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第9話

ザック視点で展開します。エイラちゃんは、一回休み。

俺はザック。

ただのザックだ。平民だからな。

平民てのは、いつだってお貴族様に偉そうに威張られて、便利に使われるもんさ。

まあ、そういうもんなんだ。ヤバいお貴族様に関わらなきゃ、それなりに幸せに生きられるしな。平民の中にだって、金持ちと貧乏がいるし、どこも同じだろ?

だが、俺には力がある。強さがある。冒険者としてそれなりに培ってきた経験もある。

去年、A級冒険者になれたのは、本当に嬉しかったぜ。

二十五の年で、異例の速さのランクアップだってな。「脳筋なのに」って、みんなに騒がれたもんさ。

そう。俺には、実力があるんだ。


だけど、愛しのリミルちゃんや、その両親からすれば、結婚相手には考えられないんだと。

冒険者みたいな、不安定な職業の奴はいけないらしい。

確かにランクが上がれば危険な依頼をこなすことになるし、命を落とさなくても怪我でもして働けなくなれば、俺みたいな力頼みの人間はろくな勤め口なんてないからなあ。


どうしたもんか。

長丁場の中、なんとか地竜の巣から卵を持ち帰る依頼をこなしてギルドを後にした俺は、考え込みながら歩いていたんだ。

そんな時だ。スラム化している区画へスピードを上げて入っていく馬車を偶然見かけたのは。

あんなお貴族様の乗るような馬車が行くような場所じゃない。

絶対トラブルだ。


そこで俺は、閃いた。

もしあの馬車の貴族野郎がトラブルに巻き込まれていて、それを助けて力を示せば、貴族の家に雇ってもらえるかもしれないってね!

ヤバい貴族野郎なら、金だけもらってトンズラすればいいしな。

そうして助けたのが、『お嬢様』……エイラ・マグナクト伯爵令嬢だったんだ。


まさか、この綺麗だけど偉そうな貴族娘が、あの悪名高い継母義妹苛めのマグナクト伯爵令嬢だなんてな。

話してみると、偉そうだけど俺を雇ってくれた優しい娘でさ、なんだかんだで俺の話を聞いてくれるし、案外馬が合うんだ。

噂なんて、当てにならないよな。


まあ、お嬢様の家族は、クソだったけどな!

なかなか休みももらえないしよ、ハルソケアさんの威圧はドラゴン並みに怖えしよ、伯爵家に雇われてるって聞こえはいいけど、冒険者だった頃に比べたら、自由が無え。

お嬢様が話せる奴じゃなかったら、別の貴族の家に転職活動してるぜ。



そんな日々をひと月ほど送った頃、お嬢様が婚約者に会いに行くことになったんだ。

お嬢様の婚約者は、王太子なんだと。

雲の上の話でいまいちピンとこねえが、すげえよな!

ただ、気にいらねえのは、お嬢様が側妃ってもんになるってことなんだ。

側妃って、本命がいて二番手ってことだろ?

なんで、うちのお嬢様が二番手だよ。絶対、不幸になるだろ。

でも、お嬢様は「貴族の結婚に愛なんていらない」とかぬかすんだ。

そんな苦しそうな暗い眼で、どうしてそんなことを言うんだ。

お嬢様は愛を知らないから、そんなことが言えるんだよ。

誰かを好きになるのは楽しくて嬉しくて、ウキウキするんだ。

お嬢様も誰かを好きになれば、わかると思うんだ。


あのお嬢様が誰かを好きに、か……。


ちっ、変な男なら、俺がぶん殴ってやる!

まともな男なら……。

わかんねえな。

よくわかんねえ。

わかんねえから、ぶん殴るしかねえな。


だけど、王太子をぶん殴ったら、やっぱりまずいだろうなあ。

……王太子か。

どんな奴だろう。

お嬢様の結婚相手、気になるな……。



お嬢様の護衛兼従者として王宮についていった俺は、どうにもそいつが気になって、見に行くことにした。

王宮の外宮にある従者控え室で、俺は腹を下したふりをして、部屋を抜け出し、なんとか内宮に潜入したんだ。

まあ、俺は以前、とあるクソ貴族の依頼で内宮の女子トイレに潜入したことがあったからな。

あの時の経験があるから、潜入はうまくいった。

お嬢様もみつけられた。

しかし、バレぬように生け垣と同化した俺の目に飛び込んできたのは、死んだ魚の目をしたお嬢様と、お嬢様の前で堂々と他の女の膝の上に座ってイチャつく王太子らしき男の姿だった。

そいつは、全くお嬢様を見ないんだ。

お嬢様は、ちょっと偉そうだけどよ、綺麗なんだぜ?

