第1話
エイラ視点です。『継母転生★こっちだって被害者だ!』冒頭の場面からのスタートです。
今度こそシリアスがんばりまっす☆
今日、父親が愛人を後添いとして屋敷に連れてくる。
亡くなった母と結婚する前から続いていた、娼婦上がりの愛人を。
弟のカイルリードは朝からカリカリしている。
母は完璧な貴族女性であり、淑女であったが、父が愛人の所に入り浸りなのをとても恨んでいた。
その恨み辛みを、子どもである私達はずっと聞いていたのだ。
母は、亡くなる直前まで、父とその愛人への恨み言を吐いた。
そんな妄執を、私よりも長い時間浴びせかけられていたのは、弟のカイルリードだった。
スペアの私と違って、カイルリードはこのマグナクト伯爵家の跡取りだ。
母は私が産まれた時、女であることに落胆したらしいが、弟が産まれた時は、嫡男誕生に大層喜んだそうなの。
もしかしたら、父の目がこちらに向くかもしれない、と期待したのだろうか。
まあ、父は相変わらず愛人が中心の生活だったのだけれど。
それでなのか、弟のカイルリードにかける母の期待は、私へのそれとは比べ物にならぬほど大きかった。
だから、カイルリードは母との距離が近く、共に過ごす時間も多かったのよ。
カイルリードは母の怨嗟にとり憑かれている。
そして、母子二代にわたる憎しみの対象が、これから私達の目の前に現れるのだ。
カイルリードの様子がおかしくなるのも無理からぬことだわ。
「エイラ姉上!私は、絶対にあんな女を母とは認めない!」
「ええ。わかっているわ、カイル。でも、落ち着きなさい。感情に呑まれてはダメよ。あなたは次期マグナクト伯爵家当主なのだから」
「……わかっていますよ!」
明らかにわかっていないじゃない。
何?その手の花瓶は……。まあ、いいわ。
私達は、あの女に苦しめられた。少しくらいは、意趣返ししても罰は当たらないでしょう。
私、エイラ・マグナクト伯爵令嬢は、弟の手元から、ついと目を逸らした。
バシャアアンッ!
ガタッ、ゴンッ……!!
え、ええー……!?
予定通り、父であるアンソニー・マグナクト伯爵が、愛人とその娘を連れてきたのはその日の午後。
弟のカイルリードが愛人に花瓶の水を浴びせたのも、予想通りだ。
しかし私の目の前で起きたのは、花瓶の水を弟にかけられた赤髪の愛人がスッ転び、頭を打って昏倒するという事態だった。
思った以上の展開になってしまったわ。
カイルリードを見れば、彼も「ええー……」と呆然としている。
あの女は、死ぬかしら?
まずいわ。そうなれば、愛人のためなら理性を失うあの父のことだもの。暴走して、カイルリードを殺しかねない。
生きていても死んでも目障りな女ね。
父があの女に取りついて、大声で呼びかけている。
父の怒りがこちらに向かう前に、手を打っておかなくては。
私は家令のバーリンドに命じる。
「すぐに、回復魔法の使える医師を呼びなさい」
バーリンドが目を見開く。
回復魔法の使える医師なんて、医師の中では最高峰の部類だ。かなり高額な治療費を請求される。
バーリンドは、この女にそれほどの医師が必要なのかと、驚き訝しんだのだ。
しかし、彼も一流の家令。
すぐに感情を圧し殺し、返答した。
「すぐ手配致します」
私は、父にアピールする。
「お父様、今、回復魔法が使える医師を呼びました。すぐに客室に運ばれた方がよろしいのでは?」
「わ、わかった!よくやってくれた、エイラ!」
父はこちらを見ることなく、愛人の娘を伴って客室へと愛人を運んでいった。
「姉上、何故あんなやつに魔法医師など!」
カイルリードが突っかかってくる。
私は首を振って答えた。
「カイル、あなた、お父様があの女にどれほど執着しているか知っているでしょう?水をかけるだけならまだしも、もし死んでしまえばあなた、殺されるわよ?」
カイルリードは言葉を詰まらせた。
父の関心が、あの女にしかないことを私達はよく知っている。
父は貴族としても、人としても、異常なほどあの愛人に偏執している。
「私達があの女を殺しかねないと思えば、あの父は私達をどうするかわからないわ。『嫌いではあるけれど害意はない』と思ってもらわないと。私達の身を守るためにもね」
私の言葉に、カイルリードが壁を拳で叩いて苛立ちを表す。
私は、父の消えた廊下を冷ややかに眺めるしかなかった。
その日のことよ。回復したあの愛人から、父と母と愛人の事情を聞いたのは。
その昔、マグナクトのお祖母様は私に言ったわ。
「貴族には政略で結婚する義務があるのよ。貴族の結婚に愛は必要ないの。もし夫が愛人を作って妻をないがしろにするならば、妻も愛人を作るのよ。そうすると、夫は案外嫉妬して、妻に構うようになるものよ。あなたも結婚したら、愛人をお持ちなさいな」
お母様は毎日呪いの言葉を吐いた。
「ああ、あの女!何故私が、娼婦ごときに負けなければならないの!何故あの人は、私を見てはくれないの!正妻は、私なのに!」
そして今、父は語る。
「私はエリーゼと離れて結婚するくらいなら、死んだ方がマシだったからね。伯爵位を継いで結婚を承諾する代わりに、エリーゼとの生活を望んだんだ」
愛人のあの女も主張した。
「あなたのお母様や両家の皆様は、私込みで婚姻を結んだのよ。私からしたらあなた方こそ夫と幸せを奪った悪役なの。私だって、被害者だわ!」
ああ、お母様。
政略結婚で、愛人を認めて嫁がなければならなかったのならば、どうして父なんかを愛してしまったの?
