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3話 一か八か


凡そ50m程離れた遠くで複数の人影が袖を連ねていた。


顔は判別出来ないが髪や衣服の色から推測するに恐らく松岡達だろう。


どうやら向こうはこちらに全く気付いていないようだ。



「それにしても皆どこ行っちゃったのかな〜。そんなに離れてるはずないんだけど……」


萩原はそう呟きながらしゃがんで緩んだ靴紐を結び直している。


それを待っている間、俺は胸の内で激しく葛藤していた。



今俺が目撃したことを萩原に伝えれば、この夢のような一時は終わりを迎える。


そしてこの先萩原と二人っきりでパーティを組む機会など恐らく二度と訪れないだろう。



「こんな時、感知魔法のフレンド使える人いたらいいんだけどね」


短い時間で散々悩んだ結果、萩原には悪いと思いつつ私情を優先してしまった。


「あ……あっちの方探してみるか」


「あ、うん」


罪悪感を噛み締めながら、さりげなく松岡達がいる方向の反対側へ萩原を誘導させる。



「あ!」


ギクリとして後ろを向く。



夢の一時の終了を覚悟したが萩原は松岡達とは全く違う方を向いていた。


その上真剣な眼差しで一点を凝視している。


「ど、どうし……」


「しっ!」


目線を変えないまま口元に指を当てて俺の言葉を遮る。


そして「あそこ」と、声を潜めて指差した。


最初は何の事か分からず視点が定まらなかったが、草の陰で動いているそれを見て目を瞬かせる。


ウサギ程の大きさの黒い体に葉っぱのような形状の大きな耳。


そして名前の由来になっているサクランボのような赤くて丸い鼻。


一見するとモンスターというより単なる小動物にも見える。


「チェリーマウスか? あれ」


「あたしが取り逃がしたやつだよきっと」


獲得できるEXPの値というのは必ずしも倒したモンスターの強さに比例しない。


強い割には低かったり、逆に弱い割には高かったりすることもある。


このチェリーマウスは後者の最たるもので、一匹仕留めればなんと2000EXPという破格だ。


ただこのフィールドでの出現率は非常に低いらしく、俺も肉眼でお目にかかるのは初めてだ。


おまけにかなり俊敏な動きをするらしく仕留めるのは至難だという。



「よし」


そう言って萩原は真剣な表情になる。



そして決然と右手を前に伸ばして狙いを定めた。


俺はそれを固唾を呑んで見守る。



そして次の瞬間、光の攻撃魔法セイントビームが萩原の右手から放たれた。



しかしターゲットには僅かに外れてしまった。


チェリーマウスは弾かれたように逃げ出し、当たった場所は草が焼けただけだった。


「あ〜ん、もう!」


萩原は悔しそうにしながら駆け出す。


俺も急いでその背中を追いかけた。


だが萩原は直ぐに足を止める。


「あれ? どこ行った?」


と、辺りをキョロキョロとする。


見渡してみてもチェリーマウスの姿はもうどこにもなかった。


なんとか目を凝らしたり耳を澄ましてみるが気配を感じることが出来ない。


あの小さい体で草むらに潜り込まれたら流石に探しだすのは困難だろう。


そう諦めかけていたその時、俺はあることを思い出す。



「そうだ! これがあった!」


俺はポケットからMATを取り出した。



「え? なに?」


そしてMATの画面に表示されている『サーチ』のアイコンをタップした。


「あっ、そうか! サーチがあった!」



先ほどのランダムで使えるようになった感知魔法の『サーチ』


これは半径30m内にいるモンスターの位置を10分間常に感知することができる魔法だ。

因みに消費MPは4P。


今俺のMATの画面には十字に線が入った円が表示されている。


そしてその円の中で3つの白い点が映っている。


この白い点が30m内にいるモンスターの位置である。


