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5話 帰還

松岡のその声に振り向くと、なんと逃げ出したはずのクリムゾンボアが猛スピードで俺に向かっていた。



「うわっ!」


「わあ!!」


俺と池田は咄嗟に左右に飛び退いて間一髪のところで回避した。


するとその直後。


クリムゾンボアの頭部で小さな爆発が起こった。


クリムゾンボアは怯んで足を止める。


その前では萩原が慄然と立って右手を伸ばしていた。



「今だよ、みんな!」


萩原のその言葉を合図に俺たちはクリムゾンボアを取り囲む。


そして手を伸ばし攻撃魔法を次々と撃ち込んでいった。


それを食らったクリムゾンボアは左右に体を振って悶えている。


あのまま逃げられていたらお終いだったが敵の知能の低さが幸いした。


そして俺たちは武器を手に取った。


残るスタミナを振り絞りその巨体に一心不乱に剣を斧を槍を打ち込んでいった。



そしてふと気が付いたとき。


いつの間にかクリムゾンボアは微動だにしなくなっていた。


あの炎が燃えるような毛並みは力なく萎れ、肉体は灰の如く崩れ始めていた。



「いよっしゃ〜〜〜〜〜〜〜!!!」



竹内は手斧を掲げて耳が痛くなるほどの快哉を叫んだ。



「やった〜〜〜!!」


「イエ〜〜〜〜イ!!」


「みたか〜〜!!」


皆は満面の笑みでガッツポーズをしたりハイタッチをしたり肩を組み合わせたりと喜びを爆発させた。



俺はその様子を見ながらロングソードの先を地面に刺して杖代わりにし、疲労と安堵感で倒れそうな体を支えながら思う存分酸素を味わった。


鼻筋を流れる汗を手で拭い少し顔を上げると、木々の間から鮮やかな青空が見えた。


火照った体を撫でる微風がなんとも心地い。


これほどに達成感を感じたことが今まであっただろうか。




すると萩原は俺に近づき手を挙げて屈託のない笑顔を見せた。


「やったね」


それにつられて俺も顔を綻ばせて、その掌にぎこちないハイタッチをした。



皆の興奮が冷めてきた頃にはクリムゾンボアの体長2mもの巨体は一片も残さず消えていた。


「ねえ、ちょっと!アイテムドロップしたって!」


日高がMATを見ながら言った。


MATを見ると『3750EXPを獲得しました』という過去最高の戦果を伝えるメッセージが表示されていた。

それを消去すると続いて『アイテムをドロップしました』というメッセージが出てきた。


すると今井はクリムゾンボアの体があった場所を覗き、草の中をまさぐると「これか?」と言って何かを取り出した。



「これってダンジョンの鍵ってやつか?もしかしたら」


今井が手にしているのは持ち手に歯ブラシが付いたような形のウォード錠と呼ばれる、いわゆるアナログなタイプの鍵だった。


「この第一エリアのやつだよな。確かまだ誰も行ってないって言ってたっけ」


そう言って松岡は今井から鍵を取り上げてまじまじと見つめた。


「じゃあさ、早速来週行ってみようよ。面白そう」


そう言って萩原はワクワクした表情を見せた。




みんなが思わぬ戦果に興味津々になっている間、俺は少し離れたところで池田が突っ立っているのに気付いた。


「っていうか池田。お前何してんだ?こんなとこで」


と、今井も池田の存在に気付く。


「い、いや…その。歩いていたらいきなりあの猪が来て……それにビックリして……」


「お前のパーティはどうしたんだ?」


松岡が尋ねた。



「……あ……いや、俺今日は一人でクエストしてて」



「は?一人?」


竹内は不思議そうな顔をした。



「……そ、その……パーティ組む相手が……いなくて」



池田は目を泳がせながら恥ずかしそうに答えた。

すると。




「はっはっは!マジか!?」



今井が突然大きな声で笑い出した。


「いやいや、嘘だろお前!一人でクエストって!」


竹内も腹を抱えて笑い出す。



「は……はは……」


