(15項)勇者の目的
「勇者様には魔王を倒してもらいますが、そのための障害は多いです」
シノがそう切り出して、勇者一行の初めての会合が始まった。
シスターのトゥルゥ、王都軍騎士団長のカイン、勇者ユウキ、神術師のシノの4人が机を囲んで座っている。その周りには視覚できる膜が貼られており、神術師のシノのすべての技術を駆使して物理的にも魔術的にも内側の情報が外に漏れないように対策されていた。
「瘴気の話は前に聞いた。あれをどうにかしないと魔王討伐に乗り出せないんじゃないか?」
勇者に選ばれたユウキが尋ねる。魔王討伐のためにシノによってこの世界に転生したユウキだったが、事態が単純でないことに困惑を覚えている。転生時に勇者の営みは地獄の所作であることはシノから伝え聞いていたが、いざ直面すると途方もない運命を引き受けたことを実感する。
「ユウキが来るのが遅すぎたよねー。侵攻開始から10年、今では瘴気に包まれた集落は世界の1/3に迫ってるんだよねー」
緊張感のない声でトゥルゥがつなぐ。彼女は魔王軍との戦闘経験がある豪傑の一人。世界情勢を肌で感じて生きてきており、柔らかな物腰だが事態はしっかり把握していた。
「10年間何もせずに侵略されていたわけではないが、魔王軍の掲げる理想、魔術師だけの世界の創造に共感する魔術師も多い。色々な魔術師とその国を取り込み、今では全世界連合で対応するような事態になっている」
王都軍師団長という立場からカインがこれまでの展開を補足する。これまで表舞台での活躍は少ないが、彼も秘密裏に世界を守っていた。
「……ここから先は極秘事項です。宣誓は不要ですが、絶対に他言無用でお願いします」
シノが仰々しく前置きをして、他3人が知らない情報を伝える。
「瘴気に関しては、すでに対策が取られていて、近々魔王軍との全面戦争が始まる予定です」
秘密事項だったが、3人は驚く様子はない。まるで知っていたかのような反応だがシノも特に気にせず続ける。
「帝都コロンの最高権力者から直々に通達されました。王都、帝都、后都、主都の4大都市ですでに内密の連携がなされており、有事の際でも瘴気による人的被害を最小限に抑える措置が現在進行形で実施されています」
「……具体的には?」
薄々感づいていたカインだが、王都軍師団長の立場でもそのことは伝えられていない。王都に忠誠を誓った身としては詳細を尋ねずにはいられなかった。
「瘴気を発生させる魔法体には魔術構造上の不備があり、遠隔からその不備をついて瘴気の出力を抑える魔法が開発されているそうです。すでに実地試験も行い効果を確認しているとのこと。効果範囲は広くないため一つの魔法体に対し一つ用意する必要がありますが、配置作戦はもう水面下で動いており現時点で半数の瘴気発生魔法体は対応済みらしいです」
「魔法体へのアプローチはいたちごっこが続いていたけど、今回のそれは対応されたりしてないー?」
原因たる瘴気発生魔法体を無力化する試みはこの10年で何度か行われているが、すべて魔王軍の対応によって失敗に終わっている。過去の作戦に従事したことのあるトゥルゥはその作戦に懐疑的だった。
「今回は永久に無力化するわけではなく、戦争時に一時的に機能を阻害するのが目的なのでハードルが低い点、そして今回の策は瘴気発生魔法体の仕様上避けらない不備をもとにしたアプローチという点で以前より成功率は高いとのことです。私も帝都でその魔法原理を解析し答え合わせをしましたが、防ぎようのない有効な対策だと判断しました」
「……でもそれは、戦争で勝つことが前提の作戦だよな?……もし長引いたり負けたりしたら……」
ユウキは魔王討伐という役目の重みをひしひしと感じて握る手に力が入ったが、
「ちなみにこの作戦に勇者の役割は元々入っていませんでした。むしろすでに計画が進んでいるのに、神託による勇者譚の介入が入ったせいで予想外の動きがあったため上の方々は迷惑した様子でした」
「ぁえ?」
シノのフォローのような補足に、拍子抜けして握っていた拳が緩んだ。
「この計画は年単位で行われていたのですが、神託が降りてきたのはせいぜい数か月前……。勇者がいてもいなくても戦争は行われる想定でした」
「……まぁ俺に魔王討伐を丸投げされるよりははるかにマシだけど……」
それはそれで自分の存在意義がなくなるような気がしてユウキは複雑な気持だった。もちろんこの世界の住民も生きているはずで、魔王に対して何か対抗策を練っているだろうとは思っていた。だからこそシノの戦争発言にも驚かなかったが作戦に入っていない自分がちょっかいをかけることにむず痒さも覚えていた。
「ん?確か俺たちは占領区域解放特務を与えられていたよな?まさか対抗魔法を設置するのが目的か?」
