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1話 ぼっち勇者


薄暗い森の中を歩いていたその時。


前方の草むらから物音が聴こえ、俺は背中の剣の柄を握りしめた。


現れたのは獣人型のモンスター、ゴブリンだ。


今まで何度も戦ったことのある相手であったことに少し安堵した直後、



そのゴブリンの背後からもう一匹のゴブリンが現れた。


そして更に左右からも2匹、計4匹のゴブリンに俺は囲まれてしまった。


「やばい!」


俺は直ぐに踵を返すと、全速力で走り出し木々の間を縫うよう逃げ続けた。


振り返ると4匹のゴブリンは軽快に跳ねながら追随している。



俺はやむおえずポケットから、ある携帯端末を取り出した。


そしてその端末の画面に表示されている、あるアイコンをタップした。


「頼む! 何かいい魔法でてくれ!」


すると画面に新しい魔法のアイコンが出てきた。


【トリート】 麻痺状態を治すことができる補助魔法。

だが今のこの状況ではなんの役にも立たない魔法だ。


「くそ! 今いらないんだよ、そんなの!」


すると追いかけてきたゴブリンが棍棒で襲いかかる。


「うわっ!」


俺は間一髪でそれを交わすと再び走りながら画面のアイコンをタップした。


「今度こそ!……」


だが出てきたのは【ポジション】 地図上の現在地を知ることが出来る感知魔法の一つだ。


「またハズレかよ! なんで欲しい魔法に限って出ないんだよ!」


そんなことを喚きながら俺はゴブリン達からひたすら逃げ続けていった。







2日後の月曜日。5時間目の魔物(モンスター)の授業中。


「え〜このキングアントは海外だけでなく近年では国内でも目撃例があります。……このような昆虫型や節足動物型のモンスターに対しては節を集中的に狙うのが有効であり……」


