第三話 実践訓練でダンジョンへ
次の日。
訓練とは言うものの、スキルを持っていると、その時点から体の動かし方がわかるらしい。
そのため、剣や槍を手に取って、それを使って練習した後、そのまま王都で管理しているダンジョンに潜ることになった。
王国側としても、理央たちの実力を把握しておきたいのだろう。
理央を含め、クラスメイトたちに異論も反対もなく、作りが悪いお尻が痛くなる馬車にのってダンジョンに向かった。
実際にダンジョンの中でモンスターを相手に戦っている。
理央としては『まあ、訓練だよなぁ』という感想を持った。
理央たちの目的はあくまでも『オーシャンモンスター』の討伐である。
オーシャンモンスターは、円形であるエレメント大陸の外の海から攻めてくるので、大陸のやや中央よりになっているイーストフレア王国で活動するのではなく、馬車に乗って大陸の端まで突っ走るべきである。
とはいえ、強力なギフトを手に入れた生徒たちを簡単に派遣するわけにはいかない事情があるのかもしれない。
オーシャンモンスターを倒し、十体の魔人を討伐することは悲願ではあるが、その際に自分の国が一番手柄が多い方がいいと考えるのは当然だ。
とはいえ、まだそのような国家間の関係まで考慮するような段階ではない。
理央は率先して戦っている宝生や赤座を観察している。
一応左腰には剣を装備している。
ただ、ギフトがない理央に対して王国の皆さんは信用がないのか、どこででも買えそうな鉄の剣を渡されたのだが、理央としてはそもそも武器が必要と考えていないので放置することにした。
「……ギフトで与えられるのはスキル。スキルを持っていると体の動かし方がわかるといっていたが、厳密には『体に染みつく』といったところか」
理央はそう思う。
特に宝生がその特徴を持っているといえる。
勇者の剣術。というスキルによってその剣術が使えるというのは分かる。
彼の身長に適した両手用で持つ剣が出現したことも、勇者の剣のスキルで分かっていたことだ。そこも構わない。
だが、人が相手なら『剣道でざっくり振り方がイメージできる』といえなくもないが、今戦っているのは大型の狼やスライムといったモンスターだ。
これらのモンスターに対して、初めから戦い方がわかるというのは無理があるだろう。
「すでに騎士団の連中が付いてこれるレベルは超えたし、ナビもいないんだよなぁ……どうしたものか。それに……」
ちらっと女性陣を見る理央。
モンスターを倒すと、素材などを残してチリとなって消滅する。
しかし、戦闘中に血が流れるし、その血はモンスターを倒した後も残っている。
その影響がどれほど出るのか気になった。
「むっはーー!モンスターを倒すのは爽快感がありますね!」
一番心配だった子がめちゃくちゃ元気だった。
氷の槍を連続でブッパしながら冬美がフィーバーしている。
(……予想とは違うが、まあ、あの様子なら問題なさそうだな)
とりあえずそう考える理央。
ただ、宝生や赤座に対して『ゲーム感覚で油断したら死ぬぞ』と忠告したものの、この状況を一番ゲームだと思っているのが冬美なのかもしれない。
もちろん、安定した精神というものは重要だし、今のところはチートを振りかざして無双ゲーム中なので問題があるわけではない。
実際、冬美があのような様子なので、小百合をはじめとする女性陣の精神が安定している部分もある。
……いつもと変わらないというのは、思ったよりも難しいことなのだ。
「理央君はモンスターを倒さないの?」
冬美がこちらに歩いてきた。
真っ白なフリル付きの法衣のようなものを身にまとっていてとても可愛らしい。
琥珀が先端に装着された杖を握っているが、冬美が握るとなんだかおもちゃに見えてくるから不思議だ。
「モンスターがこっちに来ないからな。来ないものは倒せないだろう」
「それもそうだね」
頷く冬美。
実際、先ほどから暴れまわっている宝生や赤座が出てくるモンスターを倒し続けているので、基本的に後ろにいる理央にこないのだ。
「理央君は落ち着いてるのね」
「この状況下でもいつもと変わらないとは……同い年とは思えないほど強いですね」
冬美についてくるように二人の女子生徒が話しかけてくる。
一人は艶のある黒い髪を伸ばした美人さんだ。
名前は周防時雨。
十六歳の少女としては高い身長に加えて大きな胸と尻で、大人の魅力をすでに持ち合わせている。
現在はドレスを出来る限り動きやすいように改造したものを身に着けて、右手に槍を持っている。
なおさら舞台女優という雰囲気だ。
地球にいた頃も読者モデルをやっていたそうだが、ここでも魅力は衰えることはない。
そしてもう一人は、金髪碧眼の美少女だ。
名前は安藤リリー。
日本人と外国人のハーフだろう。冬美以上、時雨以下の身長で、こちらも胸が大きい。
常に微笑を浮かべており、やさしそうな雰囲気を周りに与えるものだ。
こちらもドレスを改造したものを身にまとい、そして手にはレイピアを持っている。
ちなみに、時雨とリリーが使っている槍とレイピアは、実はリリーが作った物らしい。
生産系のギフトを所有しており、武器や防具を作れるようである。
「時雨とリリーもいつも通りに見えるけどな」
「私は耐えてるだけよ」
「そうですね、さすがにまだ慣れません」
槍を握る手と、レイピアを握る手が震えている。
