第二十四話 おろかな契約
理央は再び管理局の建物を上がっていき、そして最上階ではなくその下の階に来て、一つの部屋に入った。
どうやら最上階の以前訪れた場所は四天王の専用会議室のようで、広さを考えれば『多数があつまる』という場面では使えない。
そのため、大人数が集まる場面では別の部屋が使われるのだろう。
「こちらになります」
理央を先導する女性が扉を開けたので、理央はとりあえず、魔法と魔力をうまく弄って、わかる者に対してわかる威圧感を振りまくようにしておくことにした。
その状態にしたうえで、中に入る。
壇上があり、それに対応するように席が用意されているようだ。
最初に見えた四天王は壇上に座っているが、椅子が五つ用意されており、真ん中を空けるような配置だ。
「む。理央か。ではここに座ってくれ」
アスラが迷いのない様子でそういった。
理央は内心で黒い笑みを浮かべながら部屋の中に入っていく。
視線を横に向けて確認すると、言うほど部屋が広いわけではない。
人数にして亜人と人間が合計で十五人ほどで、そのうち人間が十人というもの。
亜人たちの方は理央を見て、どこか納得している様子である。
(……いや、これは『慣れ』だな。いつの間にか協議と決闘が行われて、自分たちが知らない間に王が変わることに慣れている)
危険と言えば危険な話だ。
しかし、四つの亜人国家に関していえば、実力を示すことができなければ主権を主張できない状態だ。
王という称号が戦闘における最高戦力という意味であるならば、王というものは重要なのだ。
だからこそ、亜人たちは認めるのだ。
理央があらかじめ自分に付与しておいた威圧力なども働いていると思われるが、判断は各々に任せることにしよう。
どっかりと緊張感を感じていない様子を振りまきながら理央は椅子に座る。
「どうも、天道理央だ。よろしく」
ちょっと会ったから気軽に挨拶しよう。
そんな調子で自己紹介する理央。
反応としては十分だったようだ。人間たちの方がイライラしているように見える。
本来なら初手挑発をするつもりはないのだが、対等に付き合うつもりが毛頭ない連中に対して礼は不要だ。
すでに、東の経済を掌握していたといっていいエイドを手元に抱えている以上、どのような商会や貴族が傍にいたとしても怖いものはない。
「……君が亜人たちの新しい王。ということでよろしいか?」
ウィズダム・セイヴァーズの役員用の制服を着た男性がそういった。
その言葉に対して、理央は眉を動かす。
「ん?決闘では勝ったが、まだそうだといわれているわけではないんだが……ああ、まだ候補どまりってことか。いざとなればこれまで通りこの四人が王や権力者を続けるだろうからな。確かに新しい王の候補という意味では間違っていないし、俺自身が諦めるつもりはないから、その認識で間違いない」
確定ではないけどそれでいいよ。ということなのだが。挑発も混ぜて傲慢なセリフを連ねる理央。
男の方は眉間に青筋を浮かべた。
内心としては『コネで候補になっただけの若造が調子にのりおって』といったところだろう。
若いものを侮っているわけではないが、舐められたくはない人間は一定数存在する。
決闘で理央が四人を相手にして勝ったと思っていないのだろう。
「……何を企んでいるのか知りませんが、新しい王だというのなら、改めてウィズダム・セイヴァーズとの専属契約を結んでいただきたい」
「専属契約?」
「その通り。この亜人国家は、オーシャンモンスターから取れる素材市場の最前線。エレメント大陸の東を支配する販売網を持つ我々が買い取るにふさわしい。我々の販売網があれば、エレメント大陸の東エリアは大きな発展を遂げる。そして発展を遂げた時はさらに兵器が発展し、今よりも多くのオーシャンモンスターを犠牲を少なくして討伐することができる。とても素晴らしい契約なのですよ。この契約が結ばれず、もしも他の商会にわたってしまえば、東の発展は著しく衰えることになります」
言っていることは間違っていない。
その裏で何をするのかは別にするとしても、表向きの言い分は間違えていない。
オーシャンモンスターは海の外から攻めてくる特殊かつ強力なモンスターであり、二日に一回というペースではあるが、一度に攻めてくる個体数、そして浜辺での戦闘ゆえに、素材として価値がある状態で回収できる量は少ないのだ。
希少価値があるのは当然。
だが、販売網がなければ、もしもオーシャンモンスターの素材を優れたクオリティで活用できる工房があったとしてもそこまで届かない場合もある。
その工房をバスタードマーケットに移籍すればいいのではないかという意見もあるが、優れた技術者というものをわざわざ移動させたいと思うものは少ないはずだ。技術者というものは確かに重要ではあるが労働者であることに変わりはなく、稼いでいる以上、税金をより多く確保するための人材にもなる。
まあそういう政治的な部分は置いておくとしても、都合のいい配置というものは基本的に起こりえないだろう。
