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ラフライフ! -底辺空手家アイドル下克上‐  作者: 甘土井寿
一章 写真のストーカー編
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第5話 はじめまして、さようなら

前回のあらすじ:なんやかんやで職場に辿りついたカジ


石竹尋(いしだけひろ)です。ミナミティの一応リーダーでプロモーション企画の仕切りをやったりもします。今後はマネージャーとも色々と連携して効率よく仕事が進めて行けたらと思います」


「あ、い、今水翔子(いまみずしょうこ)と申します……歌詞を作ったり衣装をデザインしたりする事もあります……ああ! でもアタシはセンスが無いんでそんな大したやつじゃないんですけど……そ、その、えーと……」


浜星遥陽(はまほしはるひ)18歳! とにかく一番元気です! ミナミティで一番パワーがあります! パワーなら誰にも負けません! 私たち3人合わせて…」


「「「 ハマの高校生アイドルユニット・ミナミティです! どうぞよろしく! 」」」


 カジは混乱したまま学校内の一室に連れて来られ、彼女たちの自己紹介……というより名乗り口上を聞かされていた。


「あ……ああ、どうも? カジと言います……よろしくお願いしゃす……」


 アイドルのうち二人は【大龍(タイロン)】にいた少女たちであった。カジは辺りをきょろきょろと見渡す。写真やトロフィー、CDジャケットなどが飾られた7畳ほどの部屋は、おそらく部室であろうという事は理解できた。


「はい、じゃあ新マネージャーとの顔合わせはこんなところで! アンタたちは練習に戻って! 特にショーコとヒロ! サボった分は居残ってでも練習するのよ~」

「うう……は、ハイ……」

「チェー、分かってるわよー」

「オ? 振り付け練習? やろーやろー♪」

 プロデューサーから指示が下ると3人は慌ただしく退室。部屋にはカジとアキの二人だけが取り残された。時間にして約3分ほどの邂逅。会話という会話もなく、カジは自分がマネージメントするアイドルたちのせわしない入退場を呆然と眺めているだけであった。


「さて、と! それじゃ早速だけど、貴方にやって貰う仕事について説明を……って、話聞こえてる(笑)?」

 年季の入ったPCのように頭の上の砂時計がくるくると回るカジに、プロデューサーから再起動がかかる。


「ハッ、いや……色んな事が一気に起こって頭がおっつかないというか……」

 カジは額に三本指を当てる。これはカジが混乱したり脳みそを落ち着かせる時によくするジェスチャーだった。


「今からそれじゃ先が思いやられるよー? なんせあの子達のやる事は予測不能な事ばっかりだからね」

「はあ……」

「さてさて、アタシも一応自己紹介しとくかな…………おほん、ミナミティのプロデューサーの康崎亜紀(やすざきあき)です! 仕事はもちろんミナミティのプロデュース! マネージャーも兼任してたんだけど、流石に一人じゃキツくなってきてね。カジさんにはアタシのやっていた仕事を一部引き継いでもらいたいの」


 ミナミティの渉外およびプロデュース業務を一手に引き受ける才媛。校門で会ったパラディン(仮)がアキを評した言葉である。カジは年下の、それも女子高生のプロデューサーの下で働くことに対して不安を覚えないではなかったが、それ以上にアキという少女が放つ才気とオーラに圧倒されていた。カリスマ性と言ってしまえばそれまでだが、弁論スキルや仕事のノウハウ、性的魅力とも違った特異な資質──この少女が纏う空気には、とにかく言語化できない凄味があった。少なくともカジにはそう感じられた。


「やって欲しい仕事は2つあるんですが……そもそも、この仕事では何をするかってどういう風に聞いて来てます?」

「え、えーと? 募集要項にはアイドルのマネージャーをする……としか」

 それ以外に何があるのか?と疑問に思いつつ、質問の内容と齟齬が無いよう言葉を選んでカジは答えた。


「ああそうね、そう……マネージャー。つまりマネージメント業務を行う人。 彼女たちのスケジュールを管理し、予定通りに遂行させること……それが一つ目の仕事ね」

「ハア、二つ目は……?」

 アキはカジの問いには直接答えず、代わりに数枚の資料を手渡した。クリップ止めされたA4用紙には、3人の男女の写真と手書き文章のスキャンコピーが記載されていた。文章の内容は以下の通りである。



