第三十一話 懸念とは言ったがフラグ回収が遅いとは言っていない
『もしかしたらバスタード王国以外の東端の国家にオーシャンモンスターが地下を掘り進めてやってくるかもしれない』などということをアルテと話したばかりだが、理央としては可能性は高いと考えていた。
オーシャンモンスターは何も考えずに攻めてきているわけではなく、あくまでも魔人の命令によってやってきている。
現在確認されている魔人は一体のみであり、もしかしたら魔人が一人で情報を集めて攻めている可能性もあり、東だけでなく他のエリアの砦の国の情報を集めているとなんだかその結論に信憑性が高くなって『魔人も大変だな』と思ったものだ。
重要な点は、『バスタードマーケットの中央広場という点にジャストポイントでたどり着いたこと』である。
オーシャンモンスターがどのような方法で大陸の内側の情報を仕入れているのかは不明だが、おそらくかなり高い捜査能力があることは間違いない。
バスタードマーケットは四種の亜人国家にとっての重要な場所である。
かなりの意思決定権限がこの町に存在し、バスタードマーケット管理局で決められたことは四種の亜人にとって重要な法的な優先権を持つ。
それほどの都市に、一度の襲撃でピンポイントで攻めてきた。
まさに完璧な襲撃である。
送られてきた個体は強くはなかったし、理央とアルテが瞬殺してしまったが、それでも襲撃地点の設定という点に関していえば完璧である。
これほどの能力を有する魔人の力を甘く見るつもりはない。
東エリアでとりあえず攻めてきた以上、バスタード王国以外の国にも攻めてくる可能性は十分あると考えた。
考えたのだが……。
「……ノーバシュア王国とイツガキ連合国で襲撃があったって?」
理央は執務室で書類を高速で作成しながらアスラからの報告を聞いていた。
「ああ。現在、ノーバシュアにはエンセルが、イツガキにはユーシルがそれぞれの部隊を率いて向かっている」
「なるほど」
バスタード王国から見て、ノーバシュア王国は北、イツガキ連合国は南に位置する。
ちなみに、バスタード王国は四種の亜人たちが混在するあたらしい軍の編成を行っているところだ。
それぞれの国が砦の国に対して援軍を送るという方針だったが、現在は理央が全軍指揮権を持っているため、こういった再編成も可能となっている。
しかし、軍人の訓練というものは無論簡単ではない。
オーシャンモンスターを想定した連携ならなおさらである。
そのため、理央が命令を下すまで、訓練は四種族混合として行うが、何か要請があった場合はそれまでの軍の行動をする。というものになっている。
訓練が複雑になりそうだが、それに関しては理央がタイムテーブルを調節しているので問題はない。
「エンセルとユーシルの火力で、オーシャンモンスターに対抗できるのか?」
「個体によるとしか言えんな」
ハートライト王国などをはじめとする砦の国であれば、迎撃するための最新設備が揃っている。
だが、そのほかの国までそのような設備が揃っているわけではない。
そのような国に直接乗り込んできた場合、単騎戦力が高く、個人の戦闘力の上限が高い亜人ならともかく、普通のモンスターや人の犯罪者を想定した訓練を積む兵士では対抗できないだろう。
そのため、単騎戦力として強いエンセルとユーシルが向かったことに関しては何の異論もない。
だが、バスタード王国を攻めた際にあえて弱い個体を送り付けて瞬殺されたことを教訓に強大なモンスターを送り付けてきたら、最悪時間稼ぎしかできない。
そして時間稼ぎというのは、敵の補給力が弱いか、味方の援軍が有効かによってその効果を発揮する。
敵の補給が万全で、味方の援軍がない状態で時間稼ぎなど無意味である。
敵の補給力は皆無ではないだろう。
そもそもカエル一匹だけを送り付けて様子見という方が頭がどうかしている。普段からまとまった団体で攻めてきているのだから、新しい作戦としてももう少し戦力があってもいいだろう。
もしかしたらあのカエル一匹だけである程度被害が出ると想定していた可能性もあるが、真相は不明だ。
