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2話 初めてのパーティ


仰向けに倒されて直ぐに上半身を起こしたその時。


目の前にいる存在に俺は驚愕する。




清光を放つような円で大きな目に、ニキビ痕一つない陶器の様な肌。


いつも後ろから眺望していた少しウェーブの掛かった栗色の艶やかな髪。


それに引っ掛けた紐型のヘアバンドは俺にはまるで女神の髪飾りの様に見えた。



彼女は俺と同じような体勢で尻餅をついて、鳩が豆鉄砲を食ったような顔でこちらを直視している。


余りの事態に俺の思考回路はパンクし呆然と口を開けたまま体が硬直する。



すると突然彼女は駆け寄って俺の肩を掴んだ。


その麗しい顔が視界を覆い心臓が飛び跳ねる。



「お願い! 助けて!」


「え!? え!?」


俺は切羽詰まった様子でふためく彼女の言葉の意味が理解出来ず狼狽えた。



だが彼女の背後から忍び寄る130cm程の小柄な人影を見て状況を呑み込んだ。



深緑色の肌に不気味な乱杭歯。現れたのは3匹の獣人型のモンスター、ゴブリンだった。


一瞬先週の事がフラッシュバックしてたじろいだが、心を落ち着かせて応戦する。



複数の敵と戦う場合はまず先制攻撃で確実に敵の数を減らすのがセオリー。



1匹のゴブリンが俺に歩み寄りビール瓶程の大きさの棍棒を振りかぶった。


俺はそのゴブリンに向けて右手を伸ばし魔力を集中させる。


そして雷の攻撃魔法サンダーボルトを発動させた。


命中したゴブリンは体を激しく痙攣させて地面に倒れこんだ。



その直後、俺の傍を一条の光が通り過ぎたかと思うと、もう一匹のゴブリンの胸部で小さな爆発が起こった。


胸に抉られたような黒焦げのクレーターができたゴブリンは力無く卒倒した。



右後方を見ると彼女は俺と同様右手を前に伸ばしていた。



残るは一匹。ロングソードを引き抜き、左上に構えて振り下ろす。



その棍棒を持っている細い右手が切断されゴブリンは、耳障りの悪い奇声を上げながら苦悶の表情を浮かべた。


続けざまにもう一撃加えようとそた時、「たあ!」という甲高い掛け声と共に繰り出された横薙ぎがゴブリンの首を跳ね飛ばす。


凛々しい表情で小剣を握り締める彼女の足元に、首無しのゴブリンの体が突っ伏した。




敵を一掃し、ようやく戦闘が終わったかと胸を撫で下ろしたその時、



「危ない! 後ろ!」


彼女が叫んだ。


「うわっ!」


背後から俺の足首を狙ってきた鋏を飛び跳ねて回避する。


そこにいたのは体長が1m程もある蠍のモンスター、スペードスコーピオンだった。


「尻尾に気をつけて!」


「ああ、分かってる!」


このモンスターの攻撃力はさほど大したことはないが、その名の由来となっているスペードの形をした尻尾の先端に刺されると一定時間体が麻痺してしまうのだ。


ならば飛び道具のサンダーボルトを使いたいとこだが、このスペードスコーピオンにはサンダーボルトが余り効かないと図鑑で見たことを思い出し、別の戦法を選ぶ。


「挟み撃ちするぞ!」


「あ……うん!」


俺と彼女はお互い5mぐらい間隔をとった。



するとスペードスコーピオンは俺に向かって進撃してくる。


その隙に彼女は背後に回り込む。


そしてレイピアで問題の尻尾を斬り飛ばした。


標的が離れれば敵は必ずどちらかに狙いを定める。そして背中を見せて無防備になったところを攻撃する。


この挟み撃ちは勇者にとって基本中の基本の戦法である。



戦闘力が半減したスペードスコーピオンに俺は真上から剣尖を突き立てる。


胴体の真ん中を貫通し地面にまで刺さって固定された感触が手に伝わる。


だがそれと同時にスペードスコーピオンの鋏が俺の足首を捉える。


感覚的には10Pぐらいのダメージと思われる痛みが走った。


こんな状態になっても攻撃してくる敵の生命力は誤算だったがその鋏はしだいに力が抜けていき、巨大な蠍は徐々に白い粒子になりながら宙に霧散した。


地面に刺さったロングソードを引き抜き、また他のモンスターが出てこないか周辺を見渡して今度こそ殲滅したことを確かめる。




そしてお互い息をつかせながら目を合わせると、彼女は顔を綻ばせた。



「は〜助かった〜。ありがとう」



一時間前に池田に同じことを言われたが、その千倍嬉しかった。


「あ……いや….…まあ……」


普通なら戦闘が終わると下がってくるはずの心拍数が逆に上昇し始める。



「もう〜〜、こっちは一人なのに4匹もいっぺんに襲われたらたまんないよ、ほんと」


彼女はレイピアを腰の鞘に収め、脱力して座りこみポーチからミニサイズのペットボトルを取り出す。


「一人って……どうしたんだ? 仲間は」


「それがさ〜逸れちゃって……」


そう言いながらスポーツドリンクをぐびぐびと飲む。体温の上昇で少し桃色になった頬を一筋の汗が流れた。


「チェリーマウスって知ってるでしょ? あれ見つけてさ、ムキになって必死で追いかけてて……それで気付いたら皆がいる方角分かんなくなっちゃって……それでもうかれこれ1時間ぐらい一人で森の中彷徨ってるの……あたしってほんとドジ」


