第6話
遅くなりましたが、やっと更新できましたー。
シリアスが捗っています。
平民A級冒険者のザックは、おおむね無事に私を屋敷に連れて帰った。
おおむね、無事に、ね。
屋敷では、既にボロボロの御者ガンダムから、私が馬車ごと拐われたとの報告がされており、大騒動になっていた。
そこへ、ずだ袋に入れられた私が、汚い冒険者に担がれて戻ったのだ。
安堵も含めてさらに屋敷は大騒ぎである。
私は屋敷に戻ってすぐ、鼻から下を見られぬようずだ袋に入ったまま目から上だけ顔を出して、風呂の用意を命じた。
ずだ袋から出るようお祖父様とお祖母様がうるさいけれど、断固拒否してザックに話しかける。
「あなたにもお風呂を用意してあげるから、お入りなさい。全ての垢を落とすまで、浴室から出るのを禁じます」
「え!俺もお嬢様といっしょに風呂に!?お、俺には心に決めた娘が……。で、でもお嬢様の命令なら仕方な」
「今、私、あなたの内定を取り消したくてたまらないわ」
「真に申し訳ございませんでした!!」
「ギャッ」
ザックはずだ袋を放り投げて土下座した。
馬鹿なの?!いや、脳筋だけど!
それにしてもずだ袋には、私が入っているのよ!中はぐちゃぐちゃだし、放り投げられるし、あなた、私に何か恨みでもあるの!?謝る=痛め付けるじゃあないのよ!
「お前っ、よくも姉上を投げたな!!地獄の業火に焼かれろ!氷の炎に抱かれて凍え焼け死ね!!」
弟のカイルリードが、ずだ袋から出られない私の代わりに土下座中のザックの頭を靴の踵で蹴りつけている。
私はそれを見てなんとか溜飲を下げた。
ありがとう、カイルリード。
それにしても、カイルリード。あなた、ずいぶんとややこしい死に方を考えつくのね……。氷の炎?凍えさせてから焼くのかしら?二度手間だわ。
ずだ袋のまま思考して転がる私を、執事見習いのニョーイが助け起こす。
さすが執事見習いね。私をずだ袋から出さないまま、起こして支えてくれている。
きっと、匂いで色々察してくれているに違いないわ。
私はニョーイの叔母で、侍女頭をしているハルソケアを呼び寄せて、ザックの風呂の用意を命じた。
「よろしいのですか?あのような汚い男、多少の駄賃を恵んですぐに追い出せば」
「いえ。あれは私の従者にするの。清潔にしてもらわないと困るわ」
「なっ!エイラ様、本気ですか!?」
ハルソケアが信じられぬというような眼で私を見る。
そこへ、お祖父様の声が響いた。
「エイラ!今の話は本当か!薄汚い平民などを側近くに置くなど、何を考えているのだ!お前には、次代の王であるヒューコフ様の側妃となる話が来ておるのだぞ!」
私は思わずお祖父様を見上げた。
「ヒューコフ様の側妃のお話……。それは真ですか?」
「真のことよ。お前がグリードリス公爵邸の茶会に行っている時に、王家からの使者が「まだ内々の話であるが」とお前の側妃入り内定の知らせにやって来られたのだ」
このタイミングで……。きっと、ルクレツィア様ね?私の立場を守ろうと、この段階で側妃の話を進めてくださったのだわ。
私はルクレツィアの優しさと、ビーエ・ルー子爵×オメガくんを堪能する毎日を思った。
素晴らしい結婚生活になりそうよ。
でも、まずは……。
「お祖父様、その話は後で詳しくお聞き致します。それよりも、お風呂に!早くお風呂に!!」
訝しんだお祖母様が私に近寄り、畳んだ扇をずだ袋の口に差し入れ少し広げる。
そして立ったまま中を覗き込んだ。
「うっ……」
お祖母様は、ハルソケアに向くと使った扇を渡した。
「一刻も早く風呂の用意をなさい!それとこの扇は、もう使えないわ。捨ててちょうだい」
浴室で、私は全身をこれでもかというほど、何度も洗った。
本当に酷い目に合ったわ。
もし私が物語の魔王なら、この世のありとあらゆるずだ袋を滅ぼしてやるところよ……!