立て板に水を流すように話す先生の言葉も右耳から左耳へと抜けていく。


俺はノートと教科書を適当に広げ肘をついたまま、前の席の渡辺の背中をボ〜ッと眺めていた。


ただでさえ週の初めの月曜日は気が重いというのに、ここ最近の不甲斐ない成績も相俟ってシャーペンを握る力が微塵も湧いてこなかった。



そんな陰鬱な気分が、またいつものように視線を左へとスライドさせる。



俺の席から前に3つ、左へ2つの席にいる、少しウェーブのかかった栗色の艶やかな髪。


会話したこともなければまともに目線を合わせたことすらない。


同じクラスにいるのに彼女の背中は俺にはまるで地平線の向こうにある景色のように遠く感じる。


当の本人は俺がこうして授業中に後ろ姿を観賞してることなど知る由も無いだろう。



「御厨くん」



ふと我に返り見上げる。


「私の授業はそんなに退屈ですか?」


と、佐伯先生に嫌味のこもった優しい口調で注意される。


「あっ……す、すいません」


俺は慌ててノートをとり始めた。







その日の放課後、自分のクラスの担任の佐伯先生にメールで呼び出される。


職員室のドアを開け失礼しますと言ってから、紺色のスーツ姿の元へ足を運ぶ。


「なんか用ですか? 先生」


三十路を過ぎてるとはとても見えない容姿で男子生徒からも人気のある美人教師は、回転椅子を回して体をこちらに向ける。


「ちょっとあなたのことが心配になってきましてね……担任として」


大体予想はついていたが、その言葉のニュアンスで俺が呼び出された理由がはっきり分かった。


「クエストが始まってからの2ヶ月……今まで16日あったクエストのあなたの活動記録を見ていたのですが……」


佐伯先生はそう言いながら机の上にあるノートパソコンの画面をみた。


「御厨くん、あなたこれまで誰とも一度もパーティ組んだことありませんよね?」


そして黒ぶち眼鏡をくいと上げ、まつ毛の長い目で再び視線をこちらに向ける。



「………………………はい」



「一人で戦うより複数で戦った方が効率がいいことは、勿論分かってますよね?」



「………………………はい」



「ではどうして、パーティを組まないのですか?」



俺はその質問に答えることがどうしても出来ず、俯いたまま辟易する。


「御厨くん、もしかして………………」


その先に続く言葉を予想して唇を噛みしめる。




「友達いないんですか?」




容赦のない問いに胸を鋭利な刃物で刺されたような錯覚を覚えた。


先生は返答を待っていたが、俺のその雰囲気から心情を察したのか、萎えるようにため息を吐いた。


「やっぱりそうですか。困りましたねえ……」


先生は眉毛を八の字にして、まるで親とはぐれて迷子になった子供を見るような顔をする。


「過去にもいるんですよね。あなたみたいに他の生徒と上手くコミュニケーションをとることができず、一人でずっとクエストしてた人……」


耳を塞ぎたくなるのを必死で堪えた。


「まあそりゃクエストの成績だけが全てではないですけど、折角あなたは特別な魔法を持ってるのに……誰かいないんですか?同じクラスの人とか……」


「あの……先生…………」


先生が心配して言ってくれてるのは承知の上だが、この居た堪れない状況に耐えられなくなった俺は重い口を開く。


「俺は……別に一人でもやっていけますから。……その……大丈夫です」


「あっ、ちょっと……御厨くん」


呼び止める先生の声を無視して俺は逃げるように職員室を後にした。








5日後の土曜日。


アラームの音で目を覚ます。時刻は午前6時半。


上半身を起こして少しカーテンを開けると部屋に朝日が差し込む。


本当ならこのままのんびり昼まで布団にもぐっていたいところなのだが、さぼればそれだけ他の生徒に差をつけられてしまう。


「行くしかないよな……」


空気に話しかけ、二度寝したい気持ちを引きずりながらベッドから降りた。

今日もまた孤独な一日が始まる。





人々の生活を脅かすモンスターを剣と魔法で駆除する勇者という職業。


ここはその勇者を目指す者達が通う公立桜崎勇者高等学校。


生徒達は皆全国から集まってるので全寮制であり、校舎に隣接して建てられている寮で全校生徒630人が生活している。


この学校では普段は教室で授業をしたり学校の敷地内でモンスターと戦う訓練などを行っているが、金曜日と土曜日には無人島でモンスターと戦う【クエスト】と呼ばれる実戦形式の訓練が行われる。




俺は寮の部屋を出てトイレで用を足した後、洗面台でうがいをして顔を洗う。


眠気がとれたところで食堂へ足を運び、いつものように誰と話すこともなく一人で黙々と朝食を済まし、歯を磨いて部屋に戻る。



俺は窓から校舎と寮の間にある中庭を見下ろした。


中庭の中央には奇妙な模様が描かれた直径10m程の円形の

石板がある。

そしてその周りでこれからクエストに出かける複数のパーティが屯している。


その中の一組のパーティが円形の石版の上に乗った。


そして一人が携帯端末を操作するとその生徒は突然その場からフッと消えた。


その後も次々に生徒達は石板に乗っては消えていき、時刻が8時半を過ぎた頃には中庭に誰もいなくなっていた。



1人でクエストしてるところを見られたくないため出発する時間を皆とずらしている俺は、そこでようやく準備を始める。


十分にストレッチをして体をほぐし、クエスト用の服に着替える。そしてウエストポーチにタオル、ティッシュ、コンパス、パインタール、チューインガム等を詰め込み腰に付ける。