所有しているギフトを考えれば、二人は近接系だ。
モンスターに肉薄し、明確な殺意を持った攻撃をかいくぐり、そして自らも殺意を持って武器を振るう必要がある。
肉を裂き、骨を断つ感触と、モンスターの唸り声が頭から離れないのだ。
ただ、まだ症状としては抑え目な方だろう。
冬美がいつも通り何も考えていない天真爛漫な笑みを浮かべているので、それを見て心を落ち着かせている。
時雨とリリーは基本的に冬美のお守のような感じなのだが、ここではまだその段階には至らない。
「女子のメンタルケアか……王国側はどう考えてるのかね……」
もちろん、生まれた時からモンスターがいる世界に住んでいる人間が、モンスターのいない世界から来た人間の精神構造を正確に理解できるとは思えない。
宝生のような圧倒的なカリスマがある人間は確かにいるし、そもそも今までは少数だったこともあり(おそらく三人か四人あたり)、カリスマがある人間が一人いれば問題なかったはず。
だが、十人転移してきて、女子生徒は五人いる。
まだバランスという意味では問題ないのだが、カリスマがある人間が一人いる程度では足りないだろう。
宝生の隣で短剣を構えて戦闘に介入する温香を見る限り大丈夫だが、宝生との会話の内容を察するにギフトの影響と思われる。
ギフトの影響というのであれば温香は大丈夫だろう。
最も不安なのは、冬美が今やっている行為が、『モンスターという命があるものを倒す』ということを理解した時だ。
そのときにどうなるのかわからない。
「それは分かりませんが、力を持っているということをひとまず自信にするべきですね」
「言いたいことは分かるわ。だけど、一応『戦わなくてもいい』という選択肢はある。逃げることが罪にならないのだから、個人の選択に任せるべきよ」
リリーと時雨はとりあえず『選択権はある』と主張したいようだ。
バーンズ国王がいる限りはそれが通用すると思っているので、理央としてもそこは問題ない。
「まあ、そうだな」
「おーい!まぐれ野郎。いったい後ろの方でなにしてんだよ」
赤座が取り巻きを二人連れてこちらに来た。
黒川ともう一人、青竹光男である。
青竹はやや青みがある黒髪で、かなり大柄だ。
まあ、赤座の方が大柄で喧嘩慣れしているので青竹は赤座に勝てないわけだが、こちらでは盾持ちの前衛と風属性魔法を合わせたものになっている。
黒川は闇属性魔法に加えて、幻惑や特殊技能のような魔法を使える。
言い換えれば、『魔法的な暗殺者』といえるだろう。
温香が『忍』のような恰好をしており、『物理的な暗殺者』といえるが、それと対照的といえる。
「暇だったから適当にしゃべっていただけだ」
「ふざけんじゃねえ!ギフトを持ってない雑魚が俺に口出しすんな!」
赤座がキレて掌の上に炎の玉を出現させる。
小百合をちらっと見ると、どうやらこちらに気が付いていない。
距離があり、そしてモンスターを倒し続けていたことで体力と精神をガリガリ削っているので、こちらまで注意が回っていない様だ。
「……馬鹿だな」
そういって、理央は腰から剣を抜いて、切っ先を赤座の首に添える。
高速で添えられた剣に全く対応できていない。
「な……い……いつ抜いて……」
はたから見ていた黒川にも見えていなかったらしい。
「この距離なら剣の方が速いぞ。ビビってるとかそういう挑発をする気はないから、次からは遠くから撃って来い」
「ふ、ふざけんな!」
理央がそのまま赤座を傷つけることはないと考えたのか、首に剣を当てられたままで赤座が炎の玉をこちらに向けてくる。
だが、横から出てきたリリーがレイピアを炎の玉に突き刺すと、そのまま消えていった。
「チッ……なにすんだよ!」
「さっきから油断しすぎですよ」
リリーがレイピアを引いて赤座をにらむ。
だが、赤座はにらまれた程度で引っ込むような奴ではない。
「チッ……」
だが、剣を向けられているのは何となく気持ちが悪いのか、そのまま引っ込んだ。
理央たちに背を向けて歩いていく。
黒川と青竹は黙ってついていった。
「はぁ、前途多難だなぁ……」
隠すことなく溜息を吐く理央。
「赤座君たちの行動も困った物ね……」
「むうう!人に火を向けるのはダメだと思います!」
「……まあ、そうですね」
頭を抱える時雨、主張する冬美、頷くリリー。
……冬美だけ温度差があるような気がする。
「あ、おい!宝箱があるぞ!」
赤座が何かを見つけたようだ。
理央も見ると、かなり豪華な作りの宝箱があった。
ただ、理央が魔力を目に流して鑑定してみると、明らかにそれは罠である。
「おい赤座。それ罠だぞ」
「はあ?知らねえよそんなの。ここでは俺がルールだ!」
そういって赤座が宝箱を開ける。
すぐにアラームのようなものがジリリリリリリリ!となりだして、足音が周囲から聞こえるようになってきた。
「な……お、おい、なんだよこれ!」
「だから罠だって」
「はあ!?先に言えよ!」
「……そうか。わかった。これからは肉体言語で先に言おう。音声言語が通じない様だからな」
理央がそういって通路の方を見る。
そこには、大型の棍棒を構えたオーガ、巨大なスライム、体長三メートルはある狼など、なかなか危険性があふれるモンスターが勢ぞろいしていた。
「とりあえずどうにかするか」
理央は結局、溜息を吐きながら剣を抜いた。