第3話
すみません。昨日何故かなろうに入れず、更新遅れました!
この場面は、継母転生シリーズ『娘暴走★ありのままを見せるのよ!』の後編と同じ場面です。
豪華絢爛な広間。煌めく魔道具シャンデリアの光。贅を尽くして仕立てられたドレスを纏う貴族女性が、最高級の仕立ての衣服に身を包んだ貴族男性にエスコートされながら、続々と広間に入ってくる。
広間の中は、そこかしこで社交の序盤戦が始まり、噂話や腹の探り合いに皆余念がない。
そんな魔窟とも言うべき王宮の広間に、私と弟のカイルリードはいた。
今日は、カイルリードのデビュタントの日なのだ。
先ほどまで、マグナクトのお祖父様とお祖母様がいっしょだったが、彼らは挨拶回りに私達を伴って回った後、知り合いを見つけてそちらに行ってしまった。
私とカイルリードは、知り合いがいないか周辺を見回していた。
「あ……ルクレツィア様」
少し向こうに、中立派の侯爵令嬢と話しているルクレツィア様を見つける。
私の視線を感じたのかしら。あちらも私に気づいてくださって、目が合った。
ルクレツィア様が、二言三言、侯爵令嬢と言葉を交わして、私を再度見る。
そうして、にこりと笑ってこちらに歩いてくるのがわかった。
「ご機嫌よう、エイラ様、カイルリード様」
「こんばんは、グリードリス公爵令嬢」
「ご機嫌よう、ルクレツィア様。素晴らしいドレスですわね。ルクレツィア様をより一層美しくさせていますわ」
「まあ、嬉しいこと。あなたもそのドレス、とても似合っていてよ」
ルクレツィア様がおっとりと微笑む。
その姿も可憐な薔薇のようで美しいわ。
「ねえ、エイラ様。あの話、考えていただけたかしら?」
「あの話とは、私を王太子であらせられるヒューコフ様の側妃に、という……」
「ええ。あなた、カイルリード様がどなたかと婚約し、結婚するまで婚約すら待たないといけないでしょう?それだとあなた、婚期を逃しかねないじゃない?そうなると、男共に買い叩かれかねないのよ。それならば私のいる後宮にお入りなさいな。私、妹のように可愛がっているあなたがいてくださればとても心強いし、いっしょに趣味を楽しめると思うの。きっと、楽しいわ」
ルクレツィア様はまだ座主のおらぬ王太子の席をゴミ虫でも見るような目で見た。
「あのヒューコフ殿下なら、誰が後宮に入ろうと特に気にしないわよ。どうせお渡りになっても、長居はしないでしょうしね」
王太子コフーユヒ様は、金髪に空色の瞳を持つ美しい王子だ。
彼は美しいだけでなく、政治の才、戦略、社交、その他あらゆる才に恵まれた次代の王に相応しい王太子だ。
だけど、悪癖が一つ。
あの方、マザコンならぬ、『乳母コン』なのだ。
乳母であったモンクレスト伯爵未亡人を最愛の愛人として囲い、奥にいる時はモンクレスト伯爵未亡人を片時も離さず寵愛している。
ルクレツィア様とお会いする時でも、既に四十を過ぎた乳母の膝に座ったヒューコフ様(二十歳)が、菓子を乳母に食べさせてもらいながら話をするというのだから、もうあの方頭おかしいわね。(不敬)
ルクレツィア様は、もう何度となく脳内で、ヒューコフ様を『王家の肉』と称されるハーディルト伯爵に抱き潰させ、その脂肪地獄によって窒息させているらしい。
完全に謀叛思考だけれど、それも仕方ないわよね?
「ねえ、エイラ様。私、ヒューコフ様に婚姻のお祝いとして、好きな騎士を二人、王妃の護衛騎士に任命してもいいと許可はとってあるの……」
「!!まさか、ルクレツィア様……!」
おお、なんてことなの!ルクレツィア様!