///////////////////////////////////////////////////


拝啓  ミナミティ様


ミナミティのみなさんは 卒業を前に 残念ながら 死ぬ事になります。


ただどうか 悲しまないでほしい。


あなた方のような 美しく 崇高な存在を この手で殺すことになるのは


悲しくもあり とても名誉なことでもあります。


あなたたちは 芸能界の腐った男どもや 


堕落しきった大衆にけがされる前に


純真で清潔なまま この世を去るべきなのです。


だから あなた方が 将来 何ものかに壊されてしまう その前に


わたしが責任をもって 処刑させてもらうことになったのです。


そして その事が 世に知れ渡った時 


ミナミティとわたしは 永久不滅の存在として


この世に 残り続けることになるでしょう。


///////////////////////////////////////////////////



「…………このイカれた文章は……いわゆる殺害予告と言うやつで?」


 資料に目を通したカジが恐る恐るアキに質問する。


「正解」


 事も無げにアキは答えた。


 アイドル戦国時代真っただ中の現在、ファンたちが自分たちの有り余る愛を表現するために過激な手段を選択する事は珍しくない。愛の方向性が歪み、暴力行為に走る実例は周知のとおりである。殺害予告は言わば直接攻撃に及ぶ一歩前段階の行為であり、お手軽かつリスクも少なく古くからファンに親しまれてきた迷惑行為だ。実際に殺傷行為が実行に移されるケースは極めて稀だが、予告される方にしてみれば恐怖以外の何ものでもない。


「噂には聞いていましたが、アイドルやってるとこーゆーのが届くんすね……いやあ、物騒だ」

「まあねえ」

 彼女たちにしてみれば文字通りの死活問題──のはずだが、アキの態度にはどこか余裕があるように見受けられた。


「で、この写真の人たちは?」

 カジが資料に映る3人の男女を指さす。

 写真に写る人物たちの特徴はこうだ。



1枚目:情緒不安定そうな表情の若い男性 痩せ型・童顔・角刈り 白いパーカーと黒いリュック

2枚目:紳士然とした白髪の初老男性 190cmを超える長身 濃紺の軍用コートとハット 

3枚目:マスクとサングラス姿の女性 年齢不詳 腰までかかるロングヘア 赤のトレンチコート



「……容疑者」

「えっ」

 アキがさらっと答える。

「こいつら全員ストーカーだから」

「はあ?」

「デデン! 手紙の主(犯人)はこの中にいる!!」

「ええええええーーーーーっ!?」

 ジッチャンの名にかけて!とでも言いそうな勢いである。そう、カジの二つ目の仕事とはすなわち……


「というわけで二つ目の仕事は襲ってくるコイツらから彼女たちを守り、あわよくばぶっ飛ばしてとっちめる事! どう? やりがいがありそうな仕事でしょ?」

 沈黙するカジ。本日何度目かの呆然タイムだ。


「んじゃ! そんな感じで、お仕事よろしく!」

 アキはあっけらかんと言い放つ。「簡単な仕事だからあとは任せた」と言わんばかりだが、無茶ぶりにもほどがある。コンビニの店長がアルバイトにゴミ出しをさせる訳では無いのだ。カジの脳内メモリが「処理不能」のアラートを発する。


「……いやいやいやいや!?? ちょっと待てって!!! 話がとてつもなく飛躍してないかァ!??」


 カジは場に流されるそうな所を踏みとどまり、過激な指示に待ったをかけた。

「そうかしら? アイドルのマネージャーはマニュアル通りにいかないものよ」

「いや、そもそもこれはマネージャーの仕事の範囲外だろ? 確かに俺は元警備員だが、今回の仕事は危ないことが無いっていうから引き受けたんだぞ! こんな危険な仕事なら俺は…」

 カジは労働者の権利を必死に主張する。しかし無慈悲な雇用主は暴論で抗議に答える。


「あーあー、女々っしい! アンタ男なんだから、ここは二つ返事でやってやるぜ! とか、俺に任せろ! って言わなきゃさ~」

 身もふたもない返答だ。


「なっ、いや、しかし…」

「ごちゃごちゃ言うなっ! 減給するぞ!」

「あっすんません……じゃなくって!」

 雇用主の横暴に反発し、カジは一喝した。


「そういう事なら俺は辞めさせて貰います」

「えー? なんでー?」 

「なんでー? じゃない! ……俺には俺の事情があるんだよ」

 カジのその言葉には様々な意味合いが含まれていた。大人が「事情」とか「都合」とかいう言葉を使う時は、説明しづらい大いなるアレやコレやを察してくれ……という意図があるのだ。


