第二十八話 元帥童女
ハートライト王国海洋魔獣討伐軍元帥。
あまりにもカッコよすぎる地位である。
二日に一回攻めてくるオーシャンモンスターを相手にするという役目を持っている以上、指揮能力は抜群に求められるだろう。
一体どんな人間がその地位についているのかと思ったら……。
「ふむ、なるほど、とんでもない素質の小僧じゃなぁ」
口調はおじいさんである。
しかし、その実態は、九歳くらいの幼女……いや、童女といったところだろうか。
黒い髪をポニーテールにしており、体の大きさにあったピンク色の着物を身にまとっている。
「ワシは無更木紫。ハートライト王国海洋魔獣討伐軍元帥を務めておる。おぬしは?」
「俺は天道理央。亜人国家を束ねた新しい国であるバスタード王国の王だ。よろしく」
「僕はアルテ!あるじの最初の部下だよ!よろしく!」
鞄からアルテが顔を出した。
「……なるほど、そちらのスライムも強そうじゃな。えーと……なんじゃったかな……そうそう。新しい王になったことで契約の更新が必要になったんじゃ。ワシとしては竜人の援軍が必要でのう……」
小さな鞄から紙を出してこちらに見せてくる。
「……話には聞いてたけど、本当にこんな子供が元帥なんだな」
エイドが契約書を読みながらつぶやく。
「ん?おぬしは?」
「バスタード王国政府経済大臣を務めることになったエイドだ」
「経済大臣……この国の流通のルールを決めるということかのう?」
「まあそんな感じだ……」
「かなり砕けた話し方じゃな」
「さすがに実年齢九歳に対して敬語とか無理」
「ほっほっほ!部下からもよく言われておるし、それでかまわんよ」
そう、この童女、合法ロリではなくガチのロリなのである。
だが、ハートライト王国が公式に定めている元帥であり、いざとなれば前線に出て大暴れするという資料も実際にあった。
見た目からは想像できないが、理央の観察眼は見逃すことはない。
「……今現時点でも、アスラたちより強いだろうな。少なくとも一対一ならほぼ負けないだろ」
「え、そんなに強いの?」
「というより、魔力を使った筋力強化の才能があまりにも高いってことだ」
「フフン!そういうことじゃ。すごいじゃろ」
そういって腕を曲げて力こぶを作る紫。
……まあ、ブーストが強いのであって本人の筋力はマジの九歳なので、実際にそんな力こぶなど皆無だが、あえて力こぶを作ると表現させてもらった。
「まあそんなことはいいのじゃ。とりあえず契約の更新をしておきたい。この内容でどうかのう?」
そう言って紙を渡してくる紫。
理央は契約書を受け取って、その内容を確認する。
それでわかる範囲では、特におかしい点はない。
おそらく、『このくらいなら安定して犠牲が少なかった』という程度の援軍を考えているのだろう。
何かあれば紫本人がなんとかする。と言いたげな表情をしていることもある。
ただ、本当に砦の国三つ分の契約がこの一枚に乗っていると思うと、ハートライト王国が周りと比べて突出しすぎているように思うが、功績を判断する限りではその通りである。
そして、その二つの国は、元帥といえる人物を他国に移動させる余裕がないのかもしれない。
「ああ、これで問題ないな」
特におかしい量でもないので、理央としては特にどうということはない。
「さて、あとは俺からの提案だが、いろいろ使えそうな兵器の資料を作っておいた」
理央はケースから紙束を取り出して、紫の前におく。
紫はそれを確認するが……。
「うーん……ワシはこういうのはよくわからんのう」
パラパラとめくるが、あまり理解しているとはいえないようだ。
ただ、特に反対意見を持っているわけではなさそうである。
童女といえど、軍のトップだ。兵器に対する知識がなければ務まらない部分があるはず。
疑問が頭に浮かんでいるようだが、『なんとなく使えそう』という判断はするはずだ。
