9話 告白
歩み寄ってくるゴブリンに向かって俺は炎の下級攻撃魔法ファイアフォースを撃ち放った。
食らったゴブリンは体に火炎を纏わせながら力なく倒れた。
そしてゴブリンの後ろから今度はスケルトンが現れる。
そのスケルトンに萩原がセイントビームを放つ。
スケルトンの体は砕け散り破片が地面に散らばった。
「ふう。これで2階も大分探索し終えたね」
「そうだな」
「どう? 御厨くん、疲れてない」
「いや、まだ大丈夫だ。星野は?」
「あたしもまだまだやれるよ」
「萩原も結構タフだよな」
そんなことを呑気に話しながら歩いていたその時。
またしても突然あのケージトラップが出現した。
「くそ! やられた!」
松岡が悔しそうに格子を掴んだ。
これによりパーティは俺と萩原、そして松岡と楠本の二人ずつに分断されてしまった。
「困ったな、どうする」
俺たちはダンジョンの地図を広げてどうするか検討した。
地下2階から3階へと繋がる階段は2箇所ある。
地図を見る限りどうやらまたしても下の3階に降りなければ合流できないようだ。
「やっぱり3階に降りないとダメみたいだね」
楠本は顎に手を当てて言った。
「仕方ない。それじゃ3階で落ち合おう」
そう言って松岡は地図をポーチにしまった。
「分かった。恭司くんたちも気をつけてね」
そして俺たちは二人ずつに分かれて行動することになった。
「また二人きりになっちゃったね」
萩原はちょっと照れたように言った。
「そ……そうだな」
ほんの一時的とはいえまた萩原と2人だけになるというシチュエーションが再び訪れるとは思わなかった。
俺はそのケージトラップに心の中で礼を述べる。
そして俺たちは地図を頼りに3階へ続く階段を目指して歩いて行った。
「ちょっと御厨くん」
と萩原は突然俺の腕をぐいっと引っ張った。
「な、なんだ?」
「あまりあたしから離れないで」
「え!?」
「ほら、またあのケージトラップが出てきて分断されるかもしれないでしょ」
「あ、ああ。そうか」
「だからできるだけくっついて歩こう」
と萩原は肩が触れるぐらい接近して歩いていく。
ただでさえ萩原と二人きりで緊張していたというのにここまで体を密着されて更に緊張感が高まり体温と心拍数が上昇していく。
そしてしばらく歩くと地下3階へ降りる階段があった。
次の階にはどんなモンスターが待ち受けているのか。
一段一段慎重に階段を降りていった。
そして3階に降りると地図を見ながらもう一つの階段がある場所を目指して進んでいく。
すると少し歩いたところで1体のスケルトンが現れた。
それを挟み撃ち戦法で呆気なく倒す。
そこから少し進んでいたその時。
萩原が急に足を止めた。
「ちょっと休憩しようか…」
「え? あ、ああ……」
先ほどはまだまだ平気だと言ってたので意外だったが、萩原にそう促されれば断る理由もない。
萩原は腰の小剣をベルトから外し床に置き、壁にもたれて体育座りし膝の上で手を交差した。
その横で俺も胡座をかいて壁に背中をつける。
そしてMATの画面を見てみんなのMPを確認した。
今の所特に異常はなさそうだ。
と、そこで違和感を感じた。
今まであんなに気さくに話しかけてくれた萩原が一向に口を開かない。
俺は戸惑いながらもなんとか自分で話題を探す。
「……結構手強いよなこのダンジョン」
「…………うん」
「……今日で攻略は無理かな」
「…………うん」
しかし生返事しか返ってこず俺は益々困惑する。
もしかして気を損ねるような事をしてしまったのかと考えたが見当もつかない。
沈黙が続けば続くほど気まずさが募り中々話が切り出せず焦り始めていた時。
「……ねえ」
「え? あ、は、はい」
急に口を開いたことでテンパってしまった。
「御厨君さ……やっぱりみんなのこと嫌い?」
「え?……」
萩原は今まで聴いた中で一番低い声で話し出した。
「なんかさ……御厨君、今日ずっと居心地悪そうにしてるからさ……それで……その」
「あ、いや。嫌いって訳じゃなくて……その、なんていうか……ほら、俺こんな性格だからさ。明るいみんなとはタイプが違うっていうか……反りが合わないっていうか……」
慌てて誤解を訂正する。
「……そっか」
そしてまたしばし沈黙する。
「……ごめんね」
「え?」
言葉の意味が解らず振り向くと、少し悲しそうな萩原の横顔があった。
「ほら、あたし強引に誘っちゃったでしょ………。だから……その……余計なことしたのかなって」
「い、いや、そんなこんなない! 俺、今日すっごく楽しいし……それに……」
「いいよ。そんな気を使わなくて」
「違う!!」
「え?」
思わず声が大きくなり萩原は驚く。
俺は立ち上がって彼女を見つめた。
そして……決意した。
たった2日だが一緒にクエストしたことでなんとなく分かった。
彼女は俺に対して特別な感情なんか持っていない。
俺のことをこんなに気遣ってくれるのは彼女が只単に優しいからだ。