「ふむ……最終的にはこちらからも追加で援軍を出す必要があるか……ただ、戦力の逐次投入をするつもりはないぞ」
「わかっている」
「で、最も重要なことだが、その二つの国からこの都市まで情報が届くのに最短でどれくらいかかる?」
「非常事態であれば十五分程度だ。ある程度の距離まで音声を届けられる据え置き型の大型魔道具がある。これを使って遠くに声を届けることを連続で行って情報を伝達するからな」
「……十五分未満か」
カエルが来た時、既に理央は広場にいたので比較の対象にならない。
それぞれの国の首都の規模と警備システムの情報がないので正確には分からないが……教訓を生かすタイプだとするならば、かなり不味いことになる。
「……俺も行くか。南はアルテに任せるとして、北に援軍に行こう」
「私は……」
「アスラは法務大臣としてサインとハンコを続けてくれ」
アスラはバスタード王国の法務大臣に就任した。
四天王の中で最も視野が広く、そして四種族とのかかわりが強いのだ。
オルバもその精神年齢ゆえにかなり友好関係は広い方だが、まだ幼いため無理があるだろう。
だが、アスラは竜人として戦闘力が高く、加えて観察力も高いのだ。
思考も柔軟であり、四天王の中でもリーダーを務めているほど。
他にもいろいろ採用基準は頭の中で作っているが、ユーシルがやや真面目、エンセルが甘い判断なのだが、アスラはその両方を併せ持つ性格であることも重要である。
とまあ、様々な理由によって、アスラは法務大臣に就任した。
しかし、これは経済省でソウフウも言っていたことだが、現在は経済省と法務省の権力範囲の中で理央が決めておきたい部分がとても多いため、理央が作った大量の書類にサインとハンコを刻みまくっている。
ちなみにサインは『アスラ』と書けばいいのでなんと六画である。細かすぎる魔法が苦手なのか念筆ができない様だが。
そんな感じで、しかもなんだか途中で書類が増えたりするので、アスラとしては嫌気がさしている部分があるのだ。
……そもそも、普段から軍服を着用している自分がなぜ防衛省はなく法務省なのかいまいちわかっていないのだが、実は単に『消去法で選ばれただけ』に過ぎない。
まあ、そもそもこの国に防衛省は存在しない。
全軍指揮権を持っている理央がいるだけで、省庁、というものとは別の形式で管理されている。
ちなみに日本と比較すると、そもそも絶対王政なので議員というものが存在せず、財務省と防衛省はトップが理央なので存在しない。
「……」
「部下に押し付けようと思っていたのか?逃がさないから安心しろ……よし、とりあえず資料はまとまった」
そのまま整理してそれぞれの省庁への連絡ボックスにぶち込んだ。
「というわけで、援軍に行ってくる」
理央は書類を作り終わると、部屋の中を整理して、パッパと部屋を出ていった。
……ちなみに貴重品はすべて収納魔法の中に放り込んでいるので、ここからどれほどアスラが部屋の中を物色しようと意味はない。
「……はぁ、ユーシルが文部科学省、エンセルが厚生労働省で今も必死に法案を練り上げているのに、私はハンコとサインか……」
ちなみに四天王の獣人枠だったオルバは現在、『バスタード王国最先端料理味見役』という言葉通りではあるがなんだかよくわからない役職と与えられている。
まあ、何かやりたいと思ったのだろうが、そもそも政治に対してほぼわからないのにどうするというのだろうか。ということで決められたものだ。
ただ、書類を大量に作りまくっているので成文化ということが重要であるとしている方針は分かるが、そんな役は書類上は存在しないので非公式扱いだろう。
もちろん、普段は獣人国の中で戦闘で解決できる部分をどうにかしているので、本当に味見役しかしていないわけではない。食べ過ぎたら太るよ。というとしっかり運動を始める程度には素直である。
「……仕方がない。さっさと仕上げるか」
正直すでに手が痛いアスラ。
まあ、理央を王にした時点で、有能な人間は苦労するのだ。かわいそうに。




