第十三話 天道理央の夜逃げ
小百合と温香とアルテの三人が本を読み比べて、理央がパラパラと本をめくるだけという、すごく温度差がある空気になったことを除けば、図書館で行われた情報収集は有意義なものになったと言える。
たまに理央が三人の話に対してツッコミを入れたりしているが、明らかに桁が一つ違うだろ。というデータで残っていたりするので、そこにかんしてはしっかり注意しておかないとすべての数字が狂ってしまう。
もちろん、それらのデータを的確にこれからの行動に結びつけるような訓練を小百合と温香は積んでいないので、可能な範囲といえばあやふやな予定になるのだが、イメージというものは大切である。
それはともかく、情報収集は終わった。
そして夜。
「まさかメイドさんを介して俺に渡すとはな……」
薄いながらも頑丈なケースに入れられた通行証を見て、理央は苦笑する。
「貴族派に知られないように渡す必要があるから、メイドさんなら大丈夫と思ったのかもしれないし」
「人間も派閥っていうのは面倒だからな。とはいえ、競う相手がいないよりはマシだ。これからもバーンズ国王には胃薬片手に頑張ってもらわないと」
「今のところ、生徒たちはチームとしては三つに分かれてるよね。『宝生組』『赤座組』『白雪組』だったかな。これからはこの派閥の取り合いになるのかな?」
「まあ、宝生あたりが貴族派に引っ掛けられてるから、追い出されて小百合と温香の二人があと二つのチームに分かれる可能性もあるけどな」
「そうか。あるじを除けば九人だから、一人いなくなったら八人で丁度二つに分かれるもんね」
「いずれにせよ。俺は東を目指すだけだ」
夜に兵士の目をかいくぐって、城から抜け出す理央。
そして壁を飛び越えようとしたときだった。
「こんな時間にどこに行くんだ?天道」
「……赤座か。よくわかったな」
振り向くと、赤座が壁に背中を預けるようにして立っていた。
「質問に答えろ。どこに行くつもりだ?」
「東」
「……」
簡潔に答える理央に対して、頭の中でいろいろ考えている様子の赤座。
「荷物も持たずにか?」
「俺の『開発速度』を甘く見ていないか?収納魔法くらい作っているに決まっているだろう」
「ま、お前ならそうだよな」
何かを諦めたような表情になる赤座だが、そんな彼にも主張はある。
「白雪をどうするんだ?お前が急にいなくなったら、絶対に悲しむだろ」
「それなんだが……」
理央は赤座の質問には答えず、収納魔法の発動点である黒い穴を作り出してそこに手を突っ込んだ。
そしてケースのようなものを取り出す。
そしてそれを、赤座の方に放り投げた。
「おっとと……急に投げんなよ」
「まあ開けてみな」
「……」
ケースを開けてみると、そこにはモバイルバッテリーのようなものが九個あった。
そして、それに接続するコードも九本入っている。
「……これって」
「ああ。俺たちが持っているスマホの充電器だ。魔力を電気に変換するマジックアイテムを作って、それをうまく繋げて充電器にした」
「まあ、確かに充電できればメモ機能と電卓が使えるけど、そもそも圏外だから……はっ?」
実際に充電ができるのかどうかを確かめるために、自分が持ってきたスマホに接続しようとする赤座。
だがそれよりも前に、『通信が可能であること』に気がついた。
「天道。お前、何をしたんだ?」
「完全魔法制御の衛星を飛ばした。それだけのことだよ」
簡単そうに言う理央に絶句する赤座。
「これがあれば電話が通じる。あ、通話料は無料だぞ。異世界だからな」
「……はぁ。とりあえずこれがあれば、白雪はお前と電話ができると」
「冬美の対応をお前たちに押し付けたりしないさ。で、他になにか言いたいことはあるか?」
「……もういいや。なんか疲れてきた。どうせ今生のわかれじゃないんだし、俺はもう気にしねえよ」
そういって理央に背を向ける赤座。
