メイベルは手相が気になる?
「メイベル。やっと見つけた……」
ナバルが廊下から、中にいるメイベルに声をかけた。
「おまえ、女王さまなのに議会に顔を出さないでどうする? 大臣たちが探してたぞ。お腹空いたのか?」
メイベルがいたのは、西アルテース宮殿の調理室だった。ナバルが見つけた時、メイベルは包丁を持って、何かを切ろうとしていたところだ。
「違うわよ。昨日、コーンヒルからいただいた肉サボテン。まだ一度も調理したことがないから我慢できなくなっちゃって……」
メイベルの前にあるまな板の上には、白くて太いトゲの付いたオレンジ色の実が置かれている。
「コーンヒル? メイベルと救世の旅をした時、最初に向かった地方だっけ?」
「そうよ。あの時は霧の沙漠は船旅で通りすぎちゃったけど、陸路だったら、きっと一度くらいは食べてたかもしれないわ」
「これが食べられるのか?」
「都ではけっこうな高級食材よ。俗にハリネズミの実とも言ってね。まるで肉のような質感で、下ごしらえを上手くやると、ホンモノの高級ステーキみたいな味わいになるらしいのよね。こんなものを見せられたら、宮廷料理人の血が騒いじゃって……」
メイベルが包丁を置いて、ナバルに楽しそうに語る。
「昨日届いたものを……か。一応、一日は我慢してたのか」
「ううん。昨日から調理法を調べてたの」
「…………おいっ」
メイベルの答えに、ナバルが低い声でツッコんだ。そのナバルが調理室にある食材テーブルに目を向けると、そこには何冊もの調理関連の本が積まれている。
だが、メイベルはナバルの心情など気にせず、
「このハリネズミの実。最初に周りについたトゲを、皮ごと厚く剥いていいみたいなのよね」
ふたたび包丁を手に取り、トゲに気をつけながら皮剥きを始める。
「皮の方に付いた身は、あとでスプーンでこそぎ落とせば、ひき肉みたいに使えるらしいわ」
メイベルが最初に切り取った皮の裏側を、そう言ってナバルに見せた。
サボテンの皮はオレンジ色だが、中はまるで肉のように赤い色をしていた。そこから滴る汁は、まさに流れ出る血そのものだ。
「ほんのり甘いわね」
メイベルが血のような汁を、ためらう様子も見せずに舐めた。
「これを塩で揉んで火を通すと、お肉のような味に変わるみたいだけど……。本当かなぁ?」
更にメイベルは、ひとかけらをつまんで口に放り込む。その様子を見せつけられたナバルは、メイベルの強心臓ぶりにあきれていた。
そのメイベルがサボテンを裏返して、反対側の皮も切り取ろうとする。その矢先、
「あいたっ!」
手にトゲが刺さってしまった。ちょっとした気の緩みがあったようだ。
「おいおい。大丈夫か?」
ナバルが心配しつつも、そのあたりがメイベルらしいと思った。
「本に書かれてた『攻撃的な食材』って、こういう意味だったのね……」
トゲは手のひらに深く刺さっていた。そこから流れ出た血が、トゲを伝っている。
「毒はないけど、本当にトゲが動いて襲ってくるとは思わなかったわ」
「おいおい。冷静に分析してる場合か? 血が出てるじゃないか」
思ったよりも深手だと知って、ナバルが心配した。それにメイベルは、
「大丈夫よ。痛いけど、あたしには治癒魔法があるから……」
と、なおも落ち着いている。ところが、
「あああ〜! 生命線に刺さってるぅ〜〜〜〜〜っ」
メイベルがトゲの刺さったところを、あせったようにナバルに見せてきた。
「あたしの未来がぁ〜。このあたり、二五歳だっけ?」
「知るかぁ〜〜〜〜〜っ!」
メイベルの斜め上の心配に、ナバルがつい怒鳴ってしまう。
「うっうっうっ……。ナバル、冷たい……」
メイベルが悲しそうな顔をしながら、刺さったトゲをすぽんと抜く。と同時に治癒魔法がかけられ、何事もなかったように傷口が消える。
「ところでメイベルの生命線、二本なかったか? 相当図太い神経してるってことだよな?」
「え? 行動力があるって意味でしょ?」
メイベルがそう言って、ナバルに手のひらを向けた。メイベルは珍しい二重生命線の持ち主だ。
「それに、二五歳って何だよ。年齢は運命線の方じゃなかったか?」
「生命線にも年齢はあるのよ、っていうか、ナバルも詳しそうね」
ナバルは剣士だが、脳筋の筋肉バカじゃない。夜や雨の日には本を開く読書家である。
「おいおい。西アルテースの女王さまになっただけじゃ飽き足らないのか? 運命線、歳を取るほど広がってるじゃないか。将来もどんどん出世して、最後は神さまにでもなるのか?」
「え? この運命線、子だくさんって意味じゃないの?」
手相の解釈は、いろいろあるみたいだ。
メイベルは自分で言った言葉が恥ずかしかったのか、だんだんと頬が赤く染まっていく。
「さ、さあ。続き、続き……」
気持ちを誤魔化すように調理に戻った。
「あああ〜。今度は結婚線がぁ〜〜〜〜〜っ!」
またトゲに刺さられた。
「ナバルぅ〜。あたし、これで婚期が遅くなるのかなぁ?」
「知るかぁ〜!」
メイベルはすごいことをする女の子だが、頭の中は恋愛脳だった。
さすがに、そっちの話題が出たら付き合いきれないのか、
「大臣たちには適当に言って、メイベル抜きで会議してもらうから……」
ナバルが逃げるように調理室から出ていった。
それにぷうっと頬を膨らませたメイベルだったが、
「きゃあ。また生命線……」
すぐに調理に戻ると、一人で騒ぎ続けていた。