第十二話 情報は大切だから図書館がある。
城に帰ってきた理央。
何をするかと思いきや、自室にこもって、一辺が三十センチほどの立方体を作って、その中に様々な溝が刻まれた部品を詰め込んでいく。
「……できた」
満足そうにうなずくと、それを窓の外に放った。
すると、超高速で空の彼方へと消えていく。
「……ねえあるじ。さっきの何?」
「ん?あ、アルテお帰り」
「ただいま。で、さっきのっていったい何?」
「まあ、補助アイテムみたいなもんだ。ちょっと説明するのが面倒だから勘弁」
「わかった」
「アルテはやっておきたいことは済ませたのか?」
「うん。もう終わったよ」
アルテの方も用事は済ませたようだ。
「これからあるじはどうするの?」
「図書室に行ってみる。特に歴史だな。オーシャンモンスターが現れた正確な時期は分からないが、何かつかめるかもしれないし……まあ、大体は処分されていると思うけどな」
そういって、鞄にアルテが入ったのを確認して、理央は部屋を出てそのまま図書室に向かった。
途中歩いているときに兵士や騎士団に会う。
この城では、兵士と騎士で派閥が違うそうだ。
兵士が貴族派、騎士団が王族派とされている。
城の中でも派閥が入り混じっていて問題がないのかという意見があるかもしれないが、そもそも中央に権力が集まりすぎるとそれはそれで問題が出てくるのだ。
中央集権制として集めることそのものは良いのだが、あまりにも強くなりすぎると、官僚という立場が持つ力が大きくなってしまい、試験などの採用難易度も高くなっていく。
それが行きついた先には、紙に書かれた問題を解く訓練ばかり行った人間たちがはびこる巣窟だ。
言い換えれば官僚として求められる力を何も持たないものが上に立つ。
それは不味いので、他にも道が必要なのだ。
それはそれとして、兵士と騎士団の雰囲気だが、貴族派である兵士からの目線は少し見下したものが混じっている。
騎士団は少数精鋭であり、ミーティアが元気になっているところも見ているようで、理央に対して一定の評価をしているようだが、兵士たちはそうではないのだろう。
ミーティアの容体がよくなったのは知っているが、そのポーションを理央が持ってきたというのは知らされていない様なので、彼らにとって理央は『ギフトが与えられなかった弱者』なのだ。
(……まあ、人の印象がそう簡単に変わるわけないか)
ミーティアの体をポーションで治したことは『簡単ではなかった』ため印象が王族派の中で変わったのである。英才教育を受けているミーティアの政治的な実力はまだ十六歳ながら発揮されているようで、死んでほしいとは言わないがおとなしくしてほしいと考えている貴族が多数いることは事実なのだ。
誰だって、年下から苦杯をなめさせられたら思うところはある。
それを次に活かすかどうかはともかく、理央が観察している限りでは思ったよりストレスのレベルが低いので、『成功した時は自分の実力。失敗した時は運が悪かっただけ』と考えているものが多いのだろうか。
最も、それが一番ストレスの少ない精神構造であることも確かであり、なにより『人間らしい』ので理央は否定しないが。
「図書室はここか」
「三階部分のかなりの広さを使っているね。まあ、図書室ってレベルだけど王族も使うかもしれないし、あらかじめ保管しておいた方が調べやすいのは当然だね」
アルテの言葉に内心同意しながら、理央は図書室の中に入る。
図書室という環境故に静かな空間である。
理央は一度眼鏡のブリッジを押し上げて、中に入っていく。
本棚が多数並び、多種多様な本が並んでいる。
歴史の棚に近づいたとき……。
「んっ……あとちょっとっ……」
小百合が本棚の高い所にある本を取ろうと頑張っていた。
大きな胸を本棚に押し付けて頑張っているのを見て溜息を吐きそうになったが、理央はその後ろに立つと、小百合の目線から何が欲しいのかを察して本を取る。
「あっ……え、理央君。なんでここに……」
「この付近で調べ物をするならここが一番だからな」
「まあ、主はここに来るのは初めてじゃないけどね」
なお、既に理央は小百合たちにアルテを紹介しているので初対面ではない。
理央は手に取った『魔人考察』という本を見る。
何かが気になったのか、パララララッとパラパラ漫画でも見るかのように一度最初から最後まで見る。
その後で小百合に渡した。
「で、何を調べに来たんだ?俺はオーシャンモンスター関連だが」
「私は結構幅広くかな。常識や動植物が地球と異なる場合があるし、そもそも空気中に魔力が漂っていたりとか、山そのものに魔力が宿っていたりすると、地球だと考えられない生態系が産まれる可能性があるし……」
「まあ、生態系に関しては弱肉強食は地球と変わらないと思うが、確かに生態系は調べておいて損はないか。で、息抜きに魔人について調べようってことか?」