こうして汚物にまみれた過去を全てをリセットした私は、お祖父様お祖母様、カイルリードの待つ部屋に入った。
恐らく、既にザックから話を聞いているに違いない。
それでも彼らは、私に何が起きたのかを私の口から聞きたがっている。
私はグリードリス公爵邸からの帰り道に起きた全てを彼らに話したわ。
もちろん、ザックが私を助けた話も、ね。
「あの平民は、それほどに手練れの冒険者なのか」
お祖父様が、顎を擦りながら唸る。
私は、頷いた。
「ええ。一瞬で暴漢共を制圧しましたわ。それに、馬車と私を隠して屋敷に連れ帰るという知恵も回ります。今の私達の評判の悪さは、平民達にも伝わっているみたいですし、今回みたいなことがまた起きてはなりませんもの。やはり、強く信頼できる男が従者であれば、と」
「姉上は、あのような男が信頼できるのか?」
「ええ、カイル。もちろん全面的ではないけれど、私の見立てでは相当お人好しな性格をしているようだし、彼にはうちに勤める目的があるのよ」
「目的?どういうことだ?」
「お祖父様、あの男は、好いた娘に相応しい仕事を求めているのです。冒険者では結婚相手にはならないと断られたそうで、貴族の家に正式に雇用されたいそうですわ」
「まあ!」
お祖母様が、新しい扇を口元に当てて少し思案してから、お祖父様に言った。
「それならば、この娘に妙な気持ちを抱くことはないかもしれませんわね。見た所、あのような容姿ならまかり間違ってエイラがおかしな気持ちになることもないでしょうし」
「馬鹿なことを言うな!仮にも貴族の娘が平民の男になど……」
目を剥いて怒鳴るお祖父様に、お祖母様が鋭い眼差しを向けた。
「いいえ、あなた。この年頃の娘は、恋に陥り易いのですよ。だから、どこの貴族の家でも結婚するまで徹底的に、娘の環境に気を配るのです。娘でなくとも、息子のアンソニーなどはあの売女に誑かされて駆け落ちまでしてしまったではありませんか!」
「む……確かにそうだったな」
「お祖母様、姉上に限ってそのようなことは……!」
「いいえ、カイルや。恋だの愛だのというものは厄介なのです。これまで道を踏み誤った貴族令嬢達とて、初めから恋に落ちようとは思ってもいなかったのですから。ええ、ええ!恋など貴族令嬢には毒にしかならないのよ……」
お祖母様が苦々しげに吐き捨てる。
その表情の中に、どこか割りきれぬ感情が見えたのは気のせいかしら。
お祖母様は娘時代にどなたかを……。まさか、ね。
私は私を見ていながらも私を見ていないお祖母様に、はっきりと言ったわ。
「お祖母様、貴族令嬢たる私に愛など必要ありませんわ。ヒューコフ様との婚姻こそ、私の喜び。幸せへと続く道ですわ!」
「……そう。エイラ、あなたなら、恋愛の愚かさをわかってくれていると信じていたわ」
「もちろんですわ、お祖母様」
愛は私の敵よ。
誰もが人生を、愛に狂わされる。
お祖母様は、それをよくわかっているに違いない。
その後、ザックは正式に私の従者として雇用された。
新任の従者として、私の部屋に挨拶に訪れたザックは、「あー、よろしくお願いします、エイラお嬢様」と慣れない様子でペコリと頭を下げた。
ザックはすっかり垢が落ちて身綺麗になったが、伸びた無精髭はそのままである。
「その髭は?剃らなかったの?」
「いや、俺を従業員用の風呂に案内してくれたメイドのおばさ」
バコンッッ!
「……美しいお姉様が、髭はそのままにしろって言うので、剃りませんでした!」
ザックの後ろに控えていたハルソケアが、拳で教育的指導を行っている。
私は、ハルソケアの意図を理解した。
整え過ぎて、見目が良くなってはならないのだ。
常に従者兼護衛として連れ歩く男が見目が良いと、令嬢側におかしな感情が芽生えかねないし、傍目から見ても下衆の勘繰りをされかねない。
貴族令嬢の従者は、恋愛対象から外れた容貌であることが望まれるのである。
「そう。まあいいわ。励みなさいな」
「おう、ありがとうな!」
バコンッッ!
「くっそ、またかっ……あー、はい。ありがとうございます?エイラお嬢様……?」
「何故、疑問系なのよ……」
言葉遣いは、まだまだこれからね。
礼儀はともかく、継母やサマンサの件で、私達の印象は悪化したままだ。それも庶民にまで噂が広がり、結果、誘拐事件まで起きてしまった。信用できて使える駒は、必要だ。
「……」
ザックはまだ何か言いたそうに、そこに立っている。
「なに?まだ私に話があるの?」
「……あんた、じゃなくてお嬢様は、マグナクト家のあのお嬢様だったんすね」
「そうよ。噂を聞いているのでしょ?辞めたくなったかしら?」
「……いや。噂では、継母や連れ子虐めをする残虐なワガママお嬢様って話だけど、実際は全くそんなことなかった。むしろあん……あなたは良いお嬢様だよ」
「別に、良いお嬢様ではないわ。あの継母やサマンサのことは、今でも嫌いよ」
「それでも、考えてみりゃ、仕方ねえことだ。俺はあなたしか見たことはねえが、あなたは悪いお嬢様なんかじゃねえ」
ザックは真っ直ぐな目で私を見つめて言った。
言葉遣いはまだまだだけど、ハルソケアの教育的指導は入らない。
むしろ、「よく言ってくれた」という目で、ザックを見ている。
ザックは、私を真っ直ぐ見たまま、話を続けた。
「さっき、先代様から聞いたんだ。お嬢様、この国の王太子の側室になるんだって?」
「そうだけど、それが何?」
「本当に、お嬢様はそれでいいのか?」
「?いいけれど?」
「いいわけがない!側室なんて、愛人みたいなものじゃないか!夫の愛を他の妻と分け合うなんて、本当にそれでいいのかよ!」
ザックは私を哀れみの目で見ている。
また、愛!一体なんなのよ!
愛?そんなもの、私の結婚生活と何の関わりがあるの?
それも、よりによって、この私を愛人ですって……?
私は、飲んでいた紅茶のカップの中身を、ザックにぶちまけた。