第2話
BL的な表現が出ます。苦手な方はご注意を。
ビロードのように柔らかく滑らかな花弁を持つ真紅の薔薇が、手入れの行き届いた庭に大輪の花を咲かせている。
その花に負けぬほどの華やかな令嬢達が集まり、お茶会を開いているのはグリードリス公爵邸の庭だ。
私もそのお茶会に招かれた令嬢の中の一人。
主宰は、グリードリス公爵令嬢たるルクレツィア様。
我がマグナクト家は、グリードリス公爵の派閥に入っているから、以前からルクレツィア様とは懇意にさせていただいているの。
ここに参加している貴族令嬢達は、皆、家がグリードリス公爵派の方達ばかりよ。
ルクレツィア様は、よくこうやって同じ派閥の令嬢達を招いてお茶会をなさるの。
情報を共有する目的もあるけれど、親睦を深めて互いに裏切らぬよう絆を確かめ合う場でもある。
それに、貴族令嬢の義務から生じる不幸を癒し、分かち合える場でもあるの。
そういった意味では、私達は同じ派閥というだけでなく、同じ苦しみを担う仲間なのよ。
貴族令嬢の義務とは、もちろん政略結婚。
愛のない結婚を強いられることだ。
稀に好きな方と結婚できる場合もあるし、奇跡的に結婚相手と相思相愛になれる場合もある。
でも、そんなの奇跡は滅多に起こらないわね。
そういえば、あの後、愛人の娘も愛人も、父の現マグナクト伯爵も屋敷から去った。
愛人の娘の婚約が整うまで、別宅で家族三人水入らずで過ごすらしい。
家族三人、ね……。
「私はこのまま領地に引っ込むつもりだから、お前達に伯爵家の経営について指導助言するために、これから先代がこの屋敷に入る。ただ、あの老人達は、あまり他人の話を聞かないからな。何か困ったら、遠慮なく私を訪ねなさい。お前達二人も、私の子どもであることに変わりはないのだから」
去り際の父の言葉に、思わず鼻で笑いそうになるのを堪えた私を褒めてほしいわ。
何が「お前達二人も、私の子どもであることに変わりはないのだから」よ。
あなたはあの愛人より価値のあるものなんてないじゃない。
それが、我が子であっても、ね。
特に愛していない正妻との間の子どもなら、尚更よね。
あの時は、弟のカイルリードが父に殴りかかって、使用人達と弟を止めるのに骨が折れたわ。
我が家の男達は、どうしてあんなに困った性格なのかしら。
父がクズで異常なのは言うまでもないけれど、カイルリードも直情的だわ。
あの子、あんなのでちゃんと貴族らしく腹芸ができるようになるのかしら。
「まあ、エイラ様。なんだか物憂げね。心配事があるなら、どうぞ私に打ち明けて。他ならぬエイラ様の頼みなら、私、力になりますわよ?」
ルクレツィア様から声をかけられ、私は慌てて社交用の笑顔を貼り付けた。
やだわ。こっそりため息を吐いたところを見られてしまったのね。
「申し訳ありません。ルクレツィア様のお茶会に大変な失礼を……」
「いいのよ、エイラ様。聞いているわ、マグナクト伯爵の後添いのことは」
ルクレツィア様が心配そうに私を見る。
「エイラ様、お辛いでしょう。エイラ様のお気持ち、お察ししますわ」
「愛人なんかを後添いにするなんて、伯爵は何を考えているのかしら!」
「エイラ様、あのような下賤な女、追い出してしまえばいいのよ。嫌がらせの方法なら、私達もいっしょに考えますわよ!」
口々に他の令嬢達が慰めの言葉を口にする。
どこまで本気かは知らないけれど、流石に本心を顔に出すようなことはないわ。
痛わしげな表情に嘘はないように見える。
これぞ、貴族令嬢ね。
ため息が出てしまうなんて、令嬢として未熟な所を見せてしまった。
恥ずかしいわ。
私は仮面を貼り付けたまま、「皆様、お気遣いありがとうございます。お気持ち、嬉しいわ」と答えてみせた。
そんな私達の目の前へ、ルクレツィア様が「ウフフ」と含み笑いしながら、侍女に持ってこさせたあるものを差し出した。
「まあ、これは……!」
「ルクレツィア様、ああ、ルクレツィア様!」
「素晴らしいですわあっ!」
令嬢達が口々に賛辞の言葉を延べる。
かくいう私も、目を奪われた。
ルクレツィア様は令嬢達の反応を見て、満足そうに頷いた。
「きっとエイラ様がショックを受けていらっしゃるだろうと思って、用意しましたのよ。これで、美しい夢をご覧なさいな。きっとお気持ちも和らぐわ」
ルクレツィア様の差し出したもの。
それは、麗しの青年子爵ビーエ・ルー様が恋人の青年騎士に顎クイをして顔を近付けている、魔道写し絵。
魔道写し絵とは、その場で写したものの光景を切り取って、そのままを絵にする魔道具なのよ。
つまり、この場面は、実際にあった出来事ということで……!
