第十八話 四天王
「で、エイド。よく爆睡してたな」
「ああ。なんかオーシャンモンスターが出てきてるなって思ったけど、理央がいるし問題ないかなって」
オーシャンモンスターであるカエルをぶっ倒して、警備隊が回収していった。
理央にカエルの処分をどうするか聞いてきたが、『金はいらんよ。代わりに、カエルがぶち破ってきた穴を調べる調査費用にでも当ててくれ』と言っておいた。
実際、それは必要なことである。
海から侵略してきて、砦で食い止めているはずのオーシャンモンスターが、よりによって亜人たちの交易場所のど真ん中に出現したのだ。様々な緊急用のマニュアルを引っ張り出してきて対応する必要があると判断したので、とりあえずそちらの調査を優先させた。
「で、俺が懸念した通りになったのか?」
「ああ。広場の真ん中に出現したからな。噴水がバラバラになってるだろ」
「あー……確かに」
エイドが広場を見ると、噴水だった残骸が散らばっている。
しかも戦闘の痕もくっきり残っており、文句のつけようがない。
「で、理央は何か狙ってるのか?」
「まあな。こんな砦から離れた場所にオーシャンモンスターが現れた。そして、それを一人の人間と文明種が倒してしまった。多分向こうからも接触してくるだろ。他のところに行かれる前に囲いたいって思うのは当然のことだ」
「……その時の話し合いで丸呑みしようってことか?」
「まあそんなところだ」
そういって黒い笑みを浮かべる理央。
どうやら容赦をする気はないらしい。
エイドは溜息を吐いた。
そして、そのままアルテを見る。
「……倒したのはアルテか?」
「とどめを刺したのは僕さ!あるじからもらったスイッチ?……とかそういうものを使って、盛大にパワーアップしたんだよ!」
元気な様子で本を読んでいるアルテ。
どうやら、ありとあらゆる情報を頭の中で並べて、それを処理することが可能になったことで、知識を頭の中に詰め込むのが楽しくなっているようだ。
「……何があったのか知らねえけど、まあ、ほどほどにな」
「エイドは欲しいのは言わないんだな」
「理央の目。アルテをめっちゃ観察してるぞ。使った場合の副作用はなさそうだが、さすがにな……」
「要するに警戒しているだけか。まあ味方だからと言って背中を見せないのは好印象だが」
理央はフフッと笑った。
味方というのは信用や信頼で結ばれるのは確かに理想ではあるが、まだあって一週間もたっていない人間だ。
実力を測り、思想を頭の中で反芻し、結論として付いていくことを決めるのは良い。
だが、それではひどく薄い関係になるのだ。
貴族と平民を一緒にするわけではないが、この世界の貴族は十五歳ならば社交界の場にたつだろう。
子供扱いされるが大人でもある。
生まれた時から村のために働く農民なら、大人と子供の境界もあいまいだ。
十七歳である理央も、おそらくほぼ同年代であるエイドも、子供ではない。
信用するのは良いが、背中を見せるべきではないのだ。
「……で、何コソコソしてるんだ?」
商店街を抜けたあたりで、曲がり角に声をかける理央。
エイドは理央が話しかけるよりも前にそこを警戒していたし、それはアルテも同様。
練度が低いというよりは、試されているのがわかった。
姿を現したのは、闇に紛れるのが得意そうな黒装束の男だ。
ただ、頭にかぶっている物と腰回りを見る限り、耳と尻尾を隠している。
獣人の暗部といったところだろう。
年齢を見る限り、理央よりも下だ。
ただ、幼いとはギリギリ言われない年齢といったところ。
「……お初にお目にかかる。私は案内人だ」
「案内人?」
「四天王が呼んでいます」
「……なるほどね」
竜人、天使、エルフ、獣人。
四つの種族の王たちを『四天王』と呼ぶ文化があるのは少し聞こえていたが、暗部の人間が使っているということは公式用語なのかどうかがまた曖昧になる判断材料である。
「どういう用件だ?」
「私はただ連れてくるようにと言われているだけです」
そういって、暗部の男は服の裏から布の袋を取り出す。