それに、案外素直で、思ったより気さくで、わりと可愛い反応もするし、本当は優しい女なんだよ。

世界一のお嬢様なんだ。

それなのに、ないがしろにしやがって……。


殺す。


俺は、マジックバッグから吹き矢を取り出すと、矢を筒に入れて構えた。

獣を狙う時と同じだ。殺意はあれど、心はただ静かに、風の止まった水面のように波立たない。

俺は生け垣であり、生け垣に咲いて開いたただの花の一つ。

光を浴びるが如く、一矢をくらわす。


だが、いざ吹こうとした時、お嬢様が急に立ち上がった。

ガチャガチャと鳴る食器に、俺の心は乱される。

……これじゃ、狩りはダメだな。

下手したら、勘の良い護衛騎士に気づかれて、目的を達成できないかもしれない。

仕方ない。

今回は諦めるか。

だが、まだチャンスはある。

次こそ、俺のお嬢様を不幸にするような男は、消す。

婚約自体無かったことにするんだ。


俺は吹き矢をしまい、その場を後にした。



その日の夜、俺はお嬢様の部屋に呼ばれた。

お嬢様と二人きりで部屋にいるなんてバレたら、ハルソケアさんが怖いからな。

『隠蔽』の魔道具を使って、気配を消して部屋に入った。

部屋の中には、お嬢様がぽつんと立っていた。

照明の魔道具の柔らかな光が、お嬢様の綺麗で険しい顔を照らしている。

そのどこか不安げで、同時に苛立ちを帯びた瞳を、俺は負けじと見返した。


「本当にあんな奴と結婚するのか!」

「どうして、あんな愚かな真似をしたの!」


声が重なった。


お嬢様は、手で俺を制してから、話し始めた。



「『隠蔽』の魔道具で内宮まで入り込んだのでしょうけど、あんなものは奇跡なのよ!私は以前の事件があったから『看破』の魔道具を身に付けていたし、内宮はスキルや魔道具が無効になるような場所ばかり。あの場だって、ヒューコフ殿下がいたから、無効化の範囲内だったはず!もし、誰かに見つかっていたら!」


俺も言い返す。


「俺はこれでもA級だ。魔道具無しでも魔物や盗賊に見つからないように動くのは慣れてる。王宮の警備なんて俺にすりゃザルなんだよ!バレても、お嬢様に迷惑かかんねえように、罪は一人で……」


お嬢様が手を振りかぶる。打たれるな、とわかったが、なんだかお嬢様の泣きそうな眼を見たら、打たれてやらないといけない気がした。


パシンッ!


たいして痛くも痒くもない攻撃だ。

頬にハエでも止まったのかってくらいの攻撃力だ。

だけど、お嬢様が本気で怒っているのはわかった。


「……そうだよな。もし見つかったら、平民の俺だけ処刑じゃ、すまねえか。お嬢様にもこの家にも迷惑がかかるもんな。それは俺が悪かった。すまない」


俺が謝ると、お嬢様は唇を噛んで俺を睨んだ。

何が言いたいんだよ。

黙ってても、俺にはわかんねえ。俺は、察しなんて良くねえんだ。


お嬢様は、少しだけ目を伏せて、俺に言った。


「……そうよ。あなたはマグナクト家の使用人なのよ。あなたが捕まれば、この家に迷惑がかかるの。もう、二度とあんなことしないで!」


……ああ、俺は所謂使用人だ。お嬢様の護衛だよ。

そうだよな。俺が下手こけば、お嬢様が罰せられるもんな。わかってるさ。

だけど、あいつがお嬢様と結婚なんて、俺は認められねえ!