と、苦笑いしながら額の汗を手で拭う。



「え〜と、御厨君だったよね」


「え? あ、ああ…………お、俺の名前知ってるんだ」


「そりゃ知ってるよ。同じクラスじゃん」


今まで一度も言葉を交わしたことがない憧れの彼女が、教室内で空気のように影の薄い俺なんかの名前を認知していたという事実を顔には出さずに喜んだ。


「それで、御厨くんのパーティはどうしたの?」


彼女の問いに思わず生唾を飲み込んだ。



「あ、いや〜〜〜……それが……」



どうやら彼女は俺がボッチ勇者だということを知らないようだ。


ならばここはどう答えるべきか、脳を高速で回転させて悩んでいると。



「もしかして………」



この前佐伯先生に言われた言葉が脳裏をよぎり、背中を冷や汗が流れる。



「御厨君も逸れちゃったの?」



「そ………………そうなんだ実は……はは……」


言葉に流され、ついしょうもない嘘をついてしまった。


「はは、うける、二人揃って迷子って」


すると彼女はズボンの汚れを払って立ち上がり、ペットボトルをポーチにしまった。


「まあ、だったら丁度いいや。合流するまでパーティ組もっか」



「え!?」


全く予想していなかった言葉に声が上擦ってしまった。


目を丸くする俺の顔を彼女は不思議そうに見つめる。


「え? ……だって一人でやってたら危ないし……御厨君だってその方がいいでしょ?」


「く、組むって……俺と?」


彼女はキョトンとした表情を浮かべた。


「他に誰がいるの?」


「あ、ああ……そうだな」


「じゃあパーティ編成するね」


そう言うと彼女はMATを手にして画面をタップした。


俺もMATを出して画面を見るとそこには俺と彼女の名前、その下に『このメンバーでパーティを編成しますか?』というメッセージ、そしてその下に『はい』『いいえ』の選択肢が表示されている。


「どうしたの? 早く」


「あ、ああ」


急かされて『はい』の選択肢をタップすると『パーティが編成されました』というメッセージが出た。


俺はそのメッセージを消去してから、しばらくMATの画面を凝視した。



御厨健MP251

萩原葵MP276



今まで毎回一人でクエストしていた俺は、このパーティ編成というシステム自体を利用したことがない。


そんな俺が初めてパーティを組む相手がまさか彼女になろうとは夢にも思っていなかった。


「よし、じゃあ行こっか。適当に歩いてればそのうち合流できるでしょ」


そう言いっていそいそと歩き出した彼女の背中を慌てて追いかけた。





「それでさ、御厨君ってパラメータいくつ?」


「え、俺? ああ……体力51に魔力47」


俺は声が裏返らないよう慎重に口を動かした。


「へ〜男子で魔力47ってすごいね。じゃあ戦力は、え〜と98か。結構高いんだね」



この学校の生徒は入学時に勇者としての能力を検査され、それを数値化したのがいわゆるパラメータである。


パラメータは肉体の潜在的な強さを表わす”体力”と、魔法を発動する為のエネルギーを表す”魔力”、そしてその両方を足した”戦力”の3つで表される。


因みに魔力に10をかけた数字がクエスト開始時の基本MPとなる。



「は、萩原は? パラメータ……」


「あたしは体力が26で魔力は52。それで魔法はセイントビームとトリートの2つ」


「へ、へ〜」


とはいえMATを使えばいつでも同級生210人のステータス表を閲覧することが可能だ。


俺は好意を持っていた萩原のパラメータぐらい当然知っていたのだが、敢えて今知ったかのように振る舞う。




「魔法は? サンダーボルトだけ?」


「ああ。今日はな……」



「今日は? どういうこと?……」


「あ〜……俺の魔法ちょっと変わっててさ…………」




俺が唯一使える魔法の名は【ランダム】


世界的に見ても使い手が少ない超希少魔法だ。


その名の通りMPを20P消費することで、ランダムに選ばれた魔法を1日だけ使うことが出来る。



「え……それじゃ、使う度に使える魔法が増えていくってこと?」


「まあ、その分MP消費するけどな」


「へ〜……便利……なのかなそれって」


萩原は興味津々な様子で俺のMATの画面のランダムのアイコンを見つめた。


「なんなら試しに使ってみようか?」


俺はちょっと得意げにランダムのアイコンをタップした。


するとMPが20P減少し新たな魔法のアイコンが表示される。


出てきたのは感知系魔法の【サーチ】だった。


これで俺は今日1日だけサンダーボルトとサーチが使えるということだ。


「ふ〜ん。そんな変わった魔法あるんだね……」





すると突然、萩原のMATから着信音が鳴りだした。



「あ、もしもし恭司くん? 今どこ? ……え? …………なに? ……分かんないよ、さっき休憩してた所って言われても………………こっち? こっちは今……」


どうやらかけてきたのは萩原のパーティメンバーのようだ。


「あ、それでさ……今あたし御厨君と一緒にいるんだ。……え? 御厨君だよ。……知らない? C組の…………なんかね御厨君も仲間と逸れちゃったんだって……うん……それで今一緒にパーティ組んでるの。……そう……だからこっちは大丈夫だから、MPもまだ余裕あるし………………うん、じゃあね」



