法が発現する。この2つの選択肢はその後に就く職業の安定性、魔法に長ければ食いっぱぐれないこと、そして何より超越者を目指すための近道ということで人気の選択肢で、受け入れる側が魔法の素養による足切りが必要なほど志願者が多い。


「これといった近道はないわけね。とりあえず魔王を倒すことをずっと考えていれば、シルバーバレット的な魔術が発現したりしない?」

「ユウキ、シルバーバレットはここの語彙にありません。対象を絞ったピンポイントの魔術も前例がないわけではありませんが、即興世界に対象人物の情報が必要なので慣れ親しんだ人にしか発現しない、というのが私の見解です。そのため敵である魔王にのみ有効な魔術は発現しないと思われます」

「魔法はウサギを選ばないっていう言葉があってねー、楽したくて魔法を願っても上手くいかないもんだよー」


 魔法で楽してそうなトゥルゥに諭されることに違和感を覚えたが、とりあえず魔法のイメージは固まった。


「最初の質問の確認なんだが、俺を殺した奴の魔法は斬撃が無条件で発生する世界を作った上での攻撃、トゥルゥの詠唱は詠唱することが意味を持つ世界を作っている……という理解であっているか?」

「概ね合っています。共通するのは世界の創造、どういう世界を作るかは個々の才能や裁量に依りますが、その世界を作る行為が魔術、エネルギーとなるのが魔力、全てを統合して魔法という概念です」


「……ちょうどいいな」

 カインが呟く。会話中も歩き続けていたため、先程発生させた焚き火は遥か後方で燻っている。そして4人の前には霧がかかっていた。

「アネクメネの端だ。確か先には術師街ハザラがあったはずだ」

「そこなら魔王たちの手も届きにくいはずだよねー。逆にここも王都コロンと同じだったらどうしようも無いよね」

「その時はまた別の街に行くか最悪野宿ですね。アネクメネで2日の不眠活動は流石に危ないです」

「この殺風景な土地から離れ慣れるならなんでもいい……」

 2日も代わり映えしない風景にうんざりしていたユウキを中心とし、勇者一行は霧の中に入っていった。

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