第五話 スライムは微笑み、宰相は怒る。
理央が図書館で確認した生物の本によると、モンスターにしか見えなくとも、実は『文明種』という人間と共存できる種族である場合があるようだ。
外見は同じなのだが、特殊な魔力を常に垂れ流している状態らしく、それを感知することで人間はそのモンスターが文明種であることを認識する。
そもそも人間の言葉を完全に理解できる知性を持っているということもある。
文明種以外のモンスターを仲間にするには『魔物使い』関連のスキルが必要になるのだが、魔物使いにとっても文明種は仲間にしやすい存在であり、モンスターを連れてコミュニケーションをとって、モンスターを倒しに行くそうだ。
ちなみに、文明種とそれ以外では感覚や雰囲気は本人たちにとっても大きく異なるようで、文明種のスライムが文明種ではないスライムを襲うことに対して嫌悪感を抱く文化は存在しない。
まあ、同族に対する攻撃はそもそも人間がやっていることなので、他種族に対してとやかく言えることではないが。
理央が泊まっている部屋の窓に張り付いているスライムもまた文明種であり、こうして張り付いているところを見ると、理央に話があるようだ。
窓を開けてスライムを部屋に入れる。
「入れてくれてありがと!僕はアルテ!よろしくね!」
「天道理央だ」
ベッドに座って、アルテはテーブルの上に移動する。
「で、俺に何のようだ?」
「なんていうか……ビビッとくる人がダンジョンから出てきたから、気になって出てきたのさ!」
「そうか」
特に理由はないらしい。
理央はそういう感覚は嫌いではない。
「で、俺についていこうって思ったのか」
「そういうこと!」
即答するアルテ。
理央は少し考える。
正直、メリットもデメリットもない話だ。
文明種のスライムを連れているからと言って何かを言われるような文化は存在しない。
あえていえば、ギフトがない理央が最弱モンスターと言われるスライムを連れていることによって、兵士から嘲笑の目線に晒される程度だろう。
それすらも問題ない。
理央は喧嘩に来るものを拒むことはないし、歓迎する方だ。
「まあ、俺になにか感じるものがあるのなら好きにするといい」
「わかった!ありがとう!あるじ!」
アルテからの二人称は『あるじ』のようだ。
理央はうなずく。
「明日は自由時間になっているから、街に出る予定だ。休憩が必要なら休むといい」
「じゃあ、あるじと一緒に寝る!」
アルテが理央の胸に飛びついた。
(お、ちょっと冷たい……いや、気温とほぼ同じか)
アルテのプニプニした触感を感じながら、布団を被って寝ることにした。
★
そして次の日。
理央は冬美が潜り込んできていると一瞬予想していたが、そのようなことはなかった。
自分の布団に入っているのは理央自身とアルテだけで、他には誰もいない。
(……まあ、馬車に乗っていた時の様子を考えると、時雨とリリーに呼ばれて三人で寝てる可能性の方が高いか)
理央の場合は解析欲求が強く、初めて明確に生き物を殺したという経験に対して体がどのように変化しているのかを客観的に分析しようとしてしまう。
そのため、無意識的には思うところがあって手汗がすごかったとしても、意識的な部分はすごく冷静なのだ。
赤座や宝生に関してはモンスターを倒すという高揚感や全能感によって、モンスターを殺したということに対する感覚がゲーム感覚なのだろう。
時雨とリリーはしっかりと『生き物を殺した』という感覚が強く残っているだろう。
そうなった場合に冬美を呼ぶ可能性が高い。
「お、あるじ!おはよう!」
元気そうな様子でアルテも目覚めた。
「ああ。おはよう」
理央はベッドから起き上がると、そのまま寝間着から着替える。
王国側から支給されている普段着のような格好になった後、理央は眼鏡をかけてアルナを持ちあげて、部屋を出た。
「さてと、今日は自由時間だが……どうなってるかな」
「ん?昨日何かあったの?」
「ああ。ダンジョンでモンスターを倒して手に入れた素材を渡したら驚いている様子だったからな。何か言われてる可能性が高いだろうなって思っただけだ」
「あるじはそれにかかわってるの?」
「一応かかわっているが……国王以外がどう考えているかだな」
バーンズ国王自身を見れば、おそらく理央を軽視することはない。
だが、周りの兵士までその認識を共有することはないだろう。
ギフトがないと分かった瞬間のアルガードの視線を思い出せば、ギフトやスキルといった概念がどれほど重要だと考えているのか見えてくる。
「ふああ……あ、理央君おはよう」
廊下を歩いていると冬美がいた。
「あれ?そのスライム。どうしたの?」
「窓にへばりついてた」
「なるほど!よくわかったよ!」
そんなことはないと思う理央だが、冬美に対して『理解』という言葉は求めない方がいいのは地球にいた頃から変わらない。