(まあ、いろいろ提案はしているが、多分なにかあったら紫が殴ったほうが早そうっていうのがな……)
身体能力を魔力でブーストする技術に関して言えば、紫は驚異的と言える才能を持っている。
オーシャンモンスターとの戦いの最前線で、その力を奮ってきたはずだ。
理央の計算では、四亜人の四天王はほぼワンパン。同郷のクラスメイトたちに関しては、ブーストした上で見せる闘気に当てられただけで立てなくなる可能性もある。
兵器でチマチマ削るよりも、思いっきりぶん殴ったほうがいいだろう。
「うむ。とりあえず開発部に渡しておくが、これほどの情報がただでいいのかのう?」
「ああ。もちろん」
砦の国が強化されることは理央にとっても必要なことだ。
訓練を考えるとかなりの時間がかかるはずなので、何かやりたいときに間に合っていないと話にならない。
加えて、砦を港に改造するプランが頭の中にあるので、チンタラやるつもりはない。
「わかった。では、これは持って帰るとする」
そういって、紫は持ってきたカバンの中に資料を突っ込んだ。
「……む?この匂いは……」
スンスン。と鼻を動かす紫。
そして、その視線は扉に向かった。
「ちょっと見てくる」
紫はそう言って椅子から降りて、ドアを開けた。
そこには……。
「な、なんじゃそれは!」
オルバは幸せそうな顔で、クリームがたっぷりと盛られたクレープを食べていた!
「あ、紫ちゃん。きてたんだ」
「そんなことはいいのじゃ!なんじゃそれは!」
「これはクレープっていうんだって。紫ちゃんも食べる?」
そう言って、オルバはポケットから紙で包装されたクレープを取り出して紫に渡した。
紫は点線に沿ってそれを開封。
なかからオルバが持っているものと同じクレープが出てきた。
「おおおお!いただくのじゃ!」
そういって小さな口を開けて頬張る紫。
……口にクリームがついているが、紫くらいの年齢で初めてクレープを食べるのなら仕方がないとしておこう。
「美味しいのじゃ!」
「まだまだたくさんあるって料理長が言ってたよ」
「ならお土産でもらっていくのじゃ!」
そういって、オルバと一緒に廊下をすごい速度の早歩きで爆走して消えていった。
「……平和だな」
「そうだね」
エイドの呟きにアルテが頷いた。
「で、エイドはいいのか?」
「それって援軍の契約?クレープの話?」
「両方だ」
「まあ、援軍の量は以前と変わらない数値だし、言い換えればまだ安定している状態なんだろ。まあ、地中を潜ってきた個体もいるから何かあるかもしれないが、紫ちゃんがいるなら問題なさそうだしな……で、俺あんまり甘いもの食べられないんだよ」
そういってかなり青い顔になるエイド。
「何かあったのか?」
「昔、姉ちゃんが砂糖の甘さに感激して大量摂取したんだが、あまりにも気持ちが悪くなったのか、寝ている俺の顔面にゲロったからな」
「「……」」
「別に、甘いものが食えないってわけじゃないんだが、たくさん食べるってことにはものすごく抵抗がある」
「なるほど。よくわかった」
「エイドのウィズダム・セイヴァーズでの勤務年数を考えると相当昔の話かな。すっかりトラウマだね」
「ああ……」
まあ、人間には様々な偶然があるものだ。
その中でトラウマができたとしても不思議なことはない。
「まあそれはいいさ。話変えるけど……廊下を走るなって言われるけどさ。だからって同じ速度で早歩きしていいって意味じゃないと思うんだが……理央はどう思う?」
「規制したところで効果はないと思う」
「「なるほど」」
他人に迷惑をかけたとしても、ストレスのならない反応しか周りがしないのであれば、それを悪いとは思わない。
あの年代の子にはまだわからないことだろう。
さすがの理央も、子供ゆえにできないことというものはわかっているつもりである。




