一
その日は朝から酷く寒かった。
いつも着ているスーツの上から
コートとマフラーを巻いた僕は、
その日の仕事を終えて、
電車に乗り、家に帰る途中だった。
今年、23歳になるが、子供はいない。
ましてや彼女もいない、独身だった。
周りの同期達は結婚している人もいれば
子供を授かった人もいる。
少し、羨ましい気持ちもあったが
僕には独身が丁度良かった。
家に帰ったら、新作のゲームをしよう。
そう思いながら帰路を歩いていると、
ふと、おでんの匂いがした。
いつもなら、そんな事どうでも良いと
思っていたが、その日は匂いを
嗅いだだけで酷くお腹が空いてきた。
だから僕は、ゲームのことを考えるのを辞め
その匂いをたどる事にした。
「え、これって…」
匂いの元は直ぐに見つける事が出来た。
少し歩くと、人通りが少ない道の脇に
ぽつりとおでんの屋台があった。
濃い茶色の木で作られた、立派な屋台。
店主の顔は暖簾で見えないが
おでんの湯気が空へ登っているから
営業しているのだろう。
だが、誰も居ない。
屋台の側に、椅子が四脚並べられているが
誰も座っていない。
それどころか、この道を通ってる人は
まるでこの屋台が見えてないかの様に
僕の横を通り過ぎて行く。
其処で、僕は気づいた。
この屋台が都市伝説になっている
「雪原のおでん屋」だと。
特徴的な、青い提灯。青い暖簾。
間違いない。
僕は早る気持ちを抑えながら、
スーツの中からスマホを取り出し、
時間を確認した。スマホの時計は
午後19時30分を指している。
少し、呑んで行くのも良いだろう。
なんせ、今日は寒い。
白い息を吐きながら、僕は暖簾を潜った。