それから愛用のロングソードを背中に掛けてベルトを締め、眼鏡の代わりに度付きのゴーグルを頭に引っかける。


そして机の上の携帯端末をポケットに入れた。。


これは通称【MAT】と呼ばれる勇者専用の携帯端末だ。


運動靴を履いて忘れ物がないか確認して準備完了。




部屋を出て爽やかな朝の空気を味わいながら中庭へと向かい大きな石板の上に乗る。


そこでMATの画面を見ると、下に【テレポート】と表記されたアイコンがあった。




そのアイコンをタップした直後、突然視界が真っ白になる。



そして再び目が見えるようになった時には視界が一変していた。




自分が立っているのはさっきまでと同じ奇妙な模様が描かれた円形の石板。


だがその両側にあった校舎と寮はどこにもない。


あるのは360度見渡す限りの大草原。それと遠くに見える森林や山々。


そしてたった今クエストに出掛けたばかりの何組かのパーティの後ろ姿だけだった。




今俺がいるのは海沿いの学校から10km程海を隔てたところにある、通称フィールドと呼ばれる無人島。


ゲートとダンジョン以外に建造物は無く、人はおろか野生動物すら殆ど生息していない。


その代わりに魔法によって召喚された無数のモンスターがそこかしこに蔓延っている。


生徒達は金曜日と土曜日になるとメインゲートを介してこのフィールドに出向き、モンスターを倒して獲得出来るEXPの値で成績を競い合っていく。


いわばこのフィールドは巨大な訓練場なのである。





上を見ると空はまるで俺の心境に対する嫌味のような雲ひとつない快晴だった。


気候はやや暖かく、だだっ広い草原の上を柔らかい風が流れていく。




俺はMATを手に取り画面を見た。


【御厨祐輝】 MP 470


そこには俺の名前と現在のMP、そして幾つものアイコンが表示されている。


俺はその中から【ランダム】と表記されているアイコンをタップした。


するとMPが450まで減少し、代わりに新しい魔法のアイコンが表示された。


【サンダーボルト】 雷の下級攻撃魔法。消費MPは16P。


「よし!」


最も実用性が高い下級攻撃魔法を初っ端から引き当て、小さくガッツポーズをした。


今のところはこの魔法だけでいいだろうとMATをポケットにしまう。


そして俺はいつものように人目を避ける為、西側に500m程進んだ先にある森へと歩いて行こうとした。



するとその時。




「ほら〜出遅れちまったじゃねえかよ」


「お前が寝坊するからだぜ、よっしー」


「悪かったって。まあ戦闘で汚名返上すっから」


振り返ると石板の上に5人の男子パーティが立っていた。

その内の一人と目が合うと、俺は直ぐに足早に歩き出し

た。


「あいつだろ? 噂のボッチ勇者って」


「確か御厨つったか、C組の」


「じゃあいつもあんな風に一人でクエストしてるのか?」


「くくく、悲しすぎるだろ流石に」


「俺だったら自殺もんだぜ、はは」


聴こえてないと思っているのか、わざと聴こえるように喋っているのかは分からないが、俺はその嘲笑を青筋を立てながら聴いていた。


薄々気付いてはいたが、俺は一部の同級生からボッチ勇者というあだ名がつけられ後ろ指を指されていたようだ。


俺は腹から湧き上がる怒りを噛み殺しながら聴こえないふりをして歩みを進めた。








四本の鋭い牙を剥き出して襲い掛かってくる敵の脇腹に、渾身の力を込めた斬撃がクリーンヒットする。


狼型のモンスター、ヘルハウンドは捩れるように吹っ飛ぶと地面の上を二回転し、やがてその体は灰が崩れる様に白い粒子になって消えていった。


ポケットからMATを取り出し、『82EXPを獲得しました』というメッセージを確認する。


ノーダメージ且つ最小限の労力で勝利したことに気を良くし、ロングソードをくるりと一回転させて鞘に収めた。


そして次の獲物を求めて、尚且つ危険な敵と鉢合わせしないよう警戒しながら森を練り歩く。



するとその時、左前方から黄色い話し声が耳に届いた。


俺は反射的に近くの大木に擦り寄って身を潜める。


木の陰から顔を覗かせ話し声がする方を見てみると、楽しそうに歩く女子3人組のパーティの姿があった。


そのパーティは俺の存在に全く気付くことなく近くを通り過ぎていき、思わず安心と憂鬱な気持ちが混ざった溜息をはく。


一人でクエストしているのを見られたくない俺は他のパーティに遭遇する度に今のように身を隠していた。


だがいつまでそんなコソ泥のような振る舞いをしなければいけないのかといい加減嫌気がさしていたのだった。



しばらく俯きながら座り込んだ後、気を取り直して立ち上がる。



そして再び足を進めようとしたその時、どこからか悲鳴が木霊した。



さっきの女子パーティではない。

聴こえた方角が違うし明らかに男子の声色だった。


妙に気になって声がした方へ小走りする。


数十m程進んだ先で目に飛び込んだのは、ヘルハウンドに足首を噛まれてのたうち回る一人の男子だった。


この学校の生徒はいくらモンスターに攻撃されたところで死ぬ訳ではないし、成績を競い合うライバルでもある。


女子ならともかく、男子なら見捨てて放っておいても良かったのだが、その余りの無様な姿を見かねてつい剣を引き抜いてしまった。