「この3つの内のどれかだね」


「ああ、まずはこっちのやつから調べよう」


俺はまず10mほどの位置にある点の方へ歩いて行った。


すると前方の草むらの中で何かが動いているのが見えた。


俺と萩原は鞘から剣を引き抜いて身構えた。



だが草むらから出てきたのは先ほども遭遇した昆虫型のモンスター、ミツメクワガタだった。


「なんだ。こいつか」


俺は拍子抜けしロングソードを叩きつけてあっさりとミツメクワガタを倒した。



そして気を取り直してもう1つの点の場所へ進んで行った。


するとそこにあったのは1本の大木だった。


「あっ、あれ……」


見上げるとその大木に青いトカゲ型のモンスターがへばりついていた。


どうやらこっちも外れのようだ。


俺たちはそのトカゲののモンスターを無視してもう一つの点の場所へ慎重に歩いていく。



だがあと8mほどというところで俺は足を止めた。


草の間からあの特徴的な葉っぱの様な大きな耳が顔を覗かせた。



「あっ!」


「いたぞ!」


チェリーマウスはちょこんとこちらに背中を向けて細い尻尾だけをふりふり動かしている。


それを見て俺は剣と魔法のどちらを選ぶか一考する。


先程萩原が討ち損なったように攻撃魔法を狙った箇所に正確に命中させるのは割と難しい。

外せばまたMPを無駄に消費するだけだ。

かといって剣でかかろうとすれば足音で気付かれる恐れがある。



「どうしよっか……」


と、萩原も悩む。


すると突然、静かな森の中を一陣の風が吹き荒ぶ。


俺はこれ幸いとロングソードを抜く。


そして鳴りを潜めつつ慎重にチェリーマウスに歩み寄っていく。


草を踏む音を葉擦れが消し去ってくれるお陰で、相手に察知されることなく剣の射程内まで接近することができた。


そして手に汗を握りながら息を殺し、どうか当たれと念を込めた剣を振り被ったその時。



チェリーマウスは寸前のところで気配を察知し俺の股下を潜り抜けていった。



「くっそ!」


気後れせずに再び追撃するが、チェリーマウスは俺達を惑わそうとしてるのか右へ左へ前へ後ろへ跳ね回る。


あまりの俊敏な動きに動体視力が追いつかない。


「この!」


破れかぶれに剣を振るっても斬れるのは草ばかり。


そうこうしてるうちにチェリーマウスは近くの木に向かって走る。



そしてスタコラサッサとその木を登っていってしまった。



「あ〜あ、行っちゃった」


「やられたな……」


俺と萩原は気息を整えながら樹上を見つめた。


そして腰に手を当てどうしたらいいものかと考えあぐねていた。




するとその時。




視界の端に何かが写った。




俺はその物体を見て体が硬直する。



「こうなったら登って……」


咄嗟に萩原の口を手で塞ぐ。



萩原は困惑したが直ぐに気付き元々大きな目を更に大きくさせ青ざめる。



体長は約2m。


丸々と引き締まった巨体を包む毛並みはオレンジ色でまるで炎が燃え盛るように毛先が跳ねている。


1匹の巨大なイノシシ型のモンスターがそこにいた。




この森で日々クエストしてた俺が初めて見るということは普段はもっと離れた場所が縄張りなのか、それとも最近になって出現したのか。


確かなのは俺達二人だけで勝てる相手ではないであろうということだ。


だが不幸中の幸い。

そのモンスターはこちらに気付いておらず地面の臭いを嗅いで何かを探すような仕草を見せている。



俺は細心の注意を払い決して音を立てないように剣を鞘に収めた。


そしてアイコンタクトで逃げるぞという意思を示すと萩原は頷く。


俺たちは抜き足差し足でその場から離れようとした。




だがそこで突然MATの着信音が鳴り響いた。



萩原は慌てふためいてMATを操作して音を止めた。



そして二人揃って色を失った顔で恐る恐る後ろを振り返る。



すると炎を身に纏ったような魔獣がこちらを睥睨していた。




数秒間の沈黙が流れた後。



