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第十一話 影響はすでに……

 遅くまで出るわけではないといった理央だが、実際にはかなり帰るのが早かった。

 とりあえず残っている金貨や銀貨を使って、新聞や広告、辞書や辞典など、とにかく『情報や常識を認識できそうなもの』を洗いざらい揃えて、鞄に詰め込んで城に戻っている。


「あるじ。今日は何をする予定なの?」

「昨日に引き続き自由時間だからなぁ……」

「あれ、そうなんだ」

「ダンジョンから持ってきた素材があまりにもヤバかったからなのか知らないけど、扱いに困っているといったところか」

「どんな意見が分かれてるの?」

「このエレメント大陸が達成すべき悲願として、オーシャンモンスターを倒し、魔人を討伐して海を取り戻すというものがある。圧倒的な戦闘力を持っている勇者を一刻も速く前線に送り込んで、魔人討伐の手柄が他国にわたる前に独り占めしたいと考えてる『討伐派』と、ダンジョンならまだしも、最前線となればまだ時期尚早だから、この世界で生きていく常識や、強大なモンスターを相手に戦う連携などを教えて万全な状態にしたいと考えてる『教育派』の二つに分かれてる」

「え、そこまで知ってるの?」

「俺は一般人よりも耳がいいからな」


 ついでに言えば、おそらくミーティアが快感にベッドで暴れている間、冬美、時雨、リリーの三人と話していろいろ聞いてみた。

 小百合と温香からも話を聞けたので、その話を総合的に判断すると、『討伐派』と『教育派』に分かれているのがわかる。


「どっちが最適かは……考えるまでもないね。教育派だ」

「ああ。オーシャンモンスターの強さがどれほどのものなのかは文献でしかわからないが、召喚された勇者たちがいるからと言って簡単に倒せるわけがない。そもそも、ギフトが与えられたのは良いが、効果そのものはスキルと同質だ。これまで同じスキルが全く出現しなかったなんてことはあり得ない」

「そうだね。まあ、それ以上に『常識』が重要かな」

「ああ。魔法という圧倒的な出力を有する力を持ちながら、常識を知らずに生きるとなると……詐欺師の罠で世界を滅ぼしかねないからな」


 いろいろ理由はあるものの、基本的に『まずは学ぶことからだ』と考えてはいる理央。

 ……それを自分に適用しようとするのかどうかは別とするが。

 部屋に戻ってきて買ってきた資料を机におくと、ドアがノックされた。


「理央君!私だよ!」


 冬美のようだ。あと、廊下で大声を出すのはやめなさい。

 理央が開けると、そこには爛々と輝く瞳の冬美がいた。

 ……なにか楽しいことでもあるのだろうか。


「理央君!今日は買い物に行くよ!」

「なにかほしいものがあるのか?」


 理央が聞いてみると、冬美は『うーん……』と腕を組んで考え始めた。

 数秒経過して、ニッコリ笑顔にかわる。


「……ないよ!」

((ないんかい))


 これ冬美の標準だ。

 目的があるわけでもないのに何かを強烈にやりたがる。そしてその何かはだいたい、誰かを誘おうとするのだ。ちなみにその誰かというのは多くの場合、理央か時雨かリリーである。


「私は買い物に行きたいんだよ!わかったら返事!」

「……わかったわかった」

「返事は一回!」

「ああ」

「むー。なんだか乗り気じゃないね……そうだ。私とじゃんけんをしよう。私が勝てば一緒に行ってもらうよ!」

「ん?ああ、まあいいけど」


 それを聞いて笑顔……というか、ニヤニヤし始める冬美。

 なにか必勝法でもあるのだろうか。


「いくよ理央君!最初はパー!よしかっ……負けたあああああ!」

「ブフフッ!」


 完全に遊ばれている冬美に吹き出すアルテ。

 理央はチョキを引っ込めてズボンのポケットに突っ込むとドヤ顔になった。


「その程度で俺に勝てると思ったら大間違いだぞ」

「むうううううう!」


 悔しそうな様子の冬美。


「まあ、それはいいや。買い物に行くか」

「む?……うん!一緒に行こう!時雨とリリーを誘ってるからちょっと待っててね!」


 そういって走り去っていく冬美。


「廊下を走るな。のポスターが必要かもしれないな」

「城の中の雰囲気が崩れるから却下されると思うよ」


 アルテの呟きに内心で同意して、理央はとりあえず準備するのだった。


 ★


「理央君!知ってますか?みかんに海苔をまいて醤油をつけて食べるとイクラの味になるんですよ!」

「知ってる」

「むう。物知りですね」

「五段階中のレベル三くらいだと思うわよ?」

「まあ、多分冬美のなかでなにか感激することがあったのでしょうね」


 城を出てすぐである。

 冬美が聞いてきたので普通に答える理央だった。

 時雨のレベル評価はともかく、リリーの言うとおり、冬美の中で何かしら感激するものがあったのかもしれない。

 ちなみに、全員が民双高校の制服を着ている。

 理由は単純で、布の研究が現代ほどすすんでいないため、着心地に圧倒的な差があるのだ。

 大国の城のともなれば洗濯関係のスキルがあるものの、普段は洗濯機に放り込んで洗剤を入れるだけの生徒たちに正しい選択方法などわからないので、理央がメイドを経由して伝えている。