「お前はもうさっさといけよ。クラスメイトは俺がなんとかする。宝生には任せられないからな」
「宝生では無理と考えているとはな。英雄の資質はあるだろ。アイツ」
「わかってること言うな。あの空気読めねえ馬鹿がなれるのは、よくて神輿だ。汚い商売も、倫理観のない政治も出来ねえだろ。そんなんじゃ、皆によく見える討論の場で騒ぐ役者にしかなれねえよ」
「意外とよく見てるんだな。俺のことは全然測りきれなかったくせに」
「うるせえな……またな。理央」
「ああ、亮平。おそらく次に会う日はそう遠くはない。驚くような話をたくさんしてやるから、楽しみにしてくれ」
そういって、理央は自分の足に付与魔法をかけて、城壁を飛び越えて行った。
庭に残された赤座は、深いため息を吐く。
「……俺が抱えられる程度の困難はすでに卒業済みってわけか。苛つくなクソッ」
★
「ねえねえあるじ。実際に東に行くっていってもかなり遠いけど。どうするの?」
「もちろん歩いていくほど馬鹿じゃない。転移魔法があれば良いんだが、なんかどう計算してもたどり着けなかったからな。無い物ねだりしても仕方がないし、これを使う」
王都の門をくぐって街道に出た理央は、収納魔法の穴に手を突っ込んで引き抜く。
中から出てきたのは、四つの角が丸みをおびた板である。
金属でできているように見えるが、理央の様子を見る限り、見た目ほど重さはないようだ。
板の側面には魔法陣が等間隔に敷き詰められている。
「何それ」
「風魔法を利用して移動する一人用の乗り物だ。最高速度は時速三百キロを超える」
「そりゃすごい!」
「もっと速度を上げることもできるんだが、まあ、適当に作ったものだからその程度でいいかなって」
「お、おお……なるほど」
というわけで、板を地面においてその上に立つ理央。
魔力を流し込むと、底面に存在する風魔法の魔法陣が起動して、周りの草をなびかせながら板が浮いた。
「おおっ!浮いた!」
「まあぶっちゃけホバーボードだからな。浮かないとヤバイ」
「でも大丈夫?板と足を固定できるパーツがないみたいだけど」
「当たり前だろ。時速三百キロだぞ。固定して事故ったら足がもげる」
「の前に体がバラバラになりそうだね。だから固定器具がないわけか」
「そういうことだ。というわけでさっさと行くぞ!」
魔法陣を更に起動させて、後面の風魔法を起動した。
そして、魔法を使って靴の摩擦力を引き上げてしっかり踏み込む。
ロケットスタートで出発した。
「うひゃああああああ!はやいいいいいいいい!」
「ハッハッハ!日本じゃ車では出せない速度だからな。全力で行くぞ!」
「あるじ!これ壊れたりしないよね!?壊れて転倒したらまじで体がバラバラになるよ!?」
「俺は受け身も天才だから大丈夫だ。魔法込みで無傷だぞ!」
「嘘でしょ!?」
「だって最終的には俺だけジャンプしてこれをモンスターにぶつけるっていう攻撃に使うからな」
「鉄の塊で三百キロ出すんじゃなあああああい!」
馬車と比べれば圧倒的だろう。そもそもここまで速度を出そうとしても恐怖を感じてできないものだっているはずだ。ちいさな乗り物はそんなものである。
風魔法を使って空気の位置を調節しているので空気抵抗もなく、マジで早い。
どういうものかを正確にイメージする力がある理央とは違い、アルテにとっては純粋に絶叫マシンだ。
肩からかけられているカバンに入っているだけなのだからそりゃ怖いに決まっている。
「アルテ。東に行けば早速俺も力を見せつけていくからな。まずはエイドと合流だ。通行証にはご丁寧に、俺の責任で五人までなら一緒に移動できる権限まで書かれてる。いろんなやつがいるだろうし、楽しんでこーぜ!」
「速度を落とせええええええ!落ちるううううううううう!死んじゃううううううう!」
絶叫するアルテと、楽しそうな様子の理央。
正反対だが、理央の方に容赦する気持ちがない以上、アルテが耐えるしかない。
……頑張れ、アルテ。