「うん。私たちが目指すべきところだからね。やっぱり調べておいて損はないかなって。ただ、話を聞く限りだと、そもそも魔人は一体しか確認されてないんだよね。その魔人が、『魔人は十体いる』と発言したから、今はその情報が広まってるけど」
「ああ」
この魔人考察の本にもそう書かれていた。
「温香ちゃんも一緒に調べてるから、理央君も来る?」
「……宝生は?」
「兵士長と訓練中だよ。かなり積極的にかかわってきたんだよね。ただ、副長さんがこう……なんていうか……」
「デブで巨乳好きだからね」
本人がいないからとアルテの発言が自由すぎである。
「ま、まあ、そんな感じで、逃げてきたって感じかな。温香ちゃんが上手く正樹君を誘導して、今は兵士長と副兵士長の二人と一緒に訓練してる」
「なるほど」
ダンジョンでグレイテスト・ラヴァ・ドラゴンに何もできなかったのが悔しかったのだろうか。
真意は不明だが、訓練していることそのものを責めても意味はない。
理央と小百合とアルテはテーブルがある場所に行く。
そこでは温香が本を読んでいた。
「……!理央君も来たの?」
「ああ。主にオーシャンモンスター関連で調べに来た。何をしていたのか、何ができそうなのかって情報があれば楽だからな」
理央は城の中という国の重要な場所で活動していれば、ある程度軍事力は分かってくるのだが、さすがに東端にいる国家の技術力は分からない。
「理央君ならすでに調べていると思うけど、オーシャンモンスターって、今の私たちにどうにかできる?」
温香が聞いてくる。
ただ、ここで首を横に振ったのはアルテだ。
「無理だと思うよ?そもそも女神からもたらされた召喚魔法陣をこの国の人間が使いこなせるように調節した技術が、とある貴族の一子相伝の技術らしいんだ。そっちの利権や事情を考えれば、おそらく召喚された勇者たちは政権争いに巻き込まれて、東に行くことすらできないと思うよ。オーシャンモンスターと戦えるかどうか以前の問題だね」
「え……」
アルテの説明に驚く小百合。
温香は頷いた。
どうやらそのあたりの事情を調べていたようだ。
「まあ、そこに俺は該当しないがな」
「え?」
「だって俺。貴族から雑魚扱いされてるし」
「あ。そっか」
「この世界はスキルの影響がかなり大きい。私はあれから鑑定スキルを手に入れたし、私以外の生徒もギフト以外にもいろいろなスキルを手に入れた。でも、理央君だけは何のスキルも持ってない」
「そ、そうなんだ……」
魔力が体内に存在するゆえに、特定の動きを繰り返すことで身につく『スキル』がこの世界にはたくさんある。
ただ、魔力をどう使うのかという点が違うだけで、魔法もスキルも広義的にはほぼ同じ。
剣術スキルだろうと何だろうと全て魔法で再現できるのであれば、スキルなど不要なのだ。
「いずれにしても、このままだと私たちは貴族派に流される可能性がある」
「何か不味いの?」
「貴族派は王族の力をそぐために日々暗躍していると聞く。もちろん王族派に属する貴族もいるけど、やっぱり細かい部分には目が届いていない。あと、五大国の中でイーストフレア王国が優れていると考えている貴族が多くて、他の大国に対して圧力をかけようとしているところまでいる」
「根拠はあるの?」
「ウィズダム・セイヴァーズというチームがある。もともと戦闘チームだったけど今は商売組織になっていて、かなりの実力を持っている。業績が常に上がっているみたい」
「そんなチームがあるんだ」
「そして、このチームには貴族派に属する者たちが多く所属してる。多分、ウィズダム・セイヴァーズほど発展し続けて、各地に影響力を持っている組織が他の大国に存在しないことが原因」
「よく見てるんだなぁ……」
「昨日、冬美たちと本店に行ったら大慌てだったぞ」
「私もそこまで聞いてるけど、何故なのか私にはいまいちわからない」
まあ、一人の人間が完全に支えていたなどという漫画みたいな話は、温香にも想定外なのだろう。
見るべき部分はかなり見えているが、それでも限界があるようだ。
「とはいえ、私たちも身の振り方を考えないといけない。そのためにも幅広い知識が必要になる」
「わかった。冬美ちゃんたちにも言った方がいいかな?」
「……時雨とリリーはともかく、冬美には言わない方がいい。きっと混乱する」
「それもそうだね」
確かに良くも悪くも素直な子なので、冬美には伝えない方がいいだろう。
「まあ、とりあえず調べるか。俺は本棚から適当に選んでるよ」
そういって、理央は本棚の方に歩いていった。
「ねえあるじ。今の段階で何かわかることある?」
「……魔人考察って本だが、ダイヤモンドの杖を操る白の魔術師と言ってたな。名を名乗ることすらなかったって話だが……十一体目がいるっぽい感じがする」
「?」
理央のつぶやきの『意図』を理解できないアルテだった。




