プロローグ 天道理央の主張
天才というのは要するに運が強いのだ。
運が強いからこそ、少し聞いただけで授業を覚えて理解する脳のスペックが存在し、スポーツを見るだけでプロ以上にこなせるほどの身体能力を獲得する。
規定の数値に達するかを判断する絶対評価。順位などの周りと比べてどのレベルなのかを判断する相対評価。
外見や仕草から集中力や素質を見抜き、評価を正確に判断することにより、自分や周りがどの程度のレベルにいるのかを判断することもできる。
天才というカテゴリの中でも圧倒的な才能となると、勉強や運動に限らない。
圧倒的な動体視力と心理学の知識により、サイコロを振った瞬間、ルーレットを回してボールをディーラーが弾いた瞬間、なにか出るのかがわかってしまう。
最初に運が強いといったが、ゲームマシンからも愛されているのか、スロットを回しても手に汗が流れることもない。
ランダムというものは、人の処理能力を超える予測を要求されるからこそ意味がある。
圧倒的な才能の前では、サイコロもルーレットも、完全情報ゲームに等しい。
絶対評価においても相対評価においても、他者を容易に超えていく。
今の自分が昨日の自分と比べてどの程度レベルアップしているのか。ということにしか興味がなくなる。
だからこそ、誰かと勝負するときは、運ゲーにしなければ意味がない。
敵はいても、続くことはない。
超えるべきなのは、昨日の自分だけ。
明日の俺は、今日の俺よりも、どれほど優れた存在になっているのだろうか。
民双高校二年一組 天道理央の手記より引用
★
「面倒だなぁ」
朝からそうつぶやく少年が、学校の校門をくぐった。
眼鏡をかけていることを除けばあまり特徴らしい特徴はない。
あえて言えば、百七十五センチと少々高いといえる身長であることくらいか。
覇気も熱意も宿らない瞳で、校舎を目指して歩いている。
「むっふっふ!理央君!溜息を吐いていると幸せが逃げるよ!」
とはいえ、そんな少年に対しても話題がある人間はいるものだ。
理央が振り向くと、綺麗な茶髪を腰まで伸ばしている天真爛漫な雰囲気溢れる女子生徒がいた。
白雪冬美。
綺麗な茶髪と小柄ながら抜群のプロポーションに加えて、その天真爛漫な可愛らしい顔立ちの美少女だ。
身長が低く小動物のような雰囲気であり、『妹っぽい感じ』がする同級生である。
理央は『なんだ冬美か』という表情を隠そうともせずに返答する。
「溜息を吐かない程度で手に入る幸せならもう掴み終わってるよ」
「それはどういう意味なのかな!?」
「文字通りの意味だ」
「尚更わからーん!」
私がわかるように説明しろおおおおお!という感情を全力で表に出しているが、理央はその点は完全に無視することに決めたようだ。
とはいえ、冬美の方も追及する様子はないので、この手のコミュニケーションはいつも通りなのかもしれない。
そのまま校舎の中に入って、二年一組の教室に入っていく。
ちなみに、冬美は『トイレに行ってくる!』といってそのまま去っていった。
それを尻目に自分の席に座って、スマホを取り出す。
すべてが英語で書かれているPDFをアップロードして見始めた。
読めているのかどうかは理央にしかわからないことではあるが、ここで追及する意味はない。
「おい。まぐれ野郎。来るのが遅かったじゃねえか。またエロゲで徹夜してたのか?」
「ハッハッハ!亮平。いくらまぐれ野郎だからってそりゃねえって!」
邪魔が入った。
ちらっと見ると、そこにいたのは赤髪不良と黒髪不良だ。
赤座亮平と黒川誠二。
赤座は大柄で身体能力が高く、ケンカも強い。加えて、この地域では親が有力者ということもあって、教師でも好き勝手する赤座をどうにかすることはできないらしい。
まあ要するに、典型的な『手が付けられない不良』といったものである。
で、黒川はその取り巻きだ。
「……」
というわけで、邪魔してきている二人を無視する理央。
「おい!無視してんじゃねえ!」
「まぐれ野郎の分際で白雪さんと話しやがって!身の程わかってんのか!」
「……じゃあお前らが冬美に告ればいいだろ」
「んだとテメエ!」
赤座の方が殴りかかってきた。
理央は溜息を吐きながら、左手で赤座の拳を掴んで止める。
「んなっ!こ、このっ!まぐれ野郎の分際で……」
「まあまあ、暴力はいけないぞ」
力づくで引っ張っているので、パッと放してやる理央。
「クソッ。ま、まぐれなのに調子乗ってんじゃねえぞ!」
