三
僕が思わず後退りをすると
男性が僕の肩に手を置いて
にっこりと微笑んだ。
「皆、そんな顔で見たら
この子びっくりするだろ?」
すると蛙面の男が目をぱちくり
させて言った。
「いやぁー、すまねぇな。旦那。
人間がここに来れると
思ってなかったからよ。」
「その通りだよ。旦那。
珍しい事もあるもんだねぇ。」
一ツ目の女が言った。
「君、名前はなんで言うの?」
イタチ面の女が聞いた。
僕は震えながら声を出した。
「あの、貴方達は…一体?」
すると僕の側にいた男性は
いつの間にか屋台の
向こう側に戻り、僕に言った。
「左から蛙男の茂満さん。
真ん中の一ツ目の女性は梅さん。
右のイタチの女性は環さん。
皆、この店の常連客だよ。
そしてこの者達は君の住んでる世界で
人型に化けて暮らしている
妖なのさ。」
僕は目の前の光景が信じられなかった。
「妖…。じゃあ、ここが都市伝説の
「雪原のおでん屋」?」
「そうだね。人間は都市伝説だと
思ってるけど、妖達にとって、
この場所は心の拠り所だよ。」
「旦那ぁ!言うねぇー!」
蛙男の茂満さんが
ビールの入ったグラスを片手に言った。
「まぁ、驚くのは仕方ないよ。
さっき、旦那が言ってたけど
私の名前は環。よろしくね。」
イタチ女の環さんがふわふわの手を
差し伸べて言った。
僕はおずおずと手を取り握手をした。
その手はとても暖かかった。
「僕の名前は、天野 蓮
その、宜しくお願いします。環さん。」
僕がそう言うと環さんは大きな口に
笑みを浮かべて頷き、
そのまま僕の手を引いて隣に座らせた。
すると僕らを見ていた男性がお皿に
こんにゃくと大根と白滝を乗せて
僕の目の前に置いた。
そして僕に、微笑みながら言った。
「私の名は雪原。
皆は「雪原の旦那」って
呼んでるよ。宜しくね。」
雪原さんは、そう言って僕の手を握った。
相変わらず、冷たい手をしていたが
その顔が何処か、懐かしい様な気がした。
雪原さんは手を離すと口を開いた。
「この屋台は、人間の世界で言うと
月曜日、水曜日、金曜日、の
午後19時〜午前24時まで営業してるんだ
この青い提灯が目印だよ。」
「分かりました。ありがとうございます。
…ちなみにこれ、いくらですか?」
僕がおずおずと聞くと、
一ツ目の女性、梅さんが
ビールを片手に言った。
「蓮って言ったね?今日は、
アタイの奢りだよ。好きなだけ食べな。」
「梅さん?いいんですか?」
「梅さん、太っ腹ー!」
茂満さんがそう言って笑った。
その笑い声につられて皆で笑った。
僕はお箸で大根を割ると一口食べた。
おでんのダシと風味が、口の中で広がった。
「…美味しい。」
「旦那のおでんは本当に美味しいんだ。」
環さんはそう言いながら卵を食べた。
「あの、雪原さん、また来ても良いですか?
僕、このおでん屋、大好きになりました。」
おでんを食べて、暖かくなった僕は
無意識に口を開いていた。
「いつでもおいで。待ってるよ。蓮。」
雪原さんは、そう言って
夜を閉じ込めた様な、藍色の瞳を細めた。




