第二十三話 資料提出
理央は鬼である。悪魔である。鬼畜である。
「おい理央。俺を殺す気かお前は」
「俺が加減を間違えるわけないだろ」
「そういうことを聞きたいわけじゃねえよ!オーシャンモンスターが嫌う物質を混ぜた鉄の壁を用意するのはいい。そしてそこから上に掘り進めるのも、地属性魔法で削って、削った岩をマジックバッグに入れて、浮遊魔法で上に行きながら作業するのもいい。オマケに防腐処理が施された鉄製のはしごをつけていつでも降りることができるようにしているのもいい。しかも上に行くとき照明をつけてたからな。そこまではさすが理央だと思ったよ。アフターケアも抜群だ。だけどな。バスタードストリートに帰るときのホバーボードが時速千二百キロってのはどういうことだオイ!」
「音速の世界だ。楽しかっただろう」
「ドヤ顔で言うんじゃねえ!」
バスタードストリートの門の前で理央の胸ぐらをつかんで『いい加減にしろやゴルア!』と主張するエイドだが、理央は何の悪びれもなくドヤ顔で『楽しかっただろう?』と言っている。
これは鬼である。
魔法で風を制御しているとはいえ、ホバーボードで音速に突入して無事なのもアレだが、耐えてしまったエイドもエイドである。
ちなみに、ドルガンはまだ調査することが残っているそうなので置いてきた。
竜人なので翼があるから自分で帰ってくるだろう。
理央がみても『実力がある』といえるレベルということもある。オーシャンモンスターが通路の中に存在する可能性は十分考えられるのだから、実力があるものが選ばれるのは当然だろう。
というわけで、バスタードマーケットに戻ってきたわけだが、文字通りエイドに文句を言われていたわけだ。
「まあとりあえず、ドルガンに作ってもらったレポートを渡しに行くぞ。こういう情報を渡すのは速いほうがいいからな」
理央自身も資料作成ができないわけではないし、実際にレポートを作ったが、調査を任された者のレポートというものは重要なのでドルガンにも作ってもらった。
……理央が作ったレポートを見たときにものすごく悔しそうな表情だったので、問題はないだろう。
「はぁ、なんか疲れてきた」
「抱きついてただけなのにね」
「うるさいな」
鑑定スキルが優れているエイドは、『生き残る』ことはできても『勝つ』のは難しい。
全く鍛えていないわけではないが、理央とアルテが行える戦闘についていくスペックはない。
これが悲しい現実である。かわいそうに。
「ええと、管理局に行けばいいのか?」
「だな。受付に見せて対応してもらおうか。口で説明できる程度のことはレポートに全部書いてるし」
というわけで、理央の権限保証書とレポートを見せて、天使族の受付嬢に渡して対応してもらった。
盛大に驚いていたが、思ったほど混乱は少ない。
アルテは『あるじって結構オーラを出してるからね。管理局の人間くらい優秀となるとそこがわかるんじゃないかな』とのことだ。
ボロボロでみすぼらしい格好をしていても、背筋がしっかりと伸びていたらそれ相応に教育されている人間だとわかるのと同じことだろうか。
「で、これからどうするんだ?」
「エイドはこのあたりの経済情報を集めておくといい。そろそろ、アスラたちも決断するはずだ。それよりも前に『利権』ってものを考えてる人間が関わってくる可能性はあるが、いずれにせよ決めなければその手の人間も関わってこないからな」
「……利権ねぇ」
「オーシャンモンスターの素材は貴重だし、仕方がないね」
アルテもカバンの中で頷く。
「あ、そうだ」
理央は収納魔法の中に手を突っ込んで、一つのスイッチを取り出す。
それをエイドに投げ渡した。
「ん?なんだこれ」
エイドはそのスイッチを見る。
文字が刻まれており、『Billionaire』となっている。
「あ、僕はそのスイッチを使って、オーシャンモンスターを倒せたんだよ」
「なるほど」
「まあ情報収集中に何かあったら使ってみるといい。戦闘に特化した性能ではないが、基礎的な戦闘能力は大きく向上するようになっている」
「わかった」
エイドはスイッチをポケットに突っ込んだ。
「あれ、今使わないの?」
「ああ……ちょっと前にも言ったが、副作用はなくても、理央にとって想定外なことが発生する可能性はゼロじゃないしな」
「警戒してるなぁ。そこまで信用できないか?」
「信用してるさ。良い部分も悪い部分もな」
「いい返事だ。好きにするといい」
理央がそう言うと、エイドは理央の背を向けて歩いていった。
「……用心深いな」
「僕とは大違いだね」
というわけで、管理局一階のロビーにあるソファで本を読みながらくつろぐことにした。
「……あるじ。何読んでるの?」
「オーシャンモンスターの討伐記録をまとめたものだ」
「ふーん……ていうかあるじってブックカバーつけるんだね」
「表紙に傷がついてると気になるタイプだからな。ブックカバーをつけておけば変わりないからつけてる」
「そっか……でもあるじ、城の図書室で本を読んでたとき、パラパラと捲ってただけだったよね。あれで本当に読めてたの?」
「もちろん。動体視力は高いからな」
「あるじってメガネかけてるけど、目に負担をかけすぎたんじゃない?」
「そういうわけじゃないが……アルテは視力検査をやったことあるか?」
「片目を閉じて、リングのどこに隙間があるのか見るやつだよね。二年くらい前にやったことあるよ。地元の村の『ドクタースライム』に『アルテ君の視力は両目とも1.5だね』っていわれた」
思ったより見えてる。
「俺は両目ともに11.2だ。見えすぎて負担がかかるから視力矯正用にかけてるんだよ」
地球人類でいうと、理央を超えるものはマサイ族にしか存在しない。
「ウゲッ……凶悪的だね」
「実際に測った医師もドン引きしてたし、メガネを作る会社も『ちょっと作るのに時間がかかります』っていわれた。外したほうが見えるのは当たり前だが、俺の場合は負担が強すぎる」
「もしかして、ほかの感覚も優れてるの?」
「今は慣れているからいいが、昔は耳栓をつけて暮らしてた。周りが普段補聴器を俺がつけていると思って、仮につけてないときは大声で話しかけてくる子供が多かった」
「悪意がないから辛いね」
「まあ話せばわかってもらえたからいいけどな」
そう言いながら本をめくる理央。
「まあとにかく、しっかり読めるわけだ。でも、なんで今はじっくり読んでるの?」
「じっくり読んでるんじゃなくて、一体一体に対して頭の中で考えてるだけだ。まあ、あのカエルについてのページもあって、それと比較しているが……」
「が?」
「結論から言えば、最上級といえる個体でないのであれば、時間をかけていいならスペックの差でゴリ押しできる」
「そりゃすごい」
半ば呆れた用に本を閉じる理央。
すると、よこから資料を渡した天使族の女性が歩いてきた。
「理央様。四天王がお呼びです」
「……なるほど」
どんな結論に至っているのかはわからないが、ある程度予想はできる。
というわけで、それを確認する程度の気持ちで、理央は腰を上げた。




