第4話
シリアス成分、これでどやっ!?
あの日、義妹と『王家の肉』であるハーディルト伯爵の婚約が周知されてから、すっかり周囲の目が変わってしまった。
ハーディルト伯爵は、上位貴族の中では低位ながらも王家が一目置いている実力派の貴族だ。これまでの私は、ハーディルト伯爵についてその程度しか知らなかった。
しかし、義妹が彼の婚約者となったことで、彼を取り込みたい貴族達はこぞって義妹を持ち上げ始めた。
そして既に悪評の出回っていた義妹を持ち上げるのに、正妻のその子ども達に疎んじられた義妹の真実という形で、私達を悪者に仕立てあげるような噂が出回った。
おかげで社交界での私達の立場は非常にまずいものとなったのだ。
「くそっ!!あの女だな!?あの愛人の女が、邪魔な私達を追い落とそうと噂を流したんだ!」
弟のカイルリードはそう憤激していたが、あの女が噂を流したわけではないだろう。
まず、噂が流れ始めた時にはもう、父と愛人は領地に戻っていた。それに、私達の追い落として跡継ぎはどうするというのか。
娘のサマンサは、既にハーディルト伯爵と婚約している。
彼女を跡継ぎにする意図は無さそうだ。
もちろん、サマンサをマグナクト家の総領娘にして、ハーディルト伯爵との子どもをマグナクト家の後継にするということも考えられる。
だが、それは無さそうだ。
これまで多くの貴族達が、ハーディルト伯爵を自陣に引き込もうと縁談を持ちかけたけれど、全て断られたらしい。
恐らく、ハーディルト伯爵は自身の影響力をわかっていて、どこの派閥にも属さぬという意志を持っているのだろう。
だからこそ、派閥とは無縁の愛人の子を娶ることに決めたのだろう。
「何にしても忌々しいこと……」
ルクレツィア様とのお茶会の帰り道、私は馬車の中でそっとため息を吐いた。
義妹とハーディルト伯爵、そしてそれにより生み出された噂のせいで、私達は肩身の狭い思いをしている。
マグナクトのお祖父様もお祖母様も、今さら義妹に媚を売って、私達に仲良くしろなどと言う。
母方のお祖父様であるラントルーゼ侯爵は、私達から距離を取り始めた。何かを恐れているみたいに、マグナクト家に関わろうとしない。それに、どうも近々引退するらしい。確かにもう老齢だし、引退自体は遅すぎるくらいなのだけど、本来次代の後継だったはずのチョリソー伯父様もいっしょに領地に引っ込むのだろう。
ラントルーゼ侯爵を引き継ぐのは、従兄のフランクお兄様が継ぐのだそう。
フランクお兄様は二十二才とお若いけれど、なかなか時勢を読める賢い方だから、ラントルーゼ家はゴタゴタするけれど、すぐにフランクお兄様、いえ、フランク・フルト・ラントルーゼ侯爵の元でまとまるはずよ。
でも、おかげでカイルリードは毎日苛々が募っているわ。
夜中、カイルリードの部屋からよく壁を殴る音が聞こえたり、「この世界は腐っている!このままでは腐った闇に侵食されて、私が私でなくなってしまう!」だの「お前達がそういうつもりなら、闇の光に誘われてやる!」だのと叫ぶ声が聞こえるの。
闇なのか光なのか、あの子、矛盾しているわ。
心配だから次の日にその発言の意図を聞いてみたら、真っ赤な顔をして「言ってない」と言い張るのよ。
寝ぼけていたのかしら……。
それに、さっきもルクレツィアのお茶会で、令嬢達が私を腫れ物に触るように接してくるの。どうして、私がこんな目に……!
ガタンッッ。
突然馬車がガクンと揺れて傾いた。
「何事なの?」
御者の男に聞くと、御者は御者台から降りて馬車を確認して答える。
「妙な穴がありまして、片輪がはまってしまったようで。少しお待ち下さい。車輪を穴から出しますので」
「そう。わかったわ」
そこへ、違う男の声が聞こえた。
「お困りかい?馬車を押すのを手伝おう」
私はカーテンを細く開けて、馬車の窓から外を覗いた。
そこには、どこかの貴族の従者のような格好をした男が我が家の御者に話しかけている様子が見てとれた。
その男は、御者が多少訝しんでいるのに気づいたのか、肩をすくめて言った。
「私は向こうのソーメン子爵家に雇われている者だ。今からヒャーギム男爵家へ手紙を届けに行くところさ」
「なるほど。ありがたい申し出だ。助けてもらおう」
確かにソーメン子爵とヒャーギム男爵は実在する貴族で、ソーメン子爵邸はこの近くにある。御者はどうやら信用することにしたみたいね。
何やら馬車がギシギシと軋む。恐らく二人で押しているのだろう。
しばらく待っていると、私はうつらうつらとしていたようだ。
ガッタンと馬車が大きく揺れて、私は目覚めた。どうやらはまった車輪が穴から抜け出したようだった。
「 」
何か聞こえたような気がする。
でも、馬車はすぐに動き出した。問題は解決したようね。
それにしても、馬車のスピードが速すぎないかしら。
少し運転も荒いような……。
「ガンダム?」
私は馬車に備え付けてある魔道具を使って、御者席へと呼びかける。
返事はない。
「ガンダム……?何か問題が起きたの?」
やはり、返事はない。
私は、カーテンを開けて窓の外を見た。
いつもの道じゃない。おかしいわ。どこへ向かっているの?