 そのため、一応洗濯したての制服を毎日着ることは可能になっているのだ。


 とはいえ、ダンジョンに行ったときは流石に騎士団が用意した戦闘用の服を着ていた。こればかりは仕方がない。

 ただし、外で歩くとなれば着心地というものはモロに差が出てくるので、ストレス軽減のために着ているのである。

 文明レベルを考慮するとそこそこ目立つものの、流石にこの世界でもスーツは存在し、かなり発展しているのでそこでなんとかごまかしたいところである。


 ちなみに城を出るタイミングで、アルテが『ちょっとこの街でやることがあるから別行動させてもらうよ!』といって離れているため、理央は三人と行動することになった。


「それで、どこにいくのかしら。全く決めていないからいないのだけど」

「どこにしようかなてんのかみさまのいうとおり。あそこにしよう!」

「やめておけ。風俗店だ」

「そうですね。では、どこか武器や防具、ポーションなどが売られている大型店にも寄ってみますか?日本では絶対に見られない光景ですし」

「む!それもそうだね!そっちにしよう!」


 冬美がすごい笑顔で賛成したので、理央と時雨とリリーは子守を開始した。

 ……子守というのは両親が留守の間にその子供の面倒を見ることなので正しい使い方ではないが、ゴロとしてなんとなくしっくり来るのでそう呼ぶことにする。特に大きな意味はない。


 最初に向かったのは、王族直下商会。インフェルノートの本店だ。


「おおっ!なんだか……」


 冬美が店を見て目をキラキラさせている。


「とてもおおきいですね!」


 冬美に語彙力を一瞬期待した理央が馬鹿だった。

 とはいえ、インフェルノート本店は四階建てである。

 理央たちは地元が田舎なので、大型店と言っても二階か三階くらいだった。もちろんフロアの広さは大きく異なるものの、高さがあるということに異論はない。


「なんだかすごく食べ物の匂いがしますね」

「二階に武器や防具が売られているみたいだが、一階には食材や木材、調合用の材料とかが売られてるみたいだな」


 説明する理央。

 ちなみに、エイドの家で素材が揃ったわけだが、足りなければ寄ろうと思っていた店でもある。


「王族直下ということだけど、なんだかすごく素材的ね」

「なおさらかもしれませんよ」

「だろうな。おそらく普段から食材はこの商会が関わってるはずだ。特に保存しやすい食材を集めておけば、災害が発生した時に王族が金を出して、この商会から食料を買い取って配ることができるからな」

「あ、確かにそうね。だからこそ王族直下」

「備えあれば憂いなし。ということだね!」

「まあ、そんなところだな」


 実質的に王族という団体の下位組織ではあるが、そういう金の動きは必要である。

 中に入ると、色とりどりの食材が並んでいる。

 氷属性と風属性を合わせたマジックアイテムが使われているようでちょっと寒いが、食材の新鮮さを考えるならば必要だろう。

 缶詰のように、食材を入れた上で完全に密封し、加熱して細菌を死滅させるという発想がそもそもないはずだ。エイドが説明する限りでは、神聖国は召喚された勇者がもたらした発想を蓄えているそうなのであるかもしれないが、まだ研究している段階だろう。