「僕はアルテ。よろしくね!」
「私は白雪冬美。よろしく!」
アルテが理央に抱えられたままであいさつしている。
冬美はいつも通りの笑顔で返事している。
理央からすれば慣れた雰囲気である。
「冬美様。ここにいらっしゃったのですか?」
五十代半ばの男性が話しかけてきた。
あまり鍛えているようには見えないが、茶髪を切りそろえて、眼鏡をかけており、かなり凝った装飾のローブを身にまとっている。
確か宰相だったはずだ。
名前はフレーデル・コルシャード。
隣には部下らしい若い男性を連れている。
「あ!フレーデルさん!おはようございます!」
満面の笑みを浮かべてあいさつする冬美。
朝っぱらから元気なものだ。
そして、その笑顔にフレーデルの表情が緩んだ。
「冬美様。昨日のダンジョン攻略で表彰すべきことがありますので、直ぐに準備をお願いします」
「わかりました!理央君。またあとでね!」
「道案内は彼に任せましょう。デック。冬美様を連れて行きなさい」
「はい!」
デックというらしい若い男性は冬美に『廊下を走ってはいけませんよ。冬美様』と注意しながら冬美を連れていく。
フレーデルは理央を見て、そしてそのわきに抱えられているアルテを見る。
そして鼻で笑った。
「フン。ギフトすら与えられなかった男が我が物顔で城の中を歩きおって、どうせ昨日のダンジョン攻略も、他の九人の勇者様の腰巾着だったのだろう?役立たずはこの城に必要ないのでな。早々に城から叩き出してやるから覚悟しておけ」
「……」
「なんだその目は」
「いや、ギフトがなくてもこれからスキルを手に入れていけば役立たずではなくなると思うんだが……」
「馬鹿なことを言うな!それで他の勇者様方に追い付けるわけがないだろう!」
「なるほど、あくまでも俺が勇者でありながらギフトを貰えなかったことが……いや、本質は違うな。確か宰相さんって第一王女様の祖父だっけ?」
「そうだが……」
「なるほど、前提として孫が可愛いってわけか。その孫が頑張って召喚した結果、俺みたいなギフトがないやつが召喚された。その様子だと第一王女の容体はよくなってないみたいだな」
「な……何が言いたい……」
考察を続ける理央を不気味そうな目で見るフレーデル。
「そうだな。簡単に言うと……『孫を治すことを半ばあきらめてるくせに、俺に八つ当たりするのはやめてくれない?』ってところかな」
「ふざけるな!貴様のような若造にわしの気持ちがわかってたまるか!本来なら死ぬかもしれない儀式だったんだぞ!断腸の思いでミーティアの決意と覚悟を受け入れたのだ!それで貴様のような無能を召喚するなど、耐えられるか!今もあの子は儀式の反動で苦しんでいるのだぞ!」
一気にしゃべったが、フレーデルは五十代半ば。
魔法による技術の発展があるので中世レベルとは言わないものの、時代を考えれば十分老衰しているといっていい年齢だ。
肩を上下させて息をするフレーデルだが、その目はまっすぐ理央をにらんでいる。
「……はぁ。どうにかする薬なら俺が作っておくから、アンタはゆっくりしてな。いくぞ。アルテ」
「うん!」
理央はフレーデルに背を向けて歩き出した。
「フン!調合のギフトも魔法関係のギフトもないお前に何ができる」
「あきらめた人に言われたくないね。ただ……治せたとしても礼はいらないから安心しろ。それじゃ」
理央は手を振って角を曲がる。
先ほどのフレーデルの様子を見る限り、昨日倒したドラゴンは何かしらすごい功績になりそうだが、評価しようと周りが考えているのは他の九人のようだ。
評価に興味はないし、表彰される時間を作るくらいなら図書館にでも籠っていた方が有意義と理央は考えている。
「あるじ。召喚の儀式とか、その反動とかいろいろ気になるワードがあったけど、あるじは召喚された勇者の一人なの?」
「ん?アルテは召喚について知ってるのか?」
「歌として語り継がれてるのを聞いたことがあるだけ」
「なるほど。ま、確かにその一人だな」
「ギフトがないって言ってたけど……」
「言葉通りだ。なんか周りのクラスメイトは五つずつくらい貰ってるけど、俺はもらえなかった」
「なるほど。でもあるじはどうでもいいと思ってるよね」
「当然だ。そんなもの必要ないからな」
「あるじについていくと決めてよかったよ。これからどうするの?」
「町に言っていろいろ探索する。あずかっているモンスターの素材があるからそれを売って元手にして増やして、いろいろ買おうと思ってるよ」
「楽しみにしてるよ!あるじ!」
難易度イージーな表情の理央と、楽しそうな様子のアルテは、門番と軽く話して城から出ていった。
「……そういえば、警備がザルってわけじゃないよな。どうやって窓まで来たんだ?」
「僕は小さいから死角をシャシャッと移動しました!」