「ガンダム、道が違うわよ!……あなた、本当にガンダムなの?」
ククッと小さく忍び笑いの声が聞こえた。
御者のガンダムの声じゃない。
「あなた……、ガンダムじゃないわね。誰なの?私をどこに連れていくの?」
今度は無音だ。返事をするつもりはないらしい。
私は震える指を両手でしっかり組んで、目を閉じた。
落ち着きなさい。どうせ、私は人形だわ。
人形に感情はいらない。ただ、言われるがままに身を委ねるの。
生きるも死ぬも、元々私に選択権などないのよ。
どこに連れていかれようと、きっと同じよ。
それよりも、私はマグナクト伯爵令嬢。人形としての意地を見せてやる。
決して、狼狽えるような無様は晒さないわ!
私は、無理やり気を落ち着かせて、窓の外を見る。
馬車は貴族街を抜けて、平民達の居住区に向かっているようだ。
それも、中心部ではない。この方向は王都の外れ、貧民街と呼ばれている場所に向かっているように思える。
私は、両手に食い込む爪の痛さで、貴族令嬢の矜持を保った。
ガタガタガタッ。
馬車は貧民街の中の一画で止まった。
まわりのボロ小屋から、わらわらと汚い風体の男達が集まってくる。
「おい、この中にいんが例の悪い正妻の娘か?」
「大丈夫なのかよ、貴族の女なんか拐ってきて」
「大丈夫だよ。腹違いの妹を平民上がりだからって苛めたんだろ?それに、親も跡継ぎじゃねえ娘は興味ねえって噂だぜ?そんな娘なんざ、消えたって誰もまともに探しゃしねえよお」
「違えねえ!」
「いやあ、今回の依頼は貴族娘だと言うんだからどうしようかと思ってたが、ちょうど良さげなのが見つかってよかったぜ」
男達が恐ろしい話をしている。
『依頼』、『貴族娘』。誰かが『貴族の娘』をこの下民達に依頼して、たまたま悪名が流れていた私が目をつけられ、拐われたのね。
つまり、このままでは、私はその依頼主に売られることになる。
……ふざけないで!
私が何をしたというの?!確かに私は、あの女もあの娘も嫌いよ。でも、だからなんだというのよ。
お母様はあいつらのせいでおかしくなった。
父はあいつらしか愛さない。
父と愛人が元々恋人同士だった?。義妹に罪はない?
そんなもの、私がこんな目に合わなくてはならない理由にはならないわよ!
「おいっ!出てこいっ!自分から出てこないと、ドアをぶち破るぞ!!」
扉の向こうで、男が怒鳴っている。
一応馬車の扉は、間違って走行中に扉が開かないように、内側からも外側からも鍵をかけられるようになっている。
もちろん、私は鍵を開けないわ。
開ければ終わりよ。
このままここで頑張っていても、どうせ無理なのはわかっているけど、それでも最後まで抵抗してやる。
扉を破られたら、私は生ける人形になる。怯えた顔なんて決して見せるものか!
ガッ、ガツッ、ギイッ、ガッ、ガッ!!
扉を斧か何かで破ろうとしている。
一応、これでも貴族の馬車。多少の対衝撃風魔法がかけられているが、強化された物理攻撃を何度も繰り返されれば、もたない。
ガツッ!!
扉の内側がひび割れ、斧の切っ先が少し見えた。
私は、覚悟を決めた―――。
その時だ。
にわかに外が騒がしくなった。
「ギャッ」
「なんだ、てめえっ」
「やべえ、こいつ、つょぐべっ!」
「逃げろ!」
なに……?
なにがおこったの……?
しばらくして、外が静かになる。
私は、緊張で身を固くしたまま扉のひびから覗く鈍色の先端を見つめる。
その鈍く光る暴力の欠片が、ゴッという音と共に私の視界から消えた。
そして次の瞬間、扉の鍵周辺が同じ鈍色によって一瞬で破壊された。
終わった。
もしこの破壊者が更なる悪党だったら……。
私は、喉をこくりと鳴らして唾を飲み込んだ。
「おーい、大丈夫かあー?」
気の抜けたような声と共に、扉を開けて入ってきたのは、無精髭にボサボサの頭。汚らしいマントをまとった、いかにも冒険者な男だった。