萩原が電話で会話している間にずっと気になっていたことを、それとなく聞いてみる。


「恭司って……松岡のことか?」


「え? …うん」


「……一緒にパーティ組んでるのか?」


「う〜ん……いっつもって訳じゃないけどね。今日はたまたま……あたし普段は菜穂美や麗奈達と組んでるから」



俺の内心を一抹の不安が過ぎった。


直接話したことはないが松岡恭司という男は爽やかな雰囲気のイケメンで、その上パラメータも高く女子から相当人気があると聞き及んでいる。


これ程の美人の萩原とその松岡がパーティを組むような間柄なら、どちらかが片想いしてたとしても……いや、もう既に二人が付き合っていたとしてもなんら不思議ではない。


考えるほどにネガティヴな想像が膨らんでいくが、それ以上踏み込んだ質問をする勇気は俺に無かった。



「そういやさ……」



萩原はMATをポケットに収めながらこちらを向く。



「御厨君って誰とパーティ組んでるの?」




恐れていた質問に顔が引きつり目が泳ぎだす。



今更ながらにどうしてあんな直ぐばれるような嘘をついたのだろうと猛省する。



「あ〜〜〜……その……池田とか……」



あれ程忌避した相手を仲間と自称する自分を情けないとは思ったが、最早引くに引けなくなっていた。



「池田君って……ああ、うちのクラスの? あの気の弱そうな……ふ〜ん」


これ以上聞かれてボロが出る前になんとか話題を切り替えようと考案していた時、遠くで何かが飛んでいるのが見えた。


萩原も直ぐに気付き歩みを止める。



鬱蒼と生い茂る木々を華麗にかわしながら近づいてくる二つの青い物体は、やがてすぐ傍の木の幹にへばりついた。



人間の頭部ぐらいの大きさの胴体に不気味な赤い目が三つついていて、対になった鎌のような刃が生えている。

昆虫型のモンスター、ミツメクワガタだ。


俺も萩原も抜剣して迎撃体制をとるが、二匹のミツメクワガタは微動だにしない。


昆虫型のモンスターはゴブリンなんかと違い行動が非常に読みにくいのがネックだ。


敵意があるのか、そもそもこちらの存在に気付いているのかさえも全く分からない。


こっちから仕掛けようにもあの高さでは剣が届かないし、女子でも一撃で倒せるほど耐久力が低いミツメクワガタに攻撃魔法で16Pを消費するのも些か勿体無い。



「襲ってこないね」


萩原がそう言った直後、二匹の昆虫は羽根を広げ俺達の周りをからかうように旋回し始めた。


俺は一匹が高度を下げたところを見逃さず剣を振るうが、まるで宙に舞う葉の如くひらりと避けられた。


隣で萩原がもう一匹に攻撃するが同じく避けられてしまう。



そのすばしっこさに苛立ちながら必死で目で追ってると、注視していなかった方の一匹が右側から襲いかかる。



六本の脚が下膊を掴み、二の腕を鋏で締め付けられロングソードを地面に落としてしまった。



痺れに耐えながら胴体を左手で掴んで引き離し放り投げる。


地面に転がったところをすかさず萩原がレイピアを叩きつけ、ミツメクワガタは一刀両断された。


直ぐに落とした剣を拾おうとしたが右手が痺れているので左手が代役を務める。


「あれ?もう一匹は?」


「分かんない。逃げちゃったかな」


枝葉に隠れていないか上を探してみるがどこにも姿が見えない。やはり逃げられたようだ。



MATでMPを確認してみると268Pにまで減っている。


「くそ、あんなのに14Pも持ってかれた」


「はは、ドンマイ」


MATの画面には『16EXP獲得』と表示されている。


パーティを編成していれば、誰がモンスターに止めを刺してもEXPはパーティメンバーに均等に分配される。

なのでミツメクワガタを倒して獲得できる本来のEXPは32Pということだ。


それを見て俺は先程の戦闘で獲得したEXPを萩原と分配してないことに気がついた。


だがよく思い返してみると、俺がゴブリンとスペードスコーピオン、萩原がゴブリン二匹を倒しお互い攻撃魔法を一発ずつ使用している。

結果的に戦果もコストも同等だったので律儀に分配する必要もなかった。


MATをポケットに入れ、ミツメクワガタの襲撃を警戒して念の為もう一度辺りを見回したその時。



あるものが目に留まり俺は動揺した。





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