「おおっ!美味しそうだね!」

「内陸部だから魚介類はあまりなさそうだな。あと穀物の割合が多い」

「野菜や果物もたくさんあるわね。奥には肉もある」

「ただ、やはり香辛料が少ないですね。販売しているスペースを見る限り、ある程度の量はあっても、やはり貴重品なのでしょうか」

「むむっ?でも塩が多いね」

「城での食事でもしっかりした量が使われていたからメイドさんに聞いてみたけど、王国の西側に塩類平原があるそうよ」

「えんるいへいげん?」

「通常よりも塩分濃度の高い湖が日光で干上がってできたものだ。地球だと広さ一位の塩原がボリビアにある」

「ほー!……海からしか取れないと思ってた」

「……」


 理央と時雨とリリーは『多分この子、岩塩を知らないだろうな』と思ったが突っ込まないことにした。


「何か買っていこうかな〜。地球の料理を食べてもらいたいよね!」

「……」

「どうした?時雨」

「冬美はペペロンチーノを作る場合、麺を茹でる時に塩じゃなくて砂糖を使うからすごくお子様風になるのよね……」

「冬美らしいな」


 甘党と言いたいわけではない。『お子様風』という言葉に同意した。


「で、何か買っていくか?」

「むー……保留にする」

「あら、めずらしい」

「他にも店はあるからそっちにも寄ってからにする」

「なら、まずはこっちでいろいろ見ていくか」


 ということで、二階の武器や防具が売られているところにも行ってみたが、ウィズダム・セイヴァーズに行ったときほど揃っているわけではないようだ。

 ただ、あちらよりもかなり格安で、それ相応の質が保証されたものが並んでいるので、冒険者を始める人間には使いやすい店と言える。

 国であれば冒険者ギルドともつながりがある筈で、わざわざ王族直下で商会を作るのだからそういったニーズには応えられるようにできているのだろう。


 結果的に、バーンズ国王が宝物庫を開放して手にした装備を握る生徒たちの目に止まるものはなかった。


「従業員の皆さん。なんだかすごくいい雰囲気でしたね」


 冬美とても笑顔だ。本心からそう言っているのがよくわかる。


「そうね。まあ、理央に怨念が宿っていそうな目を向けている人も多少いたけれど」

「まあ、それくらいは許容するさ。相対評価を考えれば当然だ」


 理央は頷く。

 時雨とリリーと冬美はカテゴリがそれぞれ異なる美少女だ。

 そんな三人と一緒にいる理央に視線が刺さるのは仕方がない。

 とはいえ、理央自身がいつでも喧嘩を売ってきても歓迎するスタイルなので、それに対して不快感を感じないのである。

 感じたとしても、それに対して何故不快感を感じるのかに対して解析欲求が働くため、客観的な思考になってしまうのだ。


「次はウィズダム・セイヴァーズのところに行ってみようよ!」


 ということで、四人はウィズダム・セイヴァーズの本店に向かった。

 昨日も行った場所だが、いうほど否定するようなことでもない。

 三人寄れば文殊の知恵ともいうので、なにか新しい発見があるかもしれない。

 ……そういう点に関しては冬美を最初から戦力外としているが。


「……む?なんだか慌ただしいね。裏側が」


 とはいえ、まず表に売られているものではなく従業員を見るあたり、冬美としても普段から何も見ていないわけではない。


「そうですね。商品の並びも思ったより少ないですし……」

「裏では怒号まで響いてるわよ。何かあったのかしら……」


 商品の並びは悪く、昨日はカウンターに常にいたスタッフも鈴を鳴らさなければいない状態。

 理央の頭の中で素材分布を展開した結果、王都から近いものだけが多く並んでいるだけで、遠いところとなると在庫がほぼない様子だ。


 雑な表現になるかもしれないが、まるで『マニュアルとベテラン従業員がごっそりいなくなった』かのようになっている。

 とにかく『遅い』のだ。


(うーわ。影響出るの早いな……)


 本当に一人で回していたのではないかと思うほどだ。

 とはいえ、日本と比べれば商売人も消費者も断然少ないし、実際に販売を行っていたのはスタッフだ。

 ウィズダム・セイヴァーズは商業組織なので、書類整理ならなおさら毎日することはほぼ変わらない。

 念筆スキルがあれば執筆時間が本来の数百分の一に抑えられると言っても過言ではないし、表計算ソフトレベルとはならなくても、本来なら十分以上時間がかかる作業をワンクリックで行うような公式を作ることは経験を積めば可能だろう。


(こんな漫画みたいな大混乱が現実で起こるとは……ツバつけておいてよかったな)


 エイドに何かしら強大なスキルがあることは明白だ。

 理央に何を見出したのかはともかく、関わっておいて正解だった。


「むう……今日はやめておこっか。インフェルノートで食材を買って城に帰ろう」


 冬美がそう言った。

 他の三人としても異論はない。その気になれば城の図書室で時間を潰せる。

 店を出て、理央は最後に一度振り返った。

 特に上の階になるにつれて、慌ただしいことになっている。


(……ま、エイドが言うにはそのうちインフェルノートに吸収されてなんとかなるみたいだし、俺がとやかく言うことじゃないか)


 エイドのことだし、インフェルノートにマニュアルを売って東に行くための金を得ているかもしれない。

 念筆があればマニュアルの作成そのものは可能だろう。紙の枚数が膨大になるかもしれないが。

 ただ、すぐに東に行くと言っていたからこの国に愛着があるわけではなさそうだが、必要以上に国民が困ることは後味が悪いと考えているだろうと理央はエイドの内心を察している。


 結果的に言えば、ウィズダム・セイヴァーズという箱が分解されるというだけで何も問題はないのだ。

 最後にため息を吐いて、理央は三人について城に帰っていった。

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