チャリンと音がするので、おそらく金をちらつかせて誘うつもりなのだろう。
「そんな金はいらないよ。俺もあってみたいとは思ってたんだ。用件を聞こうとは思ったけど、行くまで教えてくれないんじゃ仕方がない。こっちから喜んでついていくよ」
「……」
暗部の男は財布を服の裏に戻すと、理央を見据える。
次にエイド、そしてアルテを見た。
暗部本人の観察眼は、高いかどうかで言えば高いのだろう。
だからこそ……『計り切れない』となれば、それは単純に男の物差しが小さかったというだけのことだ。
「……私はグレーズ。付いてこい」
そういって、グレーズは理央たちに背を向けた。
理央はいい笑顔を浮かべながらグレーズについていく。
そしてそれに、溜息を吐くエイドと、正直興味がなさそうなアルテが付いていくのだった。
★
グレーズについていくと、バスタードストリート管理局の建物の裏口に到着する。
そのままグレーズが兵士に話して通してもらった。
建物の中に入って少しの距離にある階段を上がって、一気に最上階まで上がっていく。
豪華な作りの扉の前に立った。
「ここで待っていろ」
そういって、グレーズはその扉は通らず、横の通路を歩いて、その先の扉の奥に消えていった。
「……どれくらい待つことになるんだろうな」
「知らん」
エイドの質問をぶった切る理央だが、その目はとても楽しそうだ。
まあ、会ったこともない人間を相手に建国まで考えているのだから、正気ではないというのは確かである。
……大体十数分が過ぎたころ、再びグレーズが戻ってきた。
「四天王が中で待っている。私の後に続け」
「ああ」
そういって、グレーズは扉を開ける。
理央が続いて中に入った。
中では、円卓を囲うように四人の女性亜人が座っている。
「……?」
確か獣人は男性が王だったはずだが、何故座っているのが全員女性なのか……。
というかそもそも……。
(説明の時、グレーズが四天王に対して、『様』をつけていない?)
理央は円卓に座る獣人の女性を見た後で、グレーズを見る。
グレーズは目を伏せた。
「フフフ。どうやら分かったようですね。ユーシルはどう思いますか?」
「なぜ私に振るのですか?エンセル……まあいいでしょう。私たちに対する事前情報は少なくとも、どうやら観察眼は相当高いようです」
獣人の隣に座る天使エンセルと、エルフの女性ユーシルが頷きながら考察しているようだ。
「ふむ、これは試すとかそういうレベルの男ではないな。グレーズより断然上かもしれんぞ。オルバ」
「アスラ。私の夫のことを貶すのはやめてもらえません?」
竜人の女性アスラは切れ目の視線を向け、獣人の女性オルバはそんなアスラに視線を向けるが、撤回する様子はない。
(軽いな……)
理央はそう思う。
ただ、よくよく考えれば獣人以外はいずれも長命種と呼ばれる寿命が長い種族だ。
関わりは長いのかもしれない。
そして、雰囲気もまたバラバラ。
着ている服装なども含めて表現すれば、
天使のエンセルは『微笑の母親』
竜人のアスラは『長女肌の軍人』
エルフのユーシルは『冷静沈着な次女』
獣人のオルバは『子供っぽい末っ子』
といったところだろう。
「それで、一体何のようだ?」
「まあそう急かすな。せっかくオーシャンモンスターを単独で倒せるほどの実力者が現れたんだ。囲っておこうって思うのは普通だろう」
たしかにそれは普通だ。
「そうだな。たしかに普通だ。だからその普通に対して返答するが、俺はオーシャンモンスターと戦う気はあっても、亜人国家に属するつもりはない」
「……!」
理央の微妙な言葉の選び方。
そこに引っかかりを感じたのは、どうやらユーシルだけだった。
エルフ故に長い耳がピクッと動いたが、それ以上の主張はない。
「ほう?じゃあ単刀直入に聞こうか。理央。お前の目的は一体なんだ?」
アスラが聞いてくる。
「まあ、口にすれば簡単な話だ。俺は新しく国を作りたい。というわけで、あんたたち四つの種族の『王位の移動パターン』を教えてほしい。すべて俺がさらってやろう」
理央は最大の黒い笑みを浮かべた。