「しかし、あの男!あれがお嬢様の結婚相手なんだろ?なんで、お嬢様の前で他の女と……。あんな男と結婚したら、絶対幸せになんかなれないだろ!」

「あなたに関係ないでしょう!あなたが殿下と結婚するわけじゃない。あなたは、パン屋の売り子だとかいう娘に結婚を申し込むのでしょう?!愛する人と幸せに?勝手になりなさいよっ。私には関係ない。あなたも、貴族の婚姻に口を出さないで!あなたに、私は関係ないのだから!」


関係、ない?リミルこそ、俺とお嬢様には関係ねえだろ。

なんで、俺は……。なんでこんなに苛立たしいんだ。


「関係なくなんてねえよっ!」


そうだ。関係はあるだろ……。

俺とお嬢様は、雇用関係だ!

そうだよ。このひと月、いい関係を築いてきたと思う。

俺だけか?俺だけがそう思っていたのか?


お嬢様が泣きそうな顔で俺に尋ねる。


「私の、何が、あなたに関係あるというの……?」


そうだよ。俺とお嬢様の繋がりは……結局……。


「……雇い主、だから」


そうだ。お嬢様は……、


「俺を拾って雇ってくれた恩人で」


平民なんて相手にしないような傲岸なお貴族様だってのに、


「……俺がいつも、リミルちゃんのことを話すのをなんだかんだで聞いてくれるし……」


俺は、リミルちゃんに……、


「……俺が、リミルちゃんにもう一度、結婚を考えてもらえるチャンスをくれたのは、お嬢様、だし……」


「ザック……、そうね。私は、あなたの恋の恩人よ……」

「お嬢様……」


お嬢様が、俺を見ない。

いつだって、不機嫌でも呆れ顔でも、俺を真っ直ぐ見てくれてたのに。


「出ていって。今すぐ、私の前から、消えて」


俺は目の前が真っ暗になった。


「なんでだよ、お嬢様!」

「分をわきまえない庶民は大嫌いなのよ。あなたなんて、大嫌い!」


嫌い……。俺が、庶民だから?

お嬢様は、お嬢様だけは、クソ貴族とは違うと思ってた。

口では偉そうにしてたけど、俺を庶民だと言い放って憚らなかったけど、それでも庶民とか貴族とか、そういう枠を越えて俺を見てくれてたと……。

だから、俺は……。


「明日一日、あなたに休みをあげるわ。その間、私の前に顔を出すのを禁じます」

「お嬢様!俺はあんたのためを思って……」

「黙りなさい。消えて。今すぐ!」


そうかよ……。

全て、俺の思い違いかよ……。


「……わかったよ」


お嬢様が俺に見ないまま、背を向ける。

俺もお嬢様から背を向けた。

扉へと歩く足に、どこか力が入らない。


バタン……。


扉の閉まる音が、やけに重苦しく耳の奥に響いた。







チュン……チュン……

ガラガラガラガラ……


……うるせえなあ。

やけに荷馬車の通る音が頭に響きやがる。

頭……、あん?なんか、ベッドにしては硬えな。俺に与えられた部屋は、使用人の部屋とはいえ上級お貴族様のお屋敷のベッドだ。

俺が使ってるベッドよりも、ずうっといいやつだったはずだが。


いや、この感触。石か。平べったいし、石畳か?

寝転んだままあたりを見渡せば、見馴れた町並みが見える。

とすると、ここは……、路上か?


そういえば、昨夜は酒場でしこたま酒を飲んで、鬱陶しく俺の尻を撫でてきた野郎をぶっ飛ばして、勢いで娼館にでも行こうと馴染みの店の前に来たんだ。

女の子達が色っぽく俺を誘う。

でもさ、全然心が沸き立たなかった。

女の子を見ても、何も感じない。


いや、だからといって男に目覚めたわけでもないぞ。

あの酒場の野郎に尻を揉まれても、 怖気だっただけだったし。

くそっ、なんで俺はいつも男にもてんだよ。大体声かけてくんのは、ゴリッゴリの野郎ばっかでよ!

「可愛い~」「胸筋大きい~」ってなんだよ。俺だってそれなりに筋肉ゴリッゴリのむさい髭男だぞ、くそがっ!


