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ラフライフ! -底辺空手家アイドル下克上‐  作者: 甘土井寿
一章 写真のストーカー編
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第6話 前途遼遠

前回のあらすじ:カジ、マネージャー辞めるってよ


「強さの正しい使い方、か……」


 アイドル部の部室を出ると、カジは何とも釈然としない気持ちで山手米洲(やまてべいす)女学院の廊下を引き返していた。


(あのコたちには悪いが俺の領分じゃないな……まあ、倉原じゃないが俺が断っても引き受ける相手はいるだろう)


 カジは階段を下りると校舎に囲まれた中庭グラウンドに出た。グラウンドでは運動部だろうか、ランニングをしている生徒たちの姿が見える。


(腕自慢は俺以外にもごまんといるし、本当に危なくなったら警察だっているわけだし、第一俺が空手を使うには条件が……ってあれ?)


 混乱した頭で部室を出てきたカジだったが、ここである事に気付く。


「帰り道どっちだっけ?」

 広い敷地である。カジはなかば放心状態で部室に連れて来られたので、どういう経路で校門から歩いて来たのかよく覚えていなかったのだ。カジは出口を探して中庭をうろつく。


「うう、今度こそ完全な部外者になっちまったからなあ……」

 保護者にはとても見えない怪しい風体のコワモテ男……カジは道行く生徒たちからは物珍しそうな目で見られていた。モタモタしていて呼び止められれば、また面倒なことになるのは明白である。急いで学校から脱出せねばならない。出口を探し辺りを見回すとふと、校舎にかかる横断幕にカジの目が留まった。横断幕には「祝!! アイドルグループミナミティ 第10回ドル1甲子園優勝」と書かれていた。


(ドル1甲子園っていうとあの時のイベントかァ……あのコたちもアレに出ていたんだな……よく分からないが、あれだけ人が集まる大会で優勝するなんて結構スゲエやつらだったんだな……ん? しかし、だとすると…)

「あの~」

 カジはふいに誰かに話しかけられた。

「いっ!?」

 カジに話しかけたのはこの学校の生徒だった。不審者に勘違いされたと思い、びくつきながらカジは応答する。

「あー……ワタシは通りすがりの紳士でして、不審者とかストーカーとか前世で仕えたナイトとかでは断じてなくてですねー、えーと…」

「ミナミティの新しいマネージャーさんですよね?」

「え……! あぁ、いや、俺はその…」

「ありがとうございます!!!」

 生徒はカジに深々と頭を下げた。


「えっ?」

「あのコたちのマネージャーになってくれて……ドル1甲子園に優勝して以来、誰もあのコたちのマネージャーになってくれなくて、私たちずっと心配してたんです!」

 彼女の言葉には真実味があった。優勝祝いの横断幕といい、ミナミティがこの学校の生徒たちに愛されているという事がカジには理解できた。


「……なあ、一つ聞いて良いかい? 普通ああいう大きな大会で優勝したんならさ、プロ野球のスカウトみたく大手の事務所とかから声が掛かるんじゃないの? マネージャーの成り手が今までいなかったってのは変な話な気がするけど」

「あ……それは……」

「それはアタシが説明するよ!」

 カジが振り返ると、恰幅のいい中年女性が立っていた。先ほど校門にいた用務員の佐伯である。


「今日はもう帰るんだろ? 出口に案内するから、道すがら話すよ」




 カジは佐伯に連れられて出口に向かう。

「さっきは疑って悪かったね。これ返すよ」

 そういうと佐伯は1枚の書類と首賭けをカジに手渡した。


「あ、契約書とスタッフ証……」

「さっきストーカー野郎がこれを見せて門を通せってきてたからね。とっちめて、取り返しておいたのさ」

「ああ、ありがとうございます……でも俺は…」

「なんであのコたちが大会に優勝したのにマネージャーがつかないかだったわね?」

 カジが言葉にかぶせるように佐伯は話し始めた。

「それは、彼女たちの優勝がやってはいけない事だったからなのさ」

「優勝がやってはいけない事?」

 不可解な話にカジはオウム返しする。


「優勝するアイドルはあらかじめ決まっていたのよ……大会は大手芸能事務所の力を背景にした出来レースだったって事」

 佐伯がため息交じりに言った。勝ち組は身内で利益が出るようにうまく仕事を回すもの。倉原の言葉がカジの脳裏をよぎる。


「プロレスみたく台本(ブック)があったって事か……まあ、有りそうな話だが」

「その証拠に大会前から特定のアイドルだけテレビやCMでの露出も明らかに多かった。表向きはどこの事務所にも属さないアマチュアアイドルの大会だったはずなのに、実際のところは大手事務所のただのプロモーションイベントでしかなかったのさ」

「ふん、なるほどね」

「放送局もスポンサーもグル。当然審査員も彼らの息がかかった人間……順位は金とコネで決まり、まったく背景を持たないグループは優勝できないはずだった……でも彼女たちはその不文律を自力でひっくり返して優勝しちゃったのよ」


「……へえー」

 カジはことさらにそっけなく答えた。


「アタシらもあの時は本当にスカッとしたわ! でも、あのコたちにはそれが災いしてね……面目を潰された大手事務所は最初こそ寛容で、条件次第では自分たちの傘下に加えてもいいとミナミティに接触してきたの。ただ、その条件は彼女たちにとっては受け入れ難いものだった」


「枕営業とかそんなとこか」


 佐伯はこくりと頷き、話を続ける。

「秩序を乱す者は許さないのが芸能界のオキテ……彼らの誘いを断った彼女たちはこの国の大手芸能プロダクションやメディアからは半ば無視される存在になった。本来ならドル1甲子園の優勝グループはメディアでも大々的に取り上げられるはずだったのに」 

