第六話 雑用係との出会い
イーストフレア王国の城のそばには、高位の貴族のほか、大型の商会の会長の実家があったりする。
そのエリアを抜けると、貴族エリアと平民エリアを分ける壁の門が存在する。
理央自身も召喚された勇者であり、バーンズ国王が発行した身分証明書をもらっている。
写真付きであり、幻惑魔法を解除する魔法具を使うことで門を通ることができるのだ。
「あの、俺こういうものなんですが、モンスターの素材の換金をやってくれませんか?」
その門で理央は素材の換金を頼んでいた。
袋に入れているわけだが、それを金として変換できるならそちらのほうが便利であることに変わりはない。
エリアを分けている門は換金所のサービスを基本的に提供してはいないが、モンスターに関する情報と、ある程度門番の権限で自由に使える現金が置かれているはずである。
理央は昨日、この国の騎士団や冒険者にとって未到達地域まで潜っているが、それ以前の場所から入手できるモンスターの素材を換金してもらう場合は門番にとっても無理難題というわけではないので、召喚勇者の権威(権力ではない)を示せば対応してくれる。
普段から貴族の命令に対応する者たちにとって、この程度の要求は事務処理と変わらない。
というわけで、かさばらず、ある程度希少と言える素材を売り払い、理央は金貨を四枚受け取って、幾つか銀貨や銅貨にくずしてもらって、市場に入っていった。
銅貨、銀貨、金貨の順番で百進法である。
これで金貨四枚が多いのか少ないのかいまいちよくわからないかもしれないが、日本なら少なくとも百円は払って購入する商品がこの世界では銅貨数枚といった程度である。
金貨四枚と言えど、日本円にすれば百五十万円から二百万円に相当する。
それを考慮すれば多いといえる。
「あるじ。これから何を買うの?第一王女様を治すのならポーションかな?」
門番から買った鞄の中からアルテが呟く。
「まずはそっちに行くつもりだ」
「まずは?」
「その次はマジックアイテムを買おうと思ってる」
「へえ、どんなものを揃えるの?」
「分解用に幅広くだ」
「分解前提……」
市場に出ていきなりアレな会話をしている理央とアルテだが、理央はサクサク通路を歩いていく。
「とりあえず大型の店にでも行ってみようか」
「いろいろ知るにはその方が早いもんね」
理央はきょろきょろと見渡した後、一番大型で、なおかつ商店を判断した場所に向かって一直線に歩いていく。
途中で様々な商店があるのだが、そちらにも目を向けてはいるものの、歩みを止めることはない。
たどり着いたのは四階建てのしっかりしたつくりの建物だ。
看板には、しっかりとカタカナで『ウィズダム・セイヴァーズ王都本店』と書かれている。
(この世界の者がジパング語と呼んでいるが、本当にこの世界を作った……もしくは文字という概念を持ち込んだのは日本人なんだろうな。でなければ一つの言語がここまで浸透していることはないだろうし)
理央はそんなことを考えたが、今それを考える時ではない。
そもそも、ちらっと看板を見ただけで、歩みを止めたわけではない。
そのまま扉を開けて中に入る。
入ってすぐの場所には武器や防具などが、フロアの端にはポーションなどが並べられており、見た感じの素材から判断できる範囲では質は高くとも高級というわけではない様だ。
大量に発注したゆえに安く購入することが可能だった。といったところだろう。
「こうして店に入るのは初めてだよ」
「まあ、スライムだからな。俺も初めてだが」
目的であるポーション売り場に移動する理央。
色とりどりのポーションが壁一面に並べられている。
ポーションの名称と金額のみが書かれているが、並べられているのは高いもので銀貨数枚といったレベルだ。
おそらく高額なものが置かれているフロアが上にあるのだろう。
そういったフロアで物を選んで購入することで客の優越感を刺激するということなのであれば最適なレイアウトである。
最終的にはオーダーメイドになるだろうが、それを注文できるフロアも存在すると思われる。
きょろきょろと見渡す理央。
「俺が城の図書館で確認した図鑑と比較する限り……特にポーションに関しては素材分布がかなり広いな。ほぼ王国の端と端といえる位置に存在する素材同士を組み合わせたものもある」
「それはすごいね」
「騎士団が持ってたあの作りの悪い馬車だと運送能力に限界があるだろうな。主に馬に対する負担の話だが」
「へえ、騎士団の馬車ってそうでもないんだ」
「ああ。かなり運送能力と保存能力が高いんだろうな。それを広範囲に、しかもここまで金額もそろえてくるとなると、相当な規格化が進んでる。それを活かしきる技術があるとは……」
規格化というと、地球で言えば『コンテナ』が分かりやすい。
決まった材質と形で箱を作成し、貨物船、貨物機、貨物列車、トラックで連動するように運べるようになっている。
この世界ならおそらく馬車で運ぶのがほとんどだろうが、大型の輸送魔道具を用いることで、『魔道具の座標を軸にして浮かせる』ことが可能ならば、重い馬車を運ぶ馬ではなく、敏捷特化の馬を採用して高速運搬も可能だろう。
魔法が存在するのならば、単に馬に頼った運送としてもそこまで考えられる。
そこまで考えられていなかったとしても、相当の運送技術が使われていることは必然だ。
「……まあ、とりあえず数本買っていくか」
回復ポーションもそうだが、魔力そのものを補充するポーションなど、いろいろ揃えてかごに入れる。
次は魔道具だ。
こちらは基本的に使っている材料が同じなのか、分布的な違いはない。
「幅広くかぁ……いろいろあるけどどうするの?」
