第八話 城に帰ってきました。
「理央君!どこに行ってたの!」
城に戻ると、プンプン!と頬をふくらませる冬美が城の門番に見守られながら仁王立ちしていた。
「ちょっと町に行っていろいろ買ってたんだよ」
「ふむ……わかった!」
そう言ってうなずく冬美。
「とりあえず中に入ろう!」
そういって、理央の手を引いて城の中に歩いていく冬美。
とりあえず理央は二人の門番に軽く礼をして中に入る。
……持っているカバンの中身を確認しないあたり、若干警備が甘い気がするが、そこのところどうなのだろうか。
「冬美ちゃんって本当にあるじと同い年なの?」
アルテの疑問は最もだろう。
「むむ!私は十七歳ですよ!」
「……もっと年下にみえるけどね」
スライムであるアルテだが、いろいろなところに行っているのだろうか。雰囲気からして幼い冬美に疑問を禁じ得ないようだが、理央としてもこればかりはよくわからない。
「アルテ君は何歳なの?」
「五十一歳だけど」
「!?」
仰天する冬美。
「私の三倍!?すごく声は可愛らしいのにおじさんなんですね!」
「そういうことなのさ!」
年上を敬え!と主張するかのようにドヤ顔のアルテ。
……本来なら胸を張りたいのかもしれないが、フォルムが饅頭であるスライムにそれは不可能である。
「幼い頃から姿が変わらないんですか?」
「だいたい変わらないね。まあ生まれたばかりの頃はもうちょっと小さいけど、種族的に進化しない場合はずっと変わらないよ」
「なるほど。よくわかりました!」
笑顔で頷く冬美。
「理央君。アルテさんは年上なので敬語を使わなければいけませんね」
「別にいいだろ」
「即答!?」
「まあいいって。それにスライムはずっと子供みたいな感じだから。気軽に接してくれる方がうれしいのさ」
「なるほど。む?」
冬美がなにかに気がついて振り向く。
その先にいたのは、角を曲がってきた赤座だった。
「赤座君!」
「!……白雪と……ついでに天道か」
冬美と理央と、理央のカバンの中のアルテを見て存在を認識した赤座。
「俺はオマケか」
「呼ばれない僕に比べればマシな方さ」
自虐的な様子のアルテだが、いうほど気にしていないようだ。
「赤座君は晩御飯食べたの?」
「ああ。なんか立食パーティーみたいな形式だったぜ。俺たちが昨日倒したあのドラゴン。どうやらヤバイくらい強かったみたいだからな。騎士団や貴族まで一緒に食事してる」
「おおっ!そりゃすごい!」
「麺類もあったから早く行かないとのびるぞ」
「むっはーーー!なら早く食べてくるね!」
そういって猛スピードで走り去っていく冬美。
……残された理央と赤座とアルテは揃って苦笑した。
「天道はどこに行ってたんだ?」
「ちょっと買い物にな。で、昨日のドラゴンがどうかしたのか?」
「ああ、グレイテスト・ラヴァ・ドラゴンって言って、なんかアホみたいに強いモンスターだからって表彰された」
「そうか。まあ、大地を踏みしめた状態なら、宝生の必殺技すらほぼ無傷だからな。騎士団なら決定打になりえないだろう」
「まあ、そんな感じだ。宝生が自慢しまくってたぞ」
「ん?」
「この城に保管されてるマジックアイテムだ。素材を鑑定することで、戦闘においてそのモンスターに魔法的なダメージを誰がどれくらい与えたのかっていうのを円グラフで表示できる」
「なるほど、確かに宝生が一番だろうな」
小百合と冬美はラヴァ・ドラゴンを持ち上げていた理央に対して回復魔法やスタミナ増強魔法を連発していたし、時雨とリリーと温香は遠距離攻撃手段を持っていないので待機していた。
となると、宝生と赤座組が魔法攻撃を連発していたことになるが、ギフトに頼った攻撃をしている限り、勇者の魔法を使える宝生が総ダメージが多いだろう。
「まあ、神薙さんが天道のことをいろいろ言ってたが、あのデカさのモンスターを持ち上げるっていうのは、実際に見てない連中が納得できるわけないし、ほぼスルーされてた。宝生の火力が高かったのは事実だし、それ以上食って掛かってもアレだから黙ってたけど」
「当然だろう。あのドラゴンを持ち上げるのが現実的な考えだったら、建築業界は苦労しない」
「……お前ならそんなことを言うと思ってたけどな」
そう言って、赤座はアルテを見る。
「そのスライムは?」
「昨日の夜にコソコソ隠れて馬車についてきていたようだ」
「僕はアルテ!よろしくね!」
「……赤座亮平だ」
赤座はそういって、理央に背を向ける。
「なあ天道。お前、いつからそんなに強いんだ?」
「聞くまでもないだろう」
「……そうだな」
それ以上は何も言わずに、赤座は歩いていった。
赤座が見えなくなると、アルテが呟く。
「なんだかイライラしてるみたいだね」
「まあ、あいつにもいろいろあるからな」
「いろいろ?」
「ああ。いろいろだ」
それ以上は何も言わず、とりあえず荷物の整理のために自分の部屋に戻る理央である。
★
自分の部屋の扉の前では、メイドがひとり、皿に盛られたパンとスープが乗ったトレイを持って待っていた。
「天道理央様。今日のあなたの食事になります」
「立食パーティー云々は他の生徒たちか。もともと興味はなかったけどな。ただ、あんた個人としてはそれだけではなさそうだな」
「はい」
メイドの表情に含まれているのは、『期待』だ。
薄いものではあり、脆い糸に縋るようなものだが、それでも期待している。
「宰相のところのメイドさんだろ。俺がミーティア様をどうにかするからって言って、早速城から抜け出してるから気になったってところか」
「ま、まさしくそのとおりです」
メイドさんがかなり驚いているが、理央は気にしない。
左手でトレイを受け取って、右手でポケットに突っ込んでいたポーションを渡す。
「これは……」
「二段階の効果になってる。一個目は、体の中で作った魔力を背中全体から体の外に逃がす。これによって、滅茶苦茶な状態で循環している魔力の流れを止めることができる。二個目は、外に逃してる間に体内の魔力経路の修復だ。俺の計算上、一個目の効果が切れる頃には修復が完了しているはず」
「う、嘘。こんなに速く……」
「ちなみに、使用上の注意が二つ」
「な、なにか危険なものが入っているのですか?」
「いや、単純に、背中全体から魔力を逃がす性質上、飲んだあとは上半身裸でうつ伏せになったほうがいいってこと」
「な、なるほど」
「あともう一つは……薬物の構造が媚薬に近いってことと、魔力経路の修復構造の問題で、修復中は体の中で行われることが性感帯への刺激に近いから防音はしっかりしておいたほうがいいってことだな」
「!?」
真顔のままであんまりな発言をする理央。
これには顔を真っ赤にするメイドさんだが、そりゃそうなる。
「ど……どうにかならなかったのですか?」
「副作用と入手速度と総合的に考えた結果だ。使用上の注意はしたぞ」
そういって、理央はトレイを持ったまま部屋に入っていった。
メイドは手に持ったポーションを送り届けるべきか否か盛大に迷ったが、とりあえず……宰相のところに届けることにした。
第一王女が飲むかもしれない薬だ。毒が盛られていたら自分の首が飛びかねない。