「走れ!!」



叫ぶと同時に俺達は脱兎の如く遁走し始める。



足に全神経を集中させ、行く手を遮るように生え広がる雑草を次々に薙ぎ倒していく。


背負っている剣がいつもの何倍も鬱陶しく感じた。



何十mか走ったところで後ろを顧みるとあのイノシシのモンスターは俺たちを猛然と追いかけていた。


そしてその距離がどんどん縮まっていく。



このままではとても逃げ切れない。



「くそ! こうなったら一か八か!」



俺はMATを手に取った。



今までの経験上都合のいい魔法が出たことはほとんどないが今はやはりこのランダムに頼るしかないだろう。


俺は画面のランダムのアイコンに指を当てた。


するとMPが20P消費され新しい魔法のアイコンが表示された。



そのアイコンを見て俺は目を見開いた。



「やった!」


「え? なに!?」


今直ぐにその魔法を使いたいのは山々だが、魔法というのは使用してから15秒経たないと次の魔法が使えなくなってしまうのだ。


「萩原! あと10秒ぐらい時間を稼いでくれ!」


「わ、分かった!」


そう言うと萩原はイノシシのモンスターに向かって手を伸ばす。


そしてその手からセイントビームが放たれ眉間に命中する。



イノシシのモンスターは僅かに怯みスピードが減少する。



俺は心の中でカウントを、数える。


8、7、6、5、4、3、2、1


そして15秒が経過したと感じたところで下に『リターン』と表記されたアイコンをタップした。








一瞬視界が真っ白になった。


そして再び見えるようになった時には周りの景色は一変していた。


似たような森の中ではあるが、さっきまでいたところとは明らかに違う。


「……間に合った」


俺は安心して脱力する。


「え? なに?……何が起こったの?」


萩原は困惑して辺りを見回している。


「あっ、もしかして移動魔法使ったの?」


と、ようやく状況を理解する。


「ああ」


俺が先ほどのランダムで使えるようになったのは移動魔法『リターン』

自分の半径3m内にいる者全員を、1時間前に自分がいた場所へ瞬間移動させることができる。

消費MPは36P。


「そうだったんだ……助かった」


萩原は緊張から解放されて力が抜けたのか地面に座り込んだ。


「あはは。間一髪だったね」


そして堰を切ったように白い歯を見せて笑い出す。


「はは。そうだな」


その余りにも可愛い無邪気な笑顔に思わず見惚れそうになった。


「っていうか麗奈のせいだよ。超タイミング悪いんだから」


萩原は愚痴を零しながらMATを操作し耳に当てる。


「ちょっと麗奈〜、なんて時に掛けてきてんのよ。危うくリタイアになるところだったじゃない…………え? ……違うよ、すっごいでかいのに追っかけられてさ〜…………」


萩原が日高に文句を言っている間に俺はMATの画面に目を通し現在のMP値を確認した。


「もういいよ、MPもったいないから後で話す……じゃね」


萩原はそう言ってMATをポケットへしまう。


「ところでここってどの辺なの?」


「う〜ん、そうだな。1時間前だからそんなに遠くには来てないと思うが」


俺はは立ち上がって辺りを見回した。


「あっ、それよりさ、もういい時間だしお昼にしない?」


言われてみればすっかりお腹が空いている。


近くにモンスターがいる気配もないし、辺には小さいピンク色の花がそこかしこに咲いていて休憩するにはいい場所だ。


「そうだな。そうするか」


俺がそう言うと萩原はMATを操作した。


すると突然、萩原の足下に大きな白い箱が何処からともなく現れた。


萩原は縁に鮮やかな模様が描かれた箱の蓋を開け中から何かを取り出す。


出てきたのは学校の売店で売られている人気の唐揚げ弁当とペットボトルのお茶だった。


この箱はマジックボックスといって、生徒全員に支給されている便利なアイテムだ。