もし俺が気持ちを伝えたとしたら間違いなくフラれるだろう。
そうすれば気まずくなり、もう一緒にパーティを組むことも出来なくなるかもしれない。
なら今の関係のままでいた方が俺にとってはいいはずだ。
だが俺は許せなかった。
こんなに俺に優しくしてくれた彼女に逆に負い目を感じさせてしまった自分が。
情けなくて悔しかった。
今日このパーティに参加したことを後悔した気持ちなど一片も無い。
誘ってくれて俺がどんなに嬉しかったか。
俺がどんなに感謝しているか。
一緒のパーティにいられるだけでどんなに幸せか。
それだけはどうしても分かって欲しかった。
だからフラれても構わない。
自分の気持ちを伝えようと心に決めた。
「あ……あのさ……」
自分の心臓の鼓動が聴こえる。
「なに?」
彼女は怪訝な顔でその大きく円な目を俺に向けた。
「……俺は……その……」
しかし、その先の言葉が出ない。
告白などしたこともない俺には崖から飛び降りるような心境だった。
それでも全身全霊で勇気を絞り出した。
「お、俺は………萩原のこと……」
喉まで言葉が出かけていたその時。
「グルルル…………」
突然なにかの唸り声のようなものが聴こえた。
俺は驚いて振り向く。
「な、なに? どうしたの?」
「……今、なにか聴こえなかったか?」
「え!?」
と萩原も立ち上がって身構える。
俺たちはしばらく黙って耳を澄ましていた。
すると曲がり角の向こうからヒタヒタと足音が聴こえてきた。
俺は冷や汗を垂らして生唾を飲み込む。
すると曲がり角の向こうからそいつが姿を現した。
「ひっ!」
その凶悪な姿に萩原は慄いた声をあげた。
そいつは俺たちに気付くとまた「グルル」と唸り声を出す。
俺は直ぐにそいつに向けて手を伸ばし魔力を集中させる。
そして異常魔法フリーズを使用した。
手のひらの前に淡い紫色の光の輪が浮かび上がりそのモンスターは突然動きを停止させる。
「今だ! 逃げるぞ!」
奴が5秒間だけ金縛りになっている間に俺たちは脱兎の如く逃げ出した。
迷路のように入り組んだダンジョンを右へ左へと曲がって進んでいく。
そしてしばらく走った辺りで足を止め後ろを振り返る。
どうやら奴が追いかけてくる気配はない。
「はあ……びっくりした〜」
萩原は両膝に手を当てて呼吸を整えている。
「あんなのがいるなんてな」
「追ってこないね。撒いたかな」
「分からない」
「遭遇したらひとたまりもないよ。どうしよう」
「とにかく早くみんなのところに行こう」
あれはどう考えてもこの二人で倒せる相手ではない。
ならばここは一刻も早くみんなと合流しなければ。
俺はポーチからダンジョンの地図を取り出した。
闇雲に逃げてきたためどのルートを通ったのかよく分からなくなってしまった。
だが周辺の通路の形と照らし合わせてなんとか現在地を特定した。
そしてもう一つの階段までのルートを確認し歩き出す。
すると曲がり角に出くわした。
俺は壁に張り付き恐る恐る顔を出す。
そして向こう側になにもいないことを確認する。
そうやって奴と鉢合わせしないように慎重にダンジョンを進んでいった。
しばらく歩くと十字路に差し掛かった。
そしてその左側の道から物音が聴こえてくる。
奴かと思い肝を冷やしたが角から現れたのは二体のスケルトンだった。
「なんだこいつらか」
二体のスケルトンは腐敗した体を軋ませて歩み寄ってくる。
萩原はセイントビームを放ちまず一体をあっさりと仕留める。
もう一体はボロボロに錆びた剣を振りかぶり俺に向かって攻撃してきた。
俺は剣を構えてそれを受け止める。
そして押し返すと剣を持っている腕を狙って斬りかかった。
スケルトンの腕と剣は地面を転がった。
止めの一撃を与えようとしたその時。
突然目の前からソフトボールサイズの火球が飛んできた。
その火球は空中をまるで虫のような動きでフワフワと飛び回る。
そして急にスピードを上げて俺の足に向かってきた。
「わっ!」
俺はそれを横にステップして間一髪で回避すると火球は地面にぶつかり小さく爆発した。
火球が飛んできた方を見ると魔導師型のモンスター、ダークマージがそこにいた。
するとダークマージは突然その場からふっと消えていなくなる。
振り返ると俺の後方にテレポートしていた。
そしてステッキの先端を燃やしまたしてもあの火球を撃ち放ってきた。
その火球は横に渦を巻くように動きながら俺たちに向かってくる。
「たあっ!」
するとなんと萩原はその火球をレイピアで薙ぎ払った。
剣が当たった火球は爆散し宙に消えていった。
俺は手を伸ばしダークマージにフリーズを使用した。
ダークマージは5秒間だけ金縛りになる。
その隙に萩原はダークマージを斜め上から思いっきり斬りつけた。
体をザックリと裂かれたダークマージは力無く卒倒した。
敵の奇襲を退けて俺は胸をなでおろした。
だがその時。
「危ない!!」