「とりあえず属性で選ぼうか。光とか炎とか風とか、そんな感じで」
「なるほど」
魔力を通した目で冬美たちが使っている杖などを見ているのである程度分かっている部分はあるのだが、安いものというのは安くできるだけの基礎が詰まっているものだ。
こういったものを買っておいて損はない。
「ん?付与魔法の腕輪もあるんだね」
「腕力を上げることができる腕輪だな。まあ、重いものを持ち歩く者や鉱山で働く者に持たせておけば効率アップにつながるから重要度は高いだろう」
「便利なものは戦うためだけに使うわけじゃないってことか」
「そういうことだ。だから安くできることに意味はある」
そういいながら魔道具も一緒にかごに放り込んでいく。
武器や防具はとりあえず保留だ。
というか、赤座が次々と様々な属性の魔法を使っていて、それを観察していたため、大体使えるようになっている。
あとはポーションを自分で改良して魔力量を増強すればいい。
「あとは調合器具だな。これがないとポーション作成は面倒なことになる」
ついかでポーション作成キットを購入。
……なんだか初心者用のようにも見えなくはないが、それはそれとしよう。
「お会計は金貨二枚になります」
「ああ」
というわけで、手に入れた金貨のうち半分を払って会計を済ませる。
「思ったより安かったね」
「まあ外見で大体わかる部分もあるから、安いものの中からじかに中を見たいものだけ選んだからな。数も多くないし、こんなもんだろ」
そういいながら店を出る理央。
「とりあえず必要なものはそろったね」
「まあ概ねそんなところだな。あとはポーションの素材を売ってるところに行って買おう。さすがにこの店には売ってなかったし」
ある程度製品化している物しか売られていなかったので、素材そのものは置いていない様だ。
とはいえ、そういったものはあらかじめ生産系の組織が買い占めていて当然である。
「……ん?」
店を出て歩いている理央の視界には、王都という状況故に人通りが多い。
様々な感情が見え隠れしているのだが、基本的には目的地が存在する表情がうかがえる。
だがその中で、明確に『焦り』の感情を発見した。
振り向くと、先ほどのウィズダム・セイヴァーズ王都本店の裏口に近い場所だ。
そこで、ガリガリと黒髪をかいている少年が溜息を吐きながら歩いているところだった。
小さな鞄を肩から掛けている程度の荷物のようである。
「あるじ、どうしたの?」
「……少し気になった」
理央はその少年のところに歩いていった。
そして少年のところに近づくと、少年の方が歩いていく理央の気配に気が付いた。
購入したものを入れた鞄と、スライムを入れた鞄を肩から掛けている眼鏡で高身長の少年という、なんだか普通と違和感の中間あたりにいる理央の様子を見て『何をこれからするんだコイツ』という視線を向けてくる。
「すまない。少々……そうだな、『焦り』という感情が見え隠れする顔をしていたからちょっと気になった」
「ああ、まあ、確かに言ってることは間違ってないけど……誰?」
「俺は天道理央。一昨日、王城で勇者召喚があったことが少なからず報じられていると思うが、そのうちの一人だ」
「!…………俺はエイドだ」
少々の思考する時間をはさんで、エイドが名乗る。
「エイド。歩いている方向から察するに、あの本店の裏口から出てどこかに向かっていたように思うが……」
「ん?ああ……俺はあの店で雑用をやってたんだよ」
「雑用?」
「そうだ。主に書類整理だけどな。流通関係だけど」
「……ほう」
先ほどまで自分が褒めまくっていた部分を担当していたものを発見したようだ。
「流通といっても範囲が広いと思うが、どの範囲まで?」
「ほぼ全部だよ。特にこの町と、特に離れてるエリア関係かな」
「広いな。長い間やっているのか?」
「商売なんて全くやってなかった戦闘チームの時代から雑用関係で加入してたんだよ。戦うことしかできない家事能力地獄みたいなメンバーだったからな。その時のリーダーがいなくなって新しいリーダーになってから、貴族や商会とどっぷりつながるようになって、今ではこんなことになってる」
「なるほど。それで、後ろ盾のない君が不憫な目にあっていたわけか」
「まあそんな感じだ」
「ただ、事務作業といっても間に合わないと思うが?」
「念筆って魔法がある。書くよりも抜群に速くかけるんだ。しかもインクの用意が不必要」
「なるほど、慣れればすさまじいだろうな」
理央が同意する。
「俺としてはあのチームでも頑張ってたはずなんだけどな。押し付けられてばかりだったけど、量はこなしてたから評価されてると思ったら、周りの連中、人の仕事を自分の成果にするのが得意な奴ばっかだった」
「逆に君が不器用なだけでは?」
「それをいうなよ。で、結局は追い出されたわけだ」
「……そうなる理由がわからないのだが」
雑用を引き受けていた貴重な人材だ。逃す手は本来ならない。
「簡単に言うと地雷を踏んだだけだ。ただ、それで容赦なく追い出されたんだ。愛想だって尽きる」
「ふむ。その地雷とはなんだ?」
「……オーシャンモンスターが一応陸地を歩ける個体がいるっていうのは知ってるよな?」
「記録にはあるな」
「で、今のところ前例はないけど、そこから発展した仮説ではあるんだが……」
エイドは再び頭をガリガリをかいて続ける。
「海底にいるオーシャンモンスターが大陸の底で横穴を掘って、そこから陸で動ける個体が大地を上向きに採掘しながら上がってきたら大陸全土が危険だから、地下に対して高性能の感知を可能とする魔道具を作るべきだって言ったんだが、神聖国のタブーだったってわけ」