……まあ、いいや。考えたくもねえ。

それで、その後俺は、娼館を通り過ぎて夜中の王都をさ迷い歩いて……、そんで適当なとこで面倒臭くなって寝ちまったんだったか。


のそりと起き上がる。

少し頭が重い。

二日酔いか。

辺りを見回すと、回りに五、六人ほど、汚ならしい奴らが倒れてやがる。

マグナクト家に勤め始めてから、それなりに身なりもよくなったからなあ。

物盗りにやってきて、寝返りついでにボコったんだろうな。

これくらいできなきゃ、ハイクラスの冒険者なんてやってられねえのさ。

そんな俺の実力を見込んで、お嬢様も俺を雇ったんだろうしな。


お嬢様……。


ちっ……。


俺はノロノロと起き上がると、また当て所もなく道沿いに歩き出す。

これからどうするか。

今日は一日休暇だ。

あれほど欲しかった休暇。

それなのに、何も面白くねえ。



朝の王都を歩く。青空が広がる初夏のまだ涼しい朝。

朝市へ向かう荷馬車が俺の横を通り過ぎる。

しばらく歩いた所で、


「ザックさん!」


と聞き慣れた可愛らしい声が聞こえた。

振り返ると、栗色のふわふわの髪をしたリミルちゃんが、大きな丸い瞳を俺に向けて満面の笑顔で立っていた。

よく見れば、リミルちゃんの家のパン屋がそこにある。

気づかぬうちに、通り過ぎようとしていたようだ。


リミルちゃんは、相変わらず可愛い。

以前結婚を申し込みにいった時は、困ったような顔で俺に目を合わせてもくれなかったが、今はにこにこと花の咲いたような笑顔を浮かべて、真っ直ぐ俺を見ている。

リミルちゃんは、店の入り口から俺の前に駆け寄ってきた。

以前はパンを買った時に近づけるだけで、向こうから来てくれることなんてなかったのに。


「あー、リミルちゃん、おはよう」

「おはようございますっ。あの、ザックさん、私聞きましたよ。ザックさんが伯爵家に護衛として勤め始めたって!」

「あ、ああ。そう、そうなんだよ」

「すごい!私、あの後ずっとザックさんのことを考えていたんです。あの時は急なお話だったし、冒険者ってなんだか怖いお仕事だし、思わず断っちゃったけど、ザックさんのこと、私やっぱり気になっていて……」

「あー、そうなのか……、それはその、ありがとう……」

「お父さん達も、今のザックさんならって……。あの、ザックさんさえ良ければ、今度デートしませんか?行ってみたいレストランがあって、私、ザックさんと行きたいなって」

「え、お、俺と?デート?!」

「はいっ。ダメ、ですか……?」


上目遣いで、俺を見上げるリミルちゃん。

正直、可愛い。

だが、なんだろう。

好きな娘にデートに誘われて嬉しいはずなのに、何か違う気がする。


「いや。行こう。連れていくよ、そのお店」


俺はこの娘に再トライしたくて、マグナクト家に勤めたんだ。

断るなんて、変だろう?

それに、こんなに可愛いじゃないか。

何か違うなんて、きっと今の俺の精神状態がおかしいせいだ。

きっと、そうだ。


リミルちゃんと俺は、デートの約束をした。

次に休暇をもらえたら、デートをする。

リミルちゃんが行きたがっている、オシャレで少し高級なレストランに連れていく。

あの店なら、知ってるんだ。

以前、貴族の護衛をした時に、仕事で入ったことがある。

変な貴族で、「庶民に人気の店に行きたい」とか言い出して、それなりにVIPルームもある貴族も満足できるような店を探したのがそこだったんだ。

確かに、庶民でも富裕層が行くような店で、内装も上品だし、料理も凝っていて美味そうだったし、あそこのVIPルームならお嬢様を連れていきたいくらいで……。



ちくしょう。

俺の愛はおかしくなっちまったみたいだ。

リミルちゃんに惚れていたはずなのに、なんで、心が浮き立たないんだよ。

くそっ、どうなってんだ、俺は!





なんで、俺は、お嬢様のことが頭から離れない……。


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