「……とりあえず、契約書を見せてもらっていいか?」
理央のその言葉に、散々説明していた男も、そして理央の横に座っている四天王も驚愕の表情になった。
「……前向きな返答、感謝しますよ」
「馬鹿言うな。破り捨てるかどうかを見てから決めるだけだ」
鼻で笑いながら返答する理央。
その言葉に男は再び表情をゆがませる。
……勝利を確信しているときにしか笑えないタイプの雑魚である。
「まあいいでしょう。すでに契約書は用意してあります」
そういって、自分が持ってきたカバンの中から紙とペンを取り出す。
理央が椅子から立ち上がって壇上から降りると、そばにいたエルフの少女が杖を振って、木で作られた小さな机を出現させた。
男がそこに契約書とペンを置く。
理央は契約書を手に取って確認する。
まず、一番下にはそもそも『ゴードン・エルギアス』と名前が記載されている。
目の前の男の名前だろう。
これは言い換えれば、この契約書に書かれている内容でウィズダム・セイヴァーズは満足しており、『これ以上は譲歩しない』という吹っ掛けた内容なのだ。
「理央さん。こちらがオーシャンモンスター関連の資料になります」
いつのまに、と思っているのはウィズダム・セイヴァーズの面々だろうが、ユーシルが理央の傍にいて、資料をこちらに渡してきた。
理央はその資料を受け取って、パラパラとめくる。
そのうえで、ゴードンが渡してきた契約書を見る。
一応、契約書をユーシルにも見せてみる。
「なっ……手に入れたオーシャンモンスターの素材を……これまでの三分の一以下での金額ですべて買い取る!?」
ユーシルとしても驚くほどの内容のようだ。
ゴードンは鼻で笑う。
「原価が高騰しては、才能のある若者が経営するものの、経験が浅い故に低予算という条件の工房に対して売るのは困難ですからねぇ。我々の計算ではこのくらいの変動は必要なのですよ」
「ふざけたことをいわないでください。どうせこの先もいつもの値段で売るつもりなのでしょう。差額があなたたちの懐に入るだけです」
「人聞きの悪いことをいいますねぇ……ですが、これを受けられないというのであれば、我々はこの町から完全に撤退します。このあたりはオーシャンモンスター関連で産業が発展していますが、食糧自給に関しては我々に頼っていますよねぇ。それで良いんですか?」
「~~っ!」
ゴードンのヘラヘラした挑発に青筋を浮かべるユーシルだが、ゴードンの方は余裕だ。
(なるほど、まあ、腹が減っては戦はできないからな……)
食糧事情という点で根っこを掴まれているのだろう。
実際、理央がホバーボードで爆走し、そしてイーストフレア王国で情報を集めた限りでは、東エリアは辺境に行くにつれて野生のモンスターの方が強くなるし、毒をまき散らすモンスターも多数存在するため、イーストフレア王国……とまではいかないが、かなり内陸の方で保存のきく穀物を大量に作ってこちら側に持ってくる必要がある。
四つの亜人国家は食料自給率が百パーセントをやや超えているといったレベルで余裕があるというわけではなく、ハートライト王国などをはじめとする砦の三国は、数字にして出すのも自重するほど壊滅的だ。実質、バスタードマーケットを有する亜人国家とかかわっているゆえに何とかなっている部分もあるだろう。浜辺を陣取っていても、そもそも海の底にはまだオーシャンモンスターがいるのだから漁業はできない。
「天道理央。と言いましたね。どうしますか?」
「……」
理央は特に何も言わなかったが、直ぐに口を開いた。
「……ゴードンさん。提案なんだが……ちょっとこの文をこの契約書に加えてもいいか?」
理央は内ポケットから小さな紙を一枚取り出すと、そこに念筆で追加事項を記載する。
そして、ゴードンにそれを手渡した。
「……はっ?……いろいろ書かれていますが……これでは我々の独占を認めているようなものですよ?」
「「「「!?」」」」
その言葉に、四天王が全員驚いた。
「理央。いったい何を……」
アスラが声を漏らすが、理央の表情は変わらない。
「俺はこれでいいのかどうかを聞いてるだけだ。で、どうするんだ?」
「……いいでしょう。どうやらあなたは我々にとっていいパートナーになりそうです」
笑顔で契約書に追加事項を加えるゴードン。
そして出来上がった契約書に、理央もサインした。
「ククク。それではまた会いましょう。これからもいい契約を結べるよう、期待しています」
そういって、ゴードンは自分の部下を全員引き連れて戻っていった。
そして扉が閉まると、理央は溜息を吐く。
「すでに不必要な素材の買い占め権限なんぞで舞い上がって馬鹿な奴だな。ウィズダム・セイヴァーズの寿命も長くなくて吸収される運命なのに、買い取り権限を組織から分割できないようにする契約を加えることに同意するとは……時勢が読めない奴だな。かわいそうに」
理央のよく通る声でそのセリフを聞いた亜人たちは、無論、一同驚愕であった。




