第三十二話 アルテの楽勝劇
「もう、あるじはスライム使いが荒いなぁ」
バスタード王国から南に行ったところに存在するイツガキ連合国に向けて爆走するアルテ。
理央からホバーボードをもらってほぼ音速で向かっている。
エルフの中でも魔法スキルが圧倒的と言われるユーシルの援護のために向かってほしいと言われているのだが、アルテの予測では、理央はバスタード王国の管理局の上に新しく二階くらい増階された執務室にいても、二つの国にいるオーシャンモンスターくらいなら倒せると思っている。
戦いなど、攻撃の有効範囲が広いほうが物量作戦で攻めていくほうが有利に決まっている。
科学力がもたらす処理速度と、魔法がもたらす再現性を合わせれば、超遠距離攻撃すら可能というのがアルテの予測だ。
現時点で可能か不可能かと言われても、おそらく理央は可能だと言うかもしれない。
だが、あえてそれを選択しないことを考えると……。
「まあ、僕らにもできる限り任せようと思ってるのかな」
実際、オーシャンモンスターを倒して海の外に行くことだけに限れば、理央一人の力で可能だろう。
少人数を連れて行く程度のハンデを背負ったとしても問題はないはずだ。
「一人でこなす分には不可能なことがなさすぎて面白くないから、他人を巻き込むか……ついていくと決めたのはいいけど……なんか七割くらい本気で後悔してきたね」
ホバーボードの上で喋りまくっているアルテだが、その操作は完璧だ。
とはいっても、もともとバスタードマーケットからイツガキ連合国へと直行できる道が整備されているので、別にまっすぐ走るだけなら道を間違えることはない。
地上五十メートルくらいを爆走しているし、風魔法で周囲の空気を完全に制御しているので音も小さくて静かということもあるし、いうほど気をつける部分がないのだ。
……ちなみに、馬車移動が基本で道を移動する乗り物の高さがそうでもないのに、地上五十メートルという高い位置で爆走しているのかだが、どうやら首都に出現したらしいオーシャンモンスターがいる街まで、地上四十メートルを超える壁がある街が存在しないからである。
すくなくとも五十メートルの位置を飛んでいれば、街が近づいたとしても壁にぶつかることはないのだ。
それらの壁に勤務している兵士が驚くのではないかということに関しては、援軍に関する証明書を理央から受け取っており、あとで説明してもらう予定なので問題はない。
「お!あの街だ!……え、ちょっとまって、なんか火柱がみえるんだけど!?」
首都ゆえか、地上五十メートルの壁に囲まれているが、その壁を超える高さに匹敵する火柱がみえる。
しかも、何本も確認できる。
街の中で火属性魔法を使えば、二次災害を含め、その被害が大きくなることは自明の理。
事前確認では、ユーシルの得意な属性に火属性は存在しない。
戦術を組み立てるときに火属性がない以上、火柱はオーシャンモンスターが原因だろう。
「あの火柱はオーシャンモンスターが原因だろうね。海の中でダラダラしてる分際で偉そうに」
アルテは壁を超えて街を見る。
そして、五つ存在するすべての火柱の発生元を確認。
体から触手を五本出して狙いを定める。
「ハイドロバースト!」
触手の先端が膨らんで、水の玉のようなものが発射される。
五つの玉は火柱の根本に直撃して、火を強制的に消火した。
……技の構造上、実は『消火』ではなく『消化』だったりするがとりあえず放置。
「おーい!ユーシルさん!援軍に来たよ!」
二対六枚の翼を持つドラゴンと戦っているユーシルに向かって叫んだ。
「あ、アルテさん!?もう来たの?」
「実はそうなんです。ほぼ音速でぶっ飛ばしてきました」
簡単に説明してオーシャンモンスターの方を見る。
「で、何なんだこのドラゴン」
「火属性が得意なようですね。海の中にいたのにどうやってあの翼を持って進化してきたのかわかりませんが……」
「うーん……まあ、人間の街を攻める時に火属性が効果的なのは事実だし。新しく作り上げた個体なのか……それとも、実は海の外の島から招集されたのか……前に戦ったカエルほど海臭くないし」
進化したモンスターすべてがそうとは限らないが、現在のアルテの感覚神経は通常のモンスターを遥かに超える。
嗅覚も当然優れており、あまり海っぽい感じがしないのだ。
「膜を作れる運搬用のオーシャンモンスターがいるかもしれないね。まあ、僕の役割はそこじゃないし、解析はあるじにぶん投げるとして……」
アルテは触手の先端をまとめて、巨大な水の砲弾を作り出す。
「アクアジェイル!」
砲弾が発射されると、まっすぐドラゴンに向かって飛んでいく。
そしてドラゴンに近づくと、膨大な量の触手を砲弾から伸ばした。
「!」
だが、ドラゴンが口を大きく開けて炎のブレスを放射すると、砲弾ごと消えていく。
「ぐぬぬ。ちょっと甘く見すぎたか」
「しっかりやってくださいよ……クインテットボルテックス!」
ユーシルは五つの雷の玉を作り出すと、そこからまっすぐドラゴンに向かって雷を放射。
だが、ドラゴンは翼で自分の体を隠すと、雷をすべて無効化する。
「防いだっていうより無効化だね。あの翼の防御は厄介だなぁ」
考察していると、ドラゴンが翼を広げて空に飛び立った。
「チッ。制空権は渡さないよ!」
アルテはそう言いながら高速で接近する。
そして、ドラゴンがアルテを見るために視線を下げた瞬間、思いっきり上に向かって跳ねる。
行動が予測と外れたためか、ドラゴンの視線が一瞬、アルテを完全に捉えなくなった。
「激流葬!」
アルテは自分の体と同じ色のカーテンのようなものを出した。
そこから、ドラゴンの胴体へ向けて、滝のように水が高速で落ちる。
その水圧で、空を飛んでいたドラゴンは耐えきれずに下に落ちていく。
「……!?」
そして落ちていく先には、すでにアルテ待ち構えている。
口をモゴモゴと動かしているが、アルテの体全体から闘気のようなものが溢れている。
「大噴火滅龍砲!」
スライムという小さな体から放たれる、水の大噴火!
まっすぐドラゴンの心臓めがけて飛んでいき、ドラゴンの鱗など関係なく貫いていく。
「GYAOOOOOOOOOOOOO!」
ドラゴンの悲鳴が聞こえても、アルテには関係ない。
噴火が終わっても、激流葬の水圧は終わらず、実際に叩きつけられた。
……そして、激流葬が終了すると、あたり一面や水浸しになっている。
その中央で心臓を貫かれたドラゴンは、もう動かない。
「ふい〜……あのカエルとは大違いだなぁ。でもまだ許容範囲か。レポートをまとめておこっと」
そういって、何とともなかったかのようにあくびをするアルテ。
「……」
その戦闘を見届けて、ユーシルとしても、確かに思うところがあるようだ。
エルフたちを束ねる王として戦っていたが、ここまで圧倒する光景を見るのは初である。
力の差を感じるには十分すぎた。