池田は頭を掻きながら苦笑いをする。





その光景を見てさっきまでの爽やかな勝利の余韻はあっさりと吹っ飛んだ。



俺は自分に言い聞かせていた。



今この嘲笑の的になっているのは池田であって自分ではない。


どんなにこいつらが笑おうが池田が蔑まれようが俺には関係ない事だと。

理屈では分かっていた。


なのに俺は腹の底から湧き出る感情を抑えることができなかった。



「あれ?池田君と組んでるって言ってなかったっけ?確か」


萩原の問いかけを無視して、俺は今井と竹内のそばに歩み寄る。




「なにが可笑しい」



「え?」


二人は振り向いて俺の顔を見た。




「なにがそんなに可笑しいんだよ」


「え? なに?」




今井と竹内は俺が何に対して怒りを露わにしているのか、いやそれ以前に俺が怒っていること自体理解していない様子だった。


その表情を見て頭に上っていた血は直ぐに引いていった。

今にも溢れ出しそうだった怒りは消え去り、胸中にはただただ虚しさだけが残った。



俺は二人の間を通り過ぎて池田の傍で足を止める。




「おい。行くぞ」


「え?あ、うん」



戸惑う池田を引き連れて俺は歩き出した。



「ちょ……待って!御厨君!」



引き止める萩原の声に胸に僅かに痛みが走った。







それからしばらく歩いたところで足を止める。



ポケットからMATを出した。


画面に連ねる俺と萩原、それと松岡達の名前を見つめる。



そして『パーティ編成』と表記されているアイコンをタップした。すると画面に『パーティを離脱しますか』というメッセージと選択肢が表示された。


少し間を置いて『はい』をタップすると『パーティを離脱しました』というメッセージが出る。


消去するとそこには俺一人の名前とMPだけの見慣れた光景があった。


そしてその画面をしばらく見つめた。




「ね、ねえ御厨。なんかよく分かんないだけど……その……」


「いいんだよ、もう……」



俺はMATをポケットにしまい上を見た。


さっきまで見えていた鮮やか青空はどこにもない。


薄暗い森の中を葉擦れだけが鳴り響いていた。



「疲れたな……」



沈んだ声色で呟いた。



「もう帰ろうぜ」


「あ……うん」



そう言って俺はポーチからコンパスを取り出し、ゲートの方角を確かめて歩き出した。。











その日の夕方。


俺は食堂で一人寂しく食事しながら後悔の念に苛まれていた。


好物のはずの鯖味噌定食も今日はなかなか箸が進まない。

遠くのテーブルでは松岡達が今日の大健闘の打ち上げと言わんばかりに楽しそうに食事していた。



「いや〜今日は大変だったよ」


池田は俺の前の席にしれっと座ると生姜焼き定食を食べ始める。


「俺あの後もさ〜、またヘルハウンドに追いかけられて必死で逃げて……」


そして心底どうでもいいようなことを話し出す。


「それでさ………」


俺は箸を置き、お茶を口いっぱいに含んで今日一番の大きな溜息を吐いた。


「え?ど、どうしたの?」



今日ほど自分を馬鹿だと思ったことはない。


どうして俺はこんなやつに同情してしまったのだろう。


あの時一時の感情に流されたりなんかしなければ、今頃向こうのテーブルで萩原と一緒に何百倍も美味い鯖味噌定食にありつけていたかもしれないのに。



「おい」


俺は目の前の元凶に冷たい視線を向けた。


「言っとくが俺はお前とパーティ組む気なんかないからな」


「い、いや……分かってるよ。ただ一緒にご飯食べようと思っただけで……」



「いや〜今日は絶好調だったな」


すると俺と池田の隣に見覚えのある組み合わせの5人の男子が席に着いた。


そいつらは今朝クエストに出発する時に俺を嘲笑っていたパーティだった。

ただでさえ不味い飯が更に不味くなりそうで俺は食べるペースを上げた。



するとその内の一人の小林が池田の存在に気付いた。


「なあ池田。そういやお前今日一人でクエスト行ったって?」