ヘルハウンドは後ろから走ってくる俺の気配を察知して翻るが、その時にはもう既にロングソードが背中に振り下ろされていた。


しかし仕留めきれなかったため、更にもう一撃浴びせて引導を渡した。




「あ……ありがとう。た、助かったよ」


そう言いながら鼻水を垂らす俺より一回り体格の小さい間抜けヅラは、同じクラスの池田だった。


「別に……絶好のチャンスだったし、獲物横取りさせてもらっただけだ」


少々照れ臭くなり素っ気ない態度をとる。


「いや、ほんとに危ないところを……あ、いたた」


池田は先程噛まれていた足首を痛そうに摩るが、出血はおろかズボンに傷一つついていない。



勇者というのは体に内包する魔力によって肉体を守られている。


そのため噛まれたり殴られたり焼かれたりしようが多少の痛みと痺れがあるだけで一切怪我をする事がない。


だがその代わり受けたダメージの分だけ魔力、つまりMPを消費することになる。



俺はふと辺りを一瞥した。


他の生徒の姿は見当たらない。

ならこの池田は仲間と逸れたのか、訳あって単独行動していたのか。

しかしそんなことは自分には関係ないことだった。


「じゃあな」


そう言って剣を収めて去ろうとした時。


「ま、待ってくれ! 頼みがあるんだ」


池田は突然俺のズボンの裾を引っ張った。


「な……なんだよ!」


「俺とパーティ組んでくれ!」


「は!?」


「俺パーティ組む相手がいないんだよ」


泣きそうな声で懇願する池田にふと浮かんだ疑問をぶつけた。


「組む相手いないって……お前よく北村達とつるんでただろ」


すると池田は手を離し、胡座を掻きながら俯いて事情を吐露し始めた。


「た……確かに俺は今まで北村達とパーティ組んでたんだけど…………先週になって突然皆が、俺ら他のパーティに誘われてるからこのパーティ解散しよう、って言いだして……」


「…………それって要するに遠回しな言い方で切り捨てられたってことか?」


「た、多分そうだと思う。……だって俺の戦力たった45で、学年最下位だし……」


生徒個々のパラメータが異なる以上、誰だってパラメータが高い人と組みたがるものだ。


学年最下位のこの池田が見限られるのは極自然なことだろう。


「だから頼む! 一緒に組んでやろうよ。御厨だって組む相手いなくて困ってたんだろ?だったら丁度いいじゃん。ね、ね」


今まで一人で孤独にクエストしてきた俺には今の池田の気持ちが痛いほど分かる。


しかしそのヘタレ顔を見ていると湧いてきた感情は仲間意識ではなく同属嫌悪だった。


「断る。じゃあな」


「な、なんでだよぉ! そんなこと言わずにさあ。同じボッチ勇者じゃん」


池田は溺れる者が藁を掴むかの如く、必死で俺を引き止めようと足にしがみつく。


「俺は一人でも十分やっていけるんだよ。お前なんかと一緒にするな。離せ」


「お願いだよ。俺このままじゃ卒業出来ないかもしれないよ〜」


「知るか。お前みたいな弱い奴と組んだって意味ないんだよ!」



戦力が45ということは98の俺の半分程しかない。


つまり単純に言うと俺一人とこの池田二人分は同じくらいの強さということだ。


そんな奴と組んで戦果を折半していたら寧ろデメリットの方が大きい。


そもそも男子二人で組もうものなら、ボッチ勇者の次はホモ勇者というあだ名が冠されるであろうことは火を見るよりも明らかだ。



俺はその粘着性の高い手をなんとか振り払い、そそくさとその場を立ち去った。



だが幾ばくか歩いたところでその足を止める。


ああやって辛辣に突っぱねたものの、パーティを組んでくれと言われた瞬間に嬉しい気持ちが全く無かったかと言われれば嘘になる。


思えばこの学校でまともに会話したのは佐伯先生以外では初めてだ。


ほんの僅かに胸に穴が開いたような心地がして、もう姿が見えなくなった池田の方を顧みる。


本当にこのまま行ってしまっていいのだろうか。


しばし佇んだまま考え込んだが、やはりそれでもあいつと二人で組もうという選択肢には至らなかった。









MATを見ると時刻は12時を過ぎていた。



他のパーティは大抵夕方頃になると体力もMPも底をついて学校へ帰還するパターンが多いらしいが、一人でクエストしている俺の場合はそうはいかない。


パーティが何人だろうとモンスターと遭遇する確率は大して変わらない。

なので俺は大抵午前中にはスタミナもMPも使い果たしてクエストを終えるのが常だった。


だがこの森のモンスターの扱いにも慣れてきたお陰か、今日はやたら調子が良かった。


その上モンスターの遭遇率も低かった為、この時間になってもまだMPは277Pも残っている。


とはいえ流石にこれ以上遠くへ足を延ばすのはリスクが高い。


正確には分からないが今自分がいる場所はゲートから約2km程離れた辺りだろう。



そろそろゲートがある方角へ引き返した方が賢明だと思い、ポーチからコンパスを取り出そうとしたその時。




背後から何かが迫って来る音が聞こえた。



咄嗟に振り返り剣の柄を握るが、引き抜くよりも早くそれは俺にぶつかってきた。



「うわっ!」



「きゃっ!」






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