「ウフフ……。いつも間近でビーエ・ルー子爵と恋人の絡みを見られるのよ?最高の結婚生活になるわ」
「この世の楽園ですわ……!」
私は、その日々を想像し、興奮のあまりふらりとよろめいた。
「姉上、立ちくらみですか?」
心配するカイルリードに肩を支えられ、私はほう、と息を吐く。
「大丈夫よ、カイル」
「それより、姉上は後宮に上がるのですか?」
「……まだわからないわ。私やあなたの婚姻は、お祖父様達が決めることですもの。それに、あなたの結婚が先よ」
「それはそうですが――」
そう言って言葉を続けようとしたカイルリードが、私の肩越しに何かを目に止めた。そして、目を見開いた。
「姉上……!」
私の耳に、カイルリードの剣呑な声が飛び込んでくる。
私は、眉を寄せてカイルリードを見上げた。
「何?どうしたの?」
「あいつ……。あの女の娘が来てる」
「あの女?」
「愛人だよっ……。あの頭のおかしな愛人の娘、確か、サマンサとかいう……。あいつの婚約相手は四十過ぎた伯爵のはずなのに、若い男にエスコートされてるぞ」
「ああ、あの娘もデビュタントですもの。来ていても不思議ではないし、別の婚約相手が見つかったのでしょ?無視なさいな、どうせすぐにどこぞに嫁ぐのよ。いちいち目くじらを立てていても…………はあ?!」
私は何の気なしにあの娘を見つけて、目を見開いた。
だってそこには、私の大嫌いな女の娘が、私の最萌えの君にエスコートされて会場入りする光景があったのよ……!
「な、何、あれ……。なんで、あの娘が、私達のビーエ・ルー子爵様と!?」
扇子を持つ手がわなわなと震える。まさか、ビーエ・ルー子爵様と婚約を!?
ふ、ふざけないで……!ビーエ様のお相手は、平民騎士のオメガ君しかあり得ないのよ!
あの娘……、私の家族だけでは飽きたらず、どこまで私のものを奪うつもりなの!!
「あの娘、誰ですの……?」
ゾクゾクッ……!
背後に恐ろしく冷たい圧力を感じる。
私は、振り返りたくなかったけれど、意を決して振り返った。
ル、ルクレツィア様が、大変なお怒りよ……!
どうしたらいいの……。アレが、私の義妹だなんてわかったら、私、後宮入りどころか、ルクレツィア様の派閥から切り捨てられかねないわ。
ルクレツィア様は、私以上にビーエ様推しなのよ。
でも誤魔化せば、後でバレた時余計に不利になる。
どう答えるのが、正しいの!?
「ルクレツィア様、アレは、不本意ながら私の義妹となったサマンサですよ」
カイルリードオオ!!
何あなた、さらりと言ってくれてるのよおっ!
「へえ……、アレが噂の……」
ルクレツィア様の視線がブリザードよ。
私は、何か言わなくてはと口を開いた。
「ルクレツィア様……あの、私……」
「ふふ、何を怯えているの、エイラ?私はあなたには何も思う所はなくてよ?」
「あ、ありがとうござ」
「それで?あなたの義妹は婚約されたと聞いたのだけど、ビーエ・ルー子爵様とだとは知らなかったわねえ。あなた、知っていたのかしら?」
「い、いいえ、まさか!!今、今初めて……!」
「ですわよねえ。私が可愛がっているあなたが、私を裏切るはずが御座いませんもの。……ねえ?」
「は、はい、もちろんですわっっ」
おっとりと微笑むルクレツィア様の目の奥が、爛々と光って私を射抜いている。
怖い。純粋に怖い。
「ねえ、エイラ?あなた、実は義妹にはもっと相応しいお相手がいるのよねえ?」
「え?」
「やはり、人は相応しい相手と結婚すべきだわ。義妹も相応しい相手と結ばれるのが幸せでしょうね……あなたは義姉ですもの。きっと、義妹が相応しい相手と結ばれるのに、力を尽くしますわよねえ?義姉ですもの……ねえ?」
愛人の娘に似合いのつまらない男を見つけてきて、婚約者をすげ替えろ、と!?
