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第十九話 祝福

 その日、城全体を妙な熱が渦巻いていた。


 厨房――人の声は無く、料理をする音のみがその場を支配している。

 料理人たちは額に汗を浮かべ、真剣に自分のやるべきことに心血を注いでいる。


 ある者は、野菜を極限まで薄くきざみ。

 またある者は、繊細かつ大胆に盛り付けていく。


 無言で各々がただ目の前のことに集中するという光景。それは端から見ると、ある種、異様な雰囲気を醸し出していた。


 倉庫――ここもまた、普段とは異なった空気に包まれていた。

 まあまあの広さを持つ倉庫がいまでは最低限、人が通るのに必要な隙間を残してぎっしりと物で埋め尽くされている。

 というのも連日、大小様々な品が各地から城に届けられてきていたからだ。

 いまでも、現場では怒号が飛び交い、多くの人間が荷の処理にかり出されている。


 これらいつもとは異なる城の様相。


 その中心には一人の少女の存在があった――


「お嬢様、お嬢様。起きてください。朝ですよ」

 ゆっさゆっさと揺さぶられる身体。

「ふわぁ。ふぅ……マリア?」


 その少女――ディアナの、まぶたの開ききらないその様子からは、まだ完全には起きれていないことが読み取れる。


「おはようございます、お嬢様」

「おはよ……んぅ?」


(あれ? 部屋の装飾が……)


「気づきましたか……」

「あ、これ」

 ふと、思い出した。


「そうです……九歳のお誕生日、おめでとうございます!」


(そうだ。確か、去年の誕生日も部屋の装飾が変わってたっけ……)


「ありがと。飾り付けも」

「はい。今日は特別な日ですからね。授業もお休みですが、どういたしましょうか」

「ふぅむ……」


(そういえば、最近は勉強づくしだったような……本ならいつでも読めるし……そうだな……)


「よし。探索、いこ」


 初めは友達を捜し求めての探索だったけど今は違う。ただただ、この城の古風な感じを楽しむのみだ。幾度もの探索でもう十分にここで友達を作ることは不可能だということはわかった。

 わかった、けど……すこしはできることを期待する心が無いわけでもなかった。


「かしこまりました。ですが、まずは朝食と身支度を済ませましょう」

「そだね」

「では、さっそく」


 服を着替え、髪をつくり、軽く化粧が施されていく。

 いつもより時間をかけて身支度が終わった。

 鏡の前に立ち、その全容を見る。


「お~」


(可愛い。それに豪華仕様。Mark3って感じだ)


「どうですか、お嬢様」

「グッジョブ」

 サムズアップで応える。

「喜んでいただけたようで、なによりです」


 さらに、その場でふりふりと動いていろんな角度から見てみる。


(ふっ……ふふふ……)


 自分のあまりの可愛さにやにやが止まらない。

 それからどれだけ、そうしていたのだろう。


「お嬢様、そろそろ」


 そう言ったマリアの手にはいつのまにかトレイが、その上に朝食がのっている。

(はっ)

 すっかりマリアの存在が頭から消えていた。


「そ、そう。朝食、たべよ」


 鏡に反射して映る、何かをこらえるようなマリアの表情。

(わ、笑われてる)

「ふふ」

(やっぱり!?)


「うぅ……いただきます」

(あ、おいし……)


 朝からこんな豪華なものを食べるなんて前世では考えられなかったことだ。朝、八本入りのスティックパン一本だけなんてこともざらにあった。

 それを考えると殺されたけど、運が良かったとも思える。


「今日はコックたちもお嬢様の誕生日と言うことで、いつも以上に気合いの入っている様子でしたよ」

「ん、美味しい」


 湯気のたっているスープをひとすくい。


(ほっ……染み渡る……)


 ちょっと恥ずかしいこともあったが、それも帳消しになるくらいに大変満足のいく朝食だった。


(さて……)


「いこっ」

「はい」


 僕も九歳になってすこし手を伸ばせばドアノブに届くようになった。


(ふっ、ぬるいね)


 ガチャッ。

 ゴッ、ガン!


(ん? いま、もしかして……)


 開いたドアのその向こう。衝撃のあった方を見てみると……そこには、ライン――いつぞやの騎士が倒れていた。


「お嬢様、いま何か大きな音がしませんでしたか?」

「ん? わかんない。はやく、いこ」


 マリアの背中を押してさっさとラインの倒れている方とは反対側に進んでいく。


「お、お嬢様?」

(見てない、見てない)


 今回は特になにも目標を定めていないので適当に歩き回る。

 去年も、一昨年もそうだったけど廊下を歩いていると会う人会う人、みんなが祝いの言葉をくれていた。

 いまもまた、通りすがりの使用人に祝われている。


「お誕生日、おめでとうございます」

「ん、ありがと」


 ここまでいろんな人に祝われると嬉しい反面、さすがに照れる。

 はじめこれを受けたとき、急にいろんな人に話しかけられた僕は、マリアの陰に隠れることしか出来なかった。

 けど、いまは違う。たゆまぬ努力と飽くなき笑顔の追求の果て、ついに僕はお礼の言葉とセットでスマイルを提供できるまでに進化した。


「姫様~」


(む、誰か来たな。伝家の宝刀。お見せしよう!)


 まずは振り向いて相手を正面にとらえる。

 次に相手の顔を見――

 そこで、僕の意気込みは一瞬のうちに消火された。


「誕生日、おめでとうございます!」


(うっ)

 そこには騎士――ラインがいた。


 さっき放置してしまったことが思い出され、すこし胸に刺さる。

 それに僕にはまだ、いまいちこの騎士が敵か味方なのかの判別をつけられずにいた。


「ありがと」


 とりあえず、お礼を言っておく。


「それで……これ、プレゼントです。受け取ってください!」

「ん?」


(これは……)


 渡されたのは、手のひらサイズの細長い木の棒のようなものだった。


「ここ、穴の開いてるところに口を当てて吹いてみてください」


 ぴー!!!


(おお!)


「笛!」

「はい、なにかあったらそれを吹いてください。いつでも駆けつけますから」


(うん……なるほど。第一印象が悪かったけど、多分いい人なのかな)


「笛、ありがと」

 スマイル、お持ち帰りで。


「い、いえ。では、これで失礼します」

 手で口元を押さえ、行ってしまった。


(なんか……微妙な反応?)

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