「……俺が暴れてる裏でそんな事が…………でもそりゃ、仕方のないこった。この国は縦社会。上の奴らに従えないなら、生き残る事は出来ないさ」

 受け売りの言葉でカジは彼女たちの行動を暗に批判したように見えた。和を重んじるいかにも大人の意見である。郷に入っては郷に従え。世の中に不満があるなら自分を変えるか耳と目を閉じ、口をつぐんで孤独に暮らせ。それが社会で生きるという事だ。しかし、カジという男の本質はと言うと、むしろその真逆である。


「他の中小事務所も同調して彼女たちのマネージャーにつく事はタブーになってしまった……でも、彼女たちは意気消沈しなかった! むしろ燃えている様だったわ!」

「何の力も無い若造が大組織に噛み付いたってろくなコトにはならねえ……さっさと頭を下げりゃ良いものを」

 反骨心バリ過多、ブレーキ油少な目、協調性はなし。大人になり切れず、決められたルートからは常にはみ出し続けてきた男だ。


「自分たちのやり方でアイドル界を変えてやる……自分たちが新しいアイドルの道を作ってやるんだって言ってね!」

「はは! 下克上かましてやろうってのか! そりゃあ無謀ってもんだ!」

 カジはあからさまに嘲笑して見せる。しかし、彼の声にはどこか嬉しさを感じさせる昂ぶりがあった。


「あたしも最初はそう思ったよ。でもね」

 カジの「大人の事情」にはやはりのっぴきならないアレやコレやが含まれている。またカジにはリスクとリターンを天秤にかけるだけの理性もある。しかし、それらを鑑みてもなお、カジの心に去来する感情は彼の選択を決定するに十分足るものであった。


「こんな逆境でもいつもと変わらず心底楽しそうに、どんな方法で見返してやるか、どんな方法で人を楽しませてやろうかって考えてる彼女たちの姿を見てると……アタシも、この学校の生徒たちも……何でか応援したくなっちゃうんだよねえ」


(「アタシらの流派で空手の王道をぶち壊してやろうじゃん!」)


「フッ……苦労知らずのお嬢さんが、ナマ言ってんじゃないよ……」

 そう呟くとカジは踵を返し、出口に背を向け歩き始めた。


「あれ? 帰るんじゃなかったのかい? そっちは反対だよ?」

「ああ、ちょっと忘れ物を思い出したんでね!」



                *


「うーん、現有のリソースだけではどうしてもカバーできないポイントが出てしまう……しかし、今から替わりの人材が見つかるとも思えないし……」

 アイドル部部室。カジが去ってからもアキはまだ部屋に残っていた。彼女は何度も資料に目を通したり、室内をぐるぐる歩いたり、時折天井を見つめる等、落ち着きない様子で思案に暮れていた。


「ある程度のリスクには目を瞑るしかないか……と、もうこんな時間!?」

 時刻は18時。アキはすっかり暗くなった外の様子を一瞥すると、そそくさと扉を開けて部室の外に出た。


「よお」

 

 暗がりの廊下には怪しい黒スーツの男が一人立っていた。不審者であろうか。

「あなた……」

 照明の薄明りに照らされた男はカジであった。一度は彼女の話を断りながら、おめおめとアキの前に戻ってきたのは彼女に対してある質問をするためであった。


「二つだけ気になった……まず一つ目は、アンタたちの事だ。何故、芸能界に反してまでアイドルを続ける? 何故そこまでする必要がある?」

「誰かにハナシを聞いたのね」

「そこまでしてまでアンタたちを突き動かす理由は何なんだ? 金の為とか、同情を集めたいからって訳じゃないんだろ?」

「……何でそうじゃないって分かるの?」

 今度はカジが真剣な眼差しでアキの瞳を見つめる。


()()()分かる」


 カジの言葉を聞くと、数瞬の沈黙ののち、アキは視線をやや下に向けて静かに答えた。

「貴方には貴方の事情がある様に……私たちには私たちの事情があるんです」

 そっけない返答である。しかし、その言葉と態度に悪意や後ろ暗さが無いことはカジには理解できた。


「そうか……それじゃあ二つ目の質問だ」


 カジが確認したかったのは言葉ではなかった。そして、アキの目を見た時、カジの心は既に決まっていた。


「…………ボーナスは出るのかい?」

「えっ!?」

 アキは驚き、視線を上げる。

「じゃあ……やってくれるの!?」

 期待に満ちた声でアキは問いかける。対照的にカジはバツが悪そうに視線をやや横にそらした。


「言っとくがな、俺は空手を使ってケンカしたりはしないぜ。たとえストーカーをみつけたとしても警察に通報して終わりだ。いいか、もう一度言うぜ? ケンカはしねえ。それが条件だ……で、質問の答えは?」

 カジはそっぽを向きつつ答えを問う。素直になれず、キザな言い回しをしてしまった事にやや照れているようでもあった。


「成果次第ね!」


 アキは右手をカジの前に差し出す。カジはその手と彼女の顔を交互に見やると、口元が少しばかりほころんだ。


「成果次第ねえ。まあ、いいか……ただあまり期待はしないでくれよ? 何しろ俺は女々しい男だからな」

「……その上漫画オタク!」

「おい!」

 カジは苦笑いしつつアキの右手を握り返した。


 こうして──紆余曲折はあったものの──カジはアイドルグループ・ミナミティのマネージャーとして再就職を果たした。

 予定調和。この時点ではただそれだけの事でしか無かったが、彼は己の人生の前途遼遠をいっそう予感せずにはいられなかった。


 そして、もちろん読者の皆様の期待通り、その予感がはずれることは無かったのであった。


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