捨て台詞と共に赤座は黒川を連れて自分の席に帰っていく。
「はぁ……」
ため息が漏れる理央。
まあ正直な話をすれば、理央がこうして殴られても文句を言わない理由は一つだけだ。
「溜息を吐くのなら誰かに言った方がいいんじゃないの?」
(今日は来客が多いなぁ)
そういいながら目を向ける理央。
そこにいたのは、正直、陳腐な言葉を使えば『美少女』である。
神薙小百合。
腰まで伸びる黒髪や艶があり、長い前髪を赤いヘアピンで止めている。
優しそうな微笑を常に浮かべており、ぱっちりとした黒い瞳とスッと通った鼻筋と桜色の唇が完璧な配置で並んでいる。
年齢不相応に大きな胸を持っていることに加えて、成績と性格も良い。天は二物を与えずというのは嘘だというのがよくわかる話だ。と、自分のことを棚に上げて理央は小百合を評価する。
「あいつが殴ってくるのはこれで二十回目だ。当たるか当たらないかで判定すれば、二分の一でいいから……二の二十乗は百万を超える。いつまでまぐれっていうのか気になるだろ」
単なる確率論ならば、計算すればしっかりと数字として認識できる。
軽く二十乗という領域になっても計算が可能なレベルだと、やはり気になるのだ。
一体いつまでまぐれを言う言葉を使えるのかを。
「普通はそうはならないと思うよ」
「知ってる」
まあ、このようなことを考えるのは理央くらいのものだろうし、もしもこれが常識だった場合、世界はとても殺伐としすぎることになるのでその考えを押し付けるつもりは毛頭ない。
単なる知的好奇心である。
「小百合。天道にそれ以上絡まない方がいい。天道と話していると赤座が何かしてくる可能性もあるぞ」
そういいながら話しかけてくるのは、さらさらとした茶髪のイケメンさんだ。
宝生正樹。
容姿端麗、成績優秀、スポーツ万能が揃ったハイスペックな男子生徒だ。
自分が気に入らない生徒以外であれば基本的に誰にでも優しい性格で、爽やかな笑顔を浮かべている。
基本的には『正義感の強い自己中心的な性格』と思われる言動と行動が目立つ生徒だ。
ちなみに、気に入らない生徒以外であれば基本的に誰にでも優しいといったが、その気に入らない生徒の中に理央は入っているようだ。
小百合と話しているのが気にならないのか、それとも根っこの部分では小百合が理央に何かしら感情を抱いていることに気が付いているのか、いずれにせよ、理央は彼のアドバイスを聞く必要はないと考えている。
ただ、そういった生徒にはストッパーが必要なのだ。
そして実際に、苦労人はいる。
「正樹。小百合、そろそろチャイムが鳴るわよ。さっさと座りなさい」
そういっているのは、黒髪を肩口で切りそろえている少女だ。
遊部温香。
切れ目で意思の強さを感じさせる目をしている少女で、小百合よりも少し身長が低いものの、しっかりしている印象がある。
巨乳とも貧乳ともいえない絶妙な境界線の大きさをしているが、まあないよりいいだろう。多分。
「あ、ああ。そうだな。小百合。行くぞ」
「うん!あ、理央君。またあとでね」
そういって二人も歩いていった。
ちなみに、またあとでね。の言葉に正樹がむっとしていたが、温香が袖を引っ張って退散させる。
正論で言っても仕方がないので、時間的制約という外堀を埋めたりする手法をとる温香は名ストッパーである。
「おっはよー!」
冬美が小便から帰ってきたようだ。
元気一杯で何も考えてなさそうな冬美を見てほっこりするものが多数。
それを見ながら、理央はあくびをした。
教室にクラスメイトが集まってくる。
ただ。いつもよりも集まる速度が遅いな……と理央が考えたときだった。
教室の床を覆い尽くすように、光り輝く魔法陣が出現した。
「えっ!?これ何!?」
冬美は驚いているが絶句する様子はなく、大声で叫ぶ。
魔法陣を見た理央だが……次の瞬間、『生存本能』が覚醒したかのような感覚になった。
それと同時に、自分の体内に、今まで知覚していなかったモノがあるように感じる。
それが、自分の意思である程度コントロールできることを把握する。
それをうまく目に流して魔法陣を見て、膨大な単なる模様の羅列に過ぎないものを認識し、そこから完全に情報を読み解き、現在起こっている情報とそれに対応する模様のような言語を解析し……。
「すうう……ふううう……」
傍目からは、単なる息にしか見えないそれを、魔法陣に吹きかけた。
魔法陣は輝きをまして、彼らを別の世界へ連れて行く。
数秒後、教室の中は、荷物だけが残る異様な空間となった。