中に荷物を入れて異次元空間に収納することが出来る。

出現させる時にMPを4P消費するが、収納する時には消費しない。容積は45ℓ。


萩原は胡座をかいて座ると早速弁当を開け唐揚げを半分かじり「おいひー」と言って口をモゴモゴさせる。


俺もMATのアイコンをタップしてマジックボックスを出現させ、中から焼きそばパンとサンドイッチと紙パックのコーヒー牛乳を取り出した。


「あっ御厨君焼きそばパン? 売店のやつだよね。美味しい?それ」


「あ、うん。まあまあいける」


「売店の弁当って美味しいよね。普段何食べてる?」



その後も好きな食べ物は何かや、地元はどこか、兄弟はいるか、中学時代はどうだったかなどとりとめのない会話を続けていった。



「へ〜、じゃあ中学の時は彼女いなかったんだ」


「あ、うん」


「ふ〜ん。モテそうなのにな御厨君」


恐らくお世辞で言ってるのだろうが、それでも嬉しかった。



「今は? 好きな子とかいないの?」



「え!?」



「一人ぐらいいるでしょ? 一年生可愛い子多いし」



まさか今目の前にいるとは口が裂けても言えない。



「え……あ……その…………」


思わず視線を逸らしながら言葉を詰まらせる。


「誰?」


萩原は小悪魔な笑みを浮かべて体を近づけてくる。


どうして女子はこの手の話題がこんなにも好きなのだろうか。


「い、いや……言えないよ、そんなの」


「言わない! 絶対誰にも言わないから。約束する」


そう言って箸を持ったまま両の掌を合わせる。


「無理だって。絶対言えない」


「え〜〜、いいじゃんケチ。あたしのこと信用してないの?」


ぷいと顔を背けて再び箸で弁当をつつく。

もうこれ以上詮索されることはないと安心しかけていると。


「あ、じゃあさ、ヒント頂戴。何組の人かだけ教えて、ね?」


気を悪くされるのを危惧し、やむおえず妥協する。



「ク、クラスは……その…………し…C組…だけど」


「え!? ウチのクラス? え〜誰だろ〜」


馬鹿正直に答えたせいで余計食いつかれてしまった。


「分かった! 桃花でしょ! ウチのクラスで一番可愛いし。そうでしょ? 違う?」


「い、いや……もうそれ以上は言えないよ」


「じゃあ茜? ……大塚さん? ……あ、ひょっとして薫? ああいうつっぱった子タイプだったりする?」


黙秘の意思を示すために顔を背けて残りのサンドイッチを口に入れコーヒー牛乳をを流し込む。




「まさかあたしだったりして」




思わず吹きこぼしそうになるのを堪える。


「はは、そんなわけないか」


先に食べ終えた俺は待っている間、気になっていたことを調べるためMATの『モンスター図鑑』と表記されているアイコンをタップした。


これは数万種にも及ぶ世界中のモンスターのデータを見ることが出来るMATの機能だ。


俺は体長や色や種類などといった特徴からあのイノシシのモンスターのデータを検索した。


「あった、こいつだ」


萩原も俺のMATを覗き込む。


画面にはあのモンスターの名前や脅威度を数値化したLVや獲得できるEXP値、またどんな行動や攻撃をしてくるか、どの魔法がどれだけ有効か、どの地域に出現するかなど様々な具体的なデータが表示されている。


「クリムゾンボア。LVは31か。EXPは……30000!」


「LV31で30000って、結構美味しいよね?」


チェリーマウスなどのように強さに対して獲得できるEXPが高いモンスターのことをこの学校の生徒達は、美味しいモンスター、逆に低いのは不味いモンスターと呼んでいる。


「なんとか仕留めたいよね。皆と合流できたらいけるかな」


「ああ…そうだな」


口ではそう言ったが心の中ではその展開にならないことを祈った。



そして萩原も食事を終え後片付けを済ますと俺達はクエストを再開した。





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