私は思わず鼻を押さえて呻いてしまった。
まわりの令嬢達も、貴族令嬢の仮面をかなぐり捨てて、思い思いに呻いている。
まあ、子爵令嬢のマアヤ様、お鼻から血がっ!
すかさず近くの侍女がハンカチをマアヤ様の鼻に当てる。
流石公爵家の侍女ね。対応が素早いわ。
まるで、普段から慣れているかのようよ。
……まさか、ルクレツィア様ともあろう方が、そんな……ね……。
思わずルクレツィア様の方を窺い見て、私は凍りついてしまった。
ルクレツィア様がこちらを見ている。
真珠の如く美しいピンクゴールドの髪と瞳をした、美しくも可憐なルクレツィア様から、恐ろしい圧力をかけられている。
わ、わかっていますわ。
ルクレツィア様に限って、鼻から血など、あろうはずが御座いませんわ!
ルクレツィア様は、私の心を読んだかのように、いつもの華やかな笑顔で優しく頷いた。
さ、流石、ルクレツィア様……。
ルクレツィア様は、この国の王太子の婚約者なのだ。
私より一つ上の十七才。
来年には正式に婚姻され、王太子妃となる。
ゆくゆくは、王妃となるお方だ。
言葉なくして人を屈することができるくらいじゃないと、王妃は務まらないわよね……。
ああ、それにしても、麗しいわ。
私達には決して手の届かない天上の世界。
眺めているだけで、ときめいて幸せで一杯になる。
この趣味は、私達ルクレツィア様派特有のものなの。
私達貴族は、愛なき結婚を強いられる。
確かに結婚して、子どもを産んで責任を果たしさえすれば、愛人を持っても問題はないわ。
でも、それまでは?
娘時代は、悪影響を受けるからと恋愛劇も恋愛小説も禁止され、何もわからぬまま親の決めた相手に嫁ぎ、外に愛人を囲う夫と当たり障りのない夫婦生活を送る。
そんな汚らわしい夫と、子どもを作らないといけないのよ?
そんな私達に必要だと、ルクレツィア様が癒しを与えて下さったの。
この趣味は、グリードリス公爵家の女達に代々伝わるものらしい。
他の派閥だと、『男装の女騎士を慕う会』や、『幼き少年を愛でる会』などがあるのだそう。
けれど、私達のこの趣味が素晴らしいのは、夫となる方も対象になるということなの。
夫とその友人を眺めて楽しむも良し、夫に腹が立てば夫の相手をおぞましい人物に変えて心の中で貶めることもできる。
この趣味さえあれば、愛のない結婚生活もきっと充実したものになるわ。
私は、ビーエ・ルー子爵とその恋人の魔道写し絵に目を落とした。
本当に、素晴らしいわ。
尊過ぎて、胸が苦しい。
いつまでも、彼らの愛を愛でていたい。
これさえあれば、愛なんていらないわ……!