「トラブルに巻き込まれたくない俺ってクールだぜって感じ?」

「さっきから口悪いなアンタっ!」

「ふーーん」

「ボディガードが要るなら“市帝(シテイ)ハンター”でも雇ってくれ」

 カジはあくまで意思を曲げない姿勢だ。これ以上何も話すことはないという意味で背を向け出口に向かう。ちなみに「市帝ハンター」は彼の好きな漫画のタイトルだ。


「……ぴったりの仕事だと思うけどなあ。だってあなた凄く強いでしょ?」

 カジの足が止まる。


「せっかく磨いた強さなら、それを仕事で役に立てたいとは思わない?」

「俺を調べたのか?」

 彼の経歴を調べた時に必ず目につくであろう、唯一秀でた実績。それは空手だ。彼は20年来の空手家であり、公式の大会でも輝かしい結果を残している。カジの強さとは、すなわち彼の持つ戦闘力の高さを指している事は明白であった。

   

「まあね。前の仕事を首になった経緯(ケンカ)も聞きました。でもそれとは関係なくアタシには()()()分かるの」

「ハッ! 見れば分かるだって? 体格? 身のこなし? ゲーセンのチンピラにボコられた男を捕まえてお笑い草だぜ! 素人が何を根拠にそんなこと言ってるんだ?」

 素人の皮算用を鼻で笑うように吐き捨てる。しかし、彼女の瞳は真剣そのものでありハッタリでも無根拠でもない事が伺えた。


()()()分かるの」


 アキの言葉には得もいえぬ説得力が込められていた。カジは嘘やごまかしが通じない事を直感すると、彼女の透き通る瞳を見つめ返して静かに答えた。


「……ああ、確かに俺は強いよ」


「強い男はか弱い女の子を守るべきとは思わない? 色々と役得もあると思うけど」

 アキは足を組みかえながら艶っぽい声でカジに囁く。

「あのコたちは無理だけど……アタシなら少しはサービスして上げられるわよ?」

 アキのような美少女にそこまで言われてドキッとしない成人男性はほとんどいないだろう。しかし、カジは残念ながら少数派の方であった。ムッツリスケベであろうか。いや……


「ガキんちょが〝フヂコちゃん″みたいなコト言うな!」

 カジはアキの誘惑を一蹴する。アキも本気ではなかったが、多少の自信はあったのか若干残念そうな表情を浮かべた。ちなみにフヂコちゃんとはカジの好きな漫画「ルブラン三世」に登場するセクシーキャラである。


「うーん、やっぱり色仕掛けは効かないんだ? 硬派なのかホ●なのか……ってか、なんか漫画の比喩が多くない? もしかしてオタクさん?」

「ほっとけ!」

「……どーしても、やりたくないって言うのね?」

「さっきも言ったが、俺には俺の事情があるんだよ」

「ゲームセンターでやり返さなかったのも事情?」

 アキは煙に巻こうとするカジの意図を無視するかのようにいちいち核心を突く。


「あんたに話す必要はないな」

 カジは再び足を出口に向ける。


「待って」

 アキは今までのふざけた言い回しはやめ、真摯な言葉をカジに投げかけた。


「あなたが単にケンカが強いからマネージャーに選んだわけじゃないの……書類を見たときから感じていた事だったけど、今日あなたの顔を()()確信した」

 カジは振り返ることなく、アキの言葉を聞く。


「あなたは強さの正しい使い方を知っている! たとえ圧倒的な暴力を持っていたとしても、それを己の欲望のためには使わない……そういう人間だと思ったから頼んでいるの! お願いします! ミナミティには、そういうパートナーが必要なんです!」


(「ただ腕っぷしが強いだけなら強者じゃない。強さは正しく使えるものが本当の強者よ」)


 カジの頭にかつて聞いた言葉がフラッシュバックする。


「その言葉……」

「なに?」

 何かを言いかけてカジは頭を振った。


「いや……とにかく、何と言われようが俺は危険な仕事を引き受けるつもりはない!」


 それ以上アキと言葉を続けることなく、カジは後ろ髪を引かれる思いで部屋を後にした。



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