「え?……あ…うん」


池田はバツが悪そうに答えた。


「性格悪いよな〜北村達も。パラメータ低いからって仲間外れにするなんてよ」


吉川はにやけながらそう言って味噌汁をすすった。


「ってあれ? もう一人いるじゃんボッチ勇者が」


顔は覚えてるが名前のわからない男子が俺がいることに気づく。


「え?じゃあ、なに?パーティ組んだの?お前ら……ぼっち同士で……」


俺の隣に座ってる高木は俺と池田を指差すと口元を緩ませる。


俺は高木を無視して最後のおかずを口に入れた。


「まじ? 男2人で?……」


吉川がそう言うと他の4人もせせら笑う。


「よかったなお前ら。ボッチ勇者からホモ勇者に昇格じゃん」


高木の言葉に他の4人は笑い声のボリュームを上げた。




「そんなに可笑しいか?」



「あん?」


「そんなくだらないことで笑えるなんてお前の人生楽しそうだな」



俺がそう捨台詞を吐いて立ち上がりトレイを持ったその時。



高木は急に席を立ち俺の胸ぐらを掴んだ。



「なんだ?喧嘩売ってんのか?あ?」



徐々に食堂全体が静まり返りみんなが俺と高木に視線を向ける。


最悪の空気に飲み込まれ捨台詞を吐いたことを後悔した。


「おい、リョウ! よせって」


宥める吉川を意にも介さず高木は俺を睨み続ける。

俺も目を逸らさずになんとか虚勢をはっていた。



「おい、お前ら」


するとそこへ体格のいい大人びた雰囲気の男がやってきた。


「喧嘩なら外でやれ。みんなの迷惑だ」



中野に注意され高木は舌打ちをしてようやく手を離すと、席に座り何事もなかったかのように食事を続けた。


俺は心の中で中野に感謝しつつさっさと食器を片付け足早に食堂を後にした。



一瞬視界に写った萩原が俺を心配そうに見ていた気がした。







6日後の木曜日の昼休み。


友達のいないやつの休み時間の過ごし方といえばもっぱら読書だ。


俺は自分の席で今ハマっているライトノベルを読んでいた。


すると前の席の椅子を動かす音がした。



「なに読んでるの?」


てっきり渡辺が戻って来たのだと思って驚いて顔を上げると、彼女は椅子の向きの反対に座り俺の机に肘を乗せていた。



「面白いのそれ?」


「え?あ、ま…まあ…」


その整った綺麗な顔を間近にしてたじろいだ。



「ところで……御厨君さ……」


萩原は何故か少し下を向いて声のトーンを落とした。



「明日のクエスト……誰かと組む予定ある?」


その言葉のニュアンスだと萩原は俺が今までずっと一人でクエストしていたことをもう知っているようだ。


「……い、いや」


しょうもない嘘をついてしまった恥ずかしさもあり思わず目線を外した。



「じゃあさ。あたし達と一緒にダンジョン探索にいかない?」


「えっ!?」



思いがけない誘いに声が裏返る。


「ほらこれ。覚えてるでしょ?」


萩原が手に持って見せたのは、この前クリムゾンボアを倒してドロップしたアイテム、ダンジョンの鍵だった。



「これってさ御厨君も一緒に戦って手に入れたじゃん。だからやっぱり御厨君も誘わないと悪いと思ってさ」


「あ……でも……」


また萩原と一緒にクエスト出来るのは願ってもないことだが、今井達にあんな態度をとっておいてどんな顔してパーティに加わればいいのか。


心が振り子のように揺れ返答に困っていると。



「……嫌かなやっぱり」


萩原は身を引いて少し切なそうな顔をした。それを見て思わず。



「そ、そんなことない!嫌だなんて……」



「じゃあ行こ!」


「え?」


萩原は急に表情を明るくさせた。


「よし!決まり決まり!恭司君に言っておくね」


そう言って萩原は教室を出て行った。



やや強引に誘われ俺は再び松岡達とパーティを組むことになった。


期待と不安が入り混じり午後の授業は全く集中できなかった。










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