カインが勇者一行の具体的な目的を問う。確かに魔王占領区域解放特務を与える旨を帝都の最高権力者である帝から受けていた。
「いえ、私たちは良くも悪くも注目されており、そのような秘密裏な作戦を実施するのには不向きです」
質問者も回答者もわかっている前提の事柄だが、シノは一応答える。先ほどのシャルミーユの接触があったように、勇者の動きは魔王軍側に補足されていると考えるのが普通だ。
「あれは特務ですのでそれも他言厳禁でお願いします。勇者譚は陽動として作戦に組み込まれました」
「あー、な、る、ほどねー」
当事者たるユウキが生返事する。
「勇者の存在は魔王にとって心穏やかでないものなので必ず注目されるはずです。そのため、勇者は独立したグループとして後ろ盾なしに魔王討伐を目論む体にして、瘴気発生魔法体を破壊しながら魔王を討伐を目指して欲しいとのことです。そうして魔王軍のリソースを勇者に割かせている間に対応魔法を配備を終わらせて、タイミングを計って宣戦布告するようです」
確かに目立つ勇者を作戦に組み込むには陽動が適しているだろう。素晴らしい効率化にユウキは感嘆するしかなかった。
「もしかしてー、世界がみんな味方になって一丸で魔王に立ち向かうー的な展開にならなくてショックを受けてる?」
「まぁ世界なんて往々にしてそんなもんだ。世界は広く、他人は自分と同じ程度に深く浅い」
「……いやむしろ安心した。俺にそんな大役勤まるか不安だったからな……」
ユウキは図星を疲れて強がったが、落胆の色は隠せていなかった。転生した世界を救うイメージをずっと描いていたが、現実は思っていたよりも現実的だった。
「まぁ陽動でも神託のように魔王を討伐すれば問題ない。そうだろ?」
「……おう。むしろ勇者として絶対魔王討伐してやるという気持ちになったかも」
カインのフォローもあってユウキは少し気を持ち直す。
「うんー?魔法体を壊すのはいいけど、すでに対抗魔法を設置済みの物を壊したりしない?連携大丈夫ー?」
「そこは大丈夫です。私たちは魔王討伐が最終目標なので、より魔王城に近い場所から魔法体を壊しつつ魔王城を目指すのが正攻法です。そのような危険区域にある魔法体は気づかれるリスクが高いため、準備段階では無視して宣戦布告後に人海戦術で対応する予定でした。その危険区域のルートの魔法体を壊していくため対象がかぶることはありません」
「魔法体を壊さずに進軍するパターンは想定しているのか?」
「想定していません。もちろん壊さずとも魔王城は目指せますが、拠点を作る意味でも道中の魔法体は壊して置きたいですね。寄り道をすることはありませんが、通る場所に魔法体があるなら壊しましょう」
そのほか、何個か作戦上の質問にシノがすべて答えていく。質問がひと段落したころで、シノがユウキに問いかける。
「以上が私が帝から承った勇者の作戦内容です。しかしこのグループは勇者をもとにしたグループ、勇者様が意向に沿わないなら別の対抗手段も考えられますが、この作戦でよろしいでしょうか?」
ユウキもわからないところを積極的に質問して作戦の全容はつかんでいた。かなり理にかなった作戦であり特に不満はない。
「うん、この作戦で問題ない。よい作戦だと思う。みんなもこの作戦に了承してほしい」
「あぁ」
「はーい」
「はい」
全員の了承を受けて、改めてこのグループは勇者ユウキのグループであることを再確認した。年上のように見えたり自分よりも遥かに有能だったりする仲間だが、彼らの命を預かって作戦を遂行するという重みは、魔王討伐の責任よりも重く感じられる。ユウキは絶対に成功させるという決意と覚悟を、心の中で御名下に誓っていた。
そうしてふと気づく。
「そういえば、このグループ、とか勇者一行とか言われているけど、正式な名前がないよな?なんか名前が欲しい気がする」
「それ賛成ー。私も思っていたところだったよー」
「言語の神に決めてもらえればいいのでは?」
「シノさん。それでは風情がない。ユウキがこれと思った名前を付けてほしい」
カインに促され、ユウキは考えを巡らしたが、時間をかけるまでもないと思いついた名前をそのまま口にした。
「……討魔伐行」
「討魔伐行ねー。悪くない名前なんじゃないー。私たちは討魔伐行だー」
「名前が決まると引き締まるな」
「討魔伐行……。ふふ、ユウキらしいですね」
シノが静かに笑ったのは、伐行が代行という字にとても似ているからだ。転生して神託により魔王討伐を行うが、それはあくまでこの世界の住人が行うことを代行しているに過ぎないことを、グループ名に匂わせている。実は発案者のユウキにそこまで考えはなかったのだが、意図せず含みをもった名前になった。
こうして、勇者一行改め討魔伐行は正式に魔王の脅威となる一団となった。




