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第十五話 賢者

 いつもどおり、マリアとこれから授業をしようかというとき。

 この日のマリアはそわそわと、ずっとなにかを気にしている様子だった。


「お嬢様、すこし待っていていただけますか」

「うん」


(なんだろ、忘れ物かな?)


 待っている時間はそう長くはなかった。


 カツカツカツ……


(あれ? 足音が多いような)


 ガチャッ。


(誰?)


 入ってきたのはマリアともう一人、白いひげを蓄えた優しい雰囲気を纏ったおじいさんだった。


「お嬢様、こちらはエルド=ヴォルク様です。本日、私の代わりに座学を受け持っていただけることになりました」

「お初にお目にかかる、ディアナ様。わしのことは気軽にエルドとでも呼んでくだされ」

「う、うん……」

 急なことに戸惑いを露わにしてしまう。

「では、授業を始めるとするかの。前回は……ここら辺まではやっておるのか?」

「そう、そこ」

「始めてまだ一ヶ月もたっておらんのじゃろう?」

「うん」

「かなり早い進み具合じゃが、しっかり理解できておるのか?」

「もちろん」

「ほう、ではさっそくじゃがこれをやってもらおうかの」

「ん?」


(これは……テスト? いままでの会話の流れからして疑われてるのか?)


「では、始め!」


(なんか急に圧がすごいんだけど、このおじいさん)


 カキカキカキ……


「できた」

「む、はやいの。どれどれ……こっ、これは……全問正解、じゃの……」


 予想外だったのか、かなり驚いている様子だった。


「ふっ」


(そこそこ難しかったけど、小学校の範囲くらい余裕だからね)


「ふむ、これなら……」

「ん?」

「いや、気にするでない。こっちのことじゃ。次は確か戦術じゃったか。今までのただチェスをするだけの授業はせんから気を引き締めて臨むようにの」

「ん」


(戦術……これから本格的なことが始まるのか)


「この授業ではあらゆる状況を想定し、それに応じた最善手を考えていくことが目標じゃ。黒板にその状況を書いていくから、どうしたらいいかディアナ様は考えてくれるかの」

「わかった」


 チョークが軽快な音を響かせ、状況が綴られていく。


(え~なになに。敵、味方が共に五百人で川を挟んで向かい合っていると……)


「どうじゃ、なにか思いついたかの?」


(どうしよう、何も思いつかない)


「最初じゃ、間違っていて当たり前なのじゃから気負わんと言ってみい」


(と、とりあえずなにか言わないと……)


「えっと……攻める?」

「ほう……何人でじゃ?」


(いや察してぇ! 分からないんだよ!)


「全員でかの?」


(この言い方から、察するに……)


「ひゃ、百人……くらい」

「百対五百では勝てんと思ってしまうのじゃが?」


(やめてぇ! これ以上追求しないで!)


「じゃあ……」

「ふむ」

「……戻る?」


 自分でも訳分からないことを言っている自覚があることもあって顔色をうかがってしまう。


「ふぅ……」


(終わった、あきれられた……)


 どんなダメ出しの言葉がやってくるかと待ち構えていたが、かけられたのは思いもよらない言葉だった。

「お見事。正解じゃ」

「え」

 思ったまま、つい声に出てしまう。


(なんか……あってた?)


「試すようなことばっかりしてすまんかったの。ディアナ様のことをみくびっておったわい。間違いなく、ディアナ様は天才じゃ」


(わからない、どこに天才要素があったんだ)


「本当?」

「本当じゃとも。まわりに比較対象がおらんから気づかんかもしれんが、わしが言うのじゃから間違いない」


(まぁ、その見た目なら説得力あるけど……)


「マリアさんや」

「はい」

「家庭教師の件、正式に受けさせてもらおうかの」

「本当ですか! ありがとうございます」

「ディアナ様のこの吸収力、成長スピードからするに学園で教わる範囲ていど二年もあれば余裕じゃろう。しかし、わしもなにかと忙しいから毎日はこれん。その代わり、宿題をだしていくからそれを解いてもらうということでよいかの」

「はい、そちらでお願いします」

「うむ」


(なんか、僕の関与しないところでどんどん話が進んで行ってる気が……)


「これからよろしくの、ディアナ様」

「う、うん、よろしく……」

「では、今日はこれで終わりじゃな。宿題はあとで送るでの。次の週のこの曜日までに指定する範囲を、終わらせといとくれ。では、またの」


(エルドが僕の家庭教師になった……のか?)


 その夜、僕あてに宿題と範囲を指定する手紙が届いた。


「お嬢様、宿題は机の上に置いておきますね」

「うん、ありが――」

 ガンッと僕の声を打ち消すほどに、机が大きな悲鳴をあげた。


(え?)


 驚いて、そちらを見るとそこには分厚い本が何冊も積まれている。

「マリア、えと、これ――」

 ガンッと再び机が悲鳴をあげる。

「なんで――」

 ガンッ!

「こんな――」

 バキィ!


 ディアナの発した言葉は机の悲鳴にかき消され、マリアには聞こえない。


「ふぅ、これで全部ですね」


 開いた口が塞がらないとはこのことだろう。

 全ての運搬が終わった後、殺風景だった机の上は一瞬にして受験期の学生のそれと化した。


(え、なんでこんな量あるんだ?)


「学園の全範囲となると、さすがの量ですね」


(そんなこと言ってた気はするけど……あのおじいさん、正気なのだろうか。学園って確か六年あったような……)


「ね、ねえ、マリア?」

「どうしましたか? お嬢様」


(なんでそんなに平然としているんだ。もしかして、僕がおかしいのか?)


「もしかして……」


(よかった。さすがにこれは多いよね)


「物足りなかったでしょうか?」


(って、違う! 逆だよ!)


「分かりました。ここはエルド様にかけよってさらに専門的なものも……」

「ま、待って! 待って、十分!」


(これ以上増やされたら、たまったものじゃない)


「そう、ですか……」


(なんで、残念そうなんだ……まぁ、こうなったら本の内容の薄さに期待するしかない)


 とりあえず、今週指定されている範囲の算術本のページを見てみる。


(あ、ちょうど中学からの範囲だ……)


 調子に乗ってさくさく進めていたばかりに僕のアドバンテージは底をついていた。


「お嬢様、そろそろ就寝の時間にございます」

「あ、うん」


 そのときはマリアに促されるままにさっさと眠った……振りをした。

 マリアが部屋を出て行くのを確認し、音をたてないよう忍び足で机に向かって歩みを進める。

 椅子を引くことにすら最新の注意を払い、やっとのことで椅子に座る。


「ふぅ」


 わずかな距離を移動するのにこんなに疲れたのは初めてだ。


「さて」


 机の上には本の山。

 月明かりのみを頼りに作業に取りかかる。

 このときから、ディアナの熾烈な予習勉強の幕はあがった……

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