お祖母様の言うように、愛人を作ってしまえばよかったのに。
きっとそれでも、父のことだから、お母様に目を向けはしなかったでしょうけど。
私は、愛なんていらないわ。
父のようになるのも、母のようになるのも御免よ。
だからといって、愛人を持つのも御免だわ。
あなたの言い分は理解できた。
でも、あなたも言った通り、私達だって被害者よ。
母方のラントルーゼのお祖父様も、マグナクトとお祖父様お祖母様も、父も母も、あなただって、私にとっては加害者だわ。
あの子……愛人の娘の……確か、サマンサとかいう娘だって……。
ねえ、よくこの空気で鼻をほじれるわね。
あの娘、関わるとろくなことはなさそうだわ。
もうあなたは加害者じゃなくていい。見なかったことにしましょう。
あら、あの女は、父と領地に引っ込むのね。
ずいぶんと清々した顔しているけど、こっちだって清々しているわ。
あなた達の顔なんて、私は見たくないのよ。
大団円と思ったその時、愛人の娘サマンサが声を上げた。
「私はこっちに残るわ!絶対領地になんて行かない!」
な、なにぃ!?
さっさと母親と領地に引っ込みなさいよっ。
母親である愛人の女が、サマンサをたしなめる。
「あなたに、上流階級なんて合わないわ。立場だけ偉くなっても、庶子上がりとかマナー知らずとか馬鹿にされるだけよ。このお屋敷だって、誰もあなたを受け入れないわ」
ナイスたしなめよ、愛人!そのバカ娘にもっと言っておやりなさいっ。
「ねえ、お姉様、お兄様、私もいっしょに暮らしてもいいでしょ?お願い!」
この娘、何一つわかってないわ……。今まで話を聞いていたの?
鼻をほじるのに集中し過ぎていたとでも言うの?
「嫌だ」
「嫌よ」
私とカイルリードは、即答した。普通わかるでしょ?
あなたとあなたの母親が私の父を独り占めしたせいで、私の母は狂ったのよ!
あなたなんて、大嫌いよ!
大体、父もいないのに、なんであなた単体といっしょに暮らすのよ。バカじゃないの!?
「どうして!?」
なんで、わかんないのよっっ!!
「サマンサ、普通は、母親を苦しめてきた女の子どもなんて、受け入れられないものよ。諦めて私と領地で暮らすのよ」
愛人の方がちゃんと理解してくれてるじゃないの!
よくぞ言ってくれたわ!!許さないけどっ!
「いやー!玉の輿に乗りたいのよ!偉くなりたいのー!」
どんな教育してきたの、あなた……。
私達の白い視線を受けて、愛人の女は申し訳なさそうにしている。
……はあ。たぶん、悪い女ではないのよね、この人。
だからといって、それとこれとは別なんだから。勘違いしないでもらいたいわ。
結局、サマンサはどこぞの太ったおじさん貴族と結婚することになった。
はっ、ざまあ見ろ、ね。
まあ、貴族女なんて、政略結婚が当たり前。
どうせ、誰と結婚しようと、愛などないのよ。
だから、私は、愛なんていらない。愛なんて、毒だわ。
私は誰にも寄りかからず、一人で立って生きていくの。
それでも……。
父といる時の、あの愛人女の顔。
幸せ、なのね。
嫌いよ、あなたも。父も。あなた達の娘も。
カイルリード以外の家族なんて、いらないわ。
もちろん、愛なんて愚かなものも、ね。
サブタイ、これまでの悲惨な文字数配分を学習したのわかりました?
前編中編後編の縛りがあるから、『中編と後編の間』みたいな悲劇的サブタイが生まれるんや……