なんという無茶振りを……ルクレツィア様!
でも私だって、最萌えを義妹に奪われるなんて許せない気持ちもある。
私は親しげに会話をしている義妹とビーエ様を見た。
心の底から忌々しいわ、あの娘……。
あなたは、いつだって、私が大事にしているものを当たり前のように奪っていくのね。
このまま手をこまねいていては、私を庇護してくださっているルクレツィア様までが私から離れかねない。
ルクレツィア様は怖い方だけど、私を妹のように可愛がってくださるのは確かなの。
それを失いたくはない。
ルクレツィア様は、私を理解してくれた方なのだから。
『あなたの目、虚ろね。……昔、毎日鏡の中に見た目だわ』
あの日、初めてルクレツィア様に招かれたお茶会で、目立たぬように令嬢の仮面を貼りつけて取り巻きに交じっていた私に、ルクレツィア様はそう話しかけたの。
この世の何にも意義を見いだせなかった私の心を、ルクレツィアは理解してくださった。
遠くて美しい世界を与えてくださった。
『私達は同じよ。家のために存在するの。でも、私達だって、夢くらいは好きに見てもいいと思わないかしら?そう、美しい騎士達の夢を……』
そう私達は、同じ。私達の夢を壊すあの義妹が邪魔だわ。
私は、ルクレツィア様に頷いてみせた。
帰りの馬車ででも、お祖父様達にお願いしよう。
あの娘の婚約者は、ビーエ・ルー子爵よりも爵位の高い男がいいのではないかと。そう。例えば、『王の肉盾』で有名なハーディルト伯爵のような……。
私は、ハーディルト伯爵と義妹が並んで立つ姿を想像して、溜飲を下げる。
元々、あの娘の婚約者は、四十を過ぎた肥満の貴族だったらしいし、婚約者が同じような人に戻っただけではないか。
私は乳母コン男と結婚し、義妹は肥満貴族と結婚する。
はたして、どちらが酷い結婚相手なのかしら。
どちらも、愛なんてないけれど。
それでも、私の結婚にはルクレツィア様と萌え騎士達がいる。
ふふ。私の勝ちよ、義妹。
愛なんていらないの。私には幸せな夢があればいい。
義妹はデビュタントのダンスを、第二王子のルイス殿下と踊った。
その時、あの娘、ルイス殿下に頭突きするという大変な粗相を仕出かしたの。
何やってるのよっ!下手をしたら処刑ものよっ。……いえ、別にあの娘の心配はしていないの。マグナクト家に影響がないか心配しただけだし……。
ルイス殿下は、特に咎め立てせずにどこかへ立ち去った。
ホッと一息つく私の耳に、ルイス殿下のこんな言葉が飛び込んできた。
「サマンサ嬢、私の婚約者になって欲しい」
な、何ですって!!?なんで頭突きして求婚されるの!?
どうなってるの、あの娘!!
そこへ現れたのは、肉の塊。『王家の肉盾』だ。
彼は、言った。
「既に私とサマンサ嬢の間に婚約は成立しています。彼女は諦めてください」
えええーーー!!!
ちょっと待って。ビーエ子爵はどうしたのよ!
まさか、元からビーエ様ではなく、ずっと、この肉が相手だったの?!
その問いに答えるように、義妹が元気に断言した。
「(ハーディルト伯爵が)私の愛する婚約者です!」
おめでとう!!私、心からあなた達の結婚を祝福しますっ!
ふゆひこさんって知ってます?大昔のドラマで、マザコンといえばこのキャラクターだったのですが……。
さてさて、気付いた方はいらっしゃるでしょうか??