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ラフライフ! -底辺空手家アイドル下克上‐  作者: 甘土井寿
一章 写真のストーカー編
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第44話 暗闘




「はあ、はあ! くっそ! だから俺は初めから反対だったんだよ!」



 N県某所──新月の闇も更け渡る頃、漆黒の広葉樹森にけたたましい射撃音が響く。怒声があちこちから飛び、ヒューン、ヒューンと木々の合間を7.62mmの鉛が行き交う。傭兵ショーン・フィンチはその音を耳にするたび、暗視スコープ越しに見える歪んだ世界が聖書の地獄(ゲヘナ)に見えた。



「くそっ! あぁ……くそっ!」



 ショーンは暗闇にアサルトライフルを銃撃するが、命中の手応えはなく、弾丸はむなしく闇に吸い込まれた。




「無駄撃ちはよせショーン」



 まだ若いショーンを壮年の兵士がなだめる。経験の浅いショーンとはうって変わって歴戦の強者たる指揮官フォークナーは不測の事態にもあくまで冷静に状況分析に務めていた。



「レイファー。マックス隊と連絡は?」



「…………取れません。恐らくはあちらも……」



 別働の支援部隊と連絡が途絶えてからおよそ5分。いくつかの周波で通信を試みるも返答はない。彼らの声を聞く方法はおそらくもう現世にはないだろう。



「そうか」



 フォークナーは短く答える。

 作戦は失敗した。指揮官が周知するまでもなく生き残っている小隊メンバーは皆、その事を確信していた。それ程決定的に完膚なきまでに、()()()によって部隊を殲滅させられたのだ。

 


「大体おかしいじゃねえか! 平和な日本のこんな山奥でよォ! 傭兵4個小隊を動員してまでやる様な作戦がまともなワケねえんだ!」




 ショーンに言われるまでもない。不可解な作戦である事はフォークナーも承知の上だ。そもそも、依頼主の「マガハシ三凶」は日本の重要クライアントであるが、その依頼は毎回と言っていいほど不可解なものだらけであった。



 今回の依頼も例に漏れず、「日本の山岳部のとある施設を攻撃し、クライアントの侵入を支援する」というもので、詳細はほとんど語られなかった。裏があるのは明白。あからさまに「ヤバい」ヤマであった。


 しかし、成功報酬はその不可解さに目を瞑ってなお余りある額であったし、不測の事態に陥っても十分に対処可能な強者たちを作戦に動員してもいた。ラシリア共和国の内戦で214人を射殺したスナイパー「鷲の眼」のグリフィン、戦闘民族グルカ人傭兵団の元リーダー「赤豹」のモシュガ、ブラジルのマフィア抗争で活躍した「殺し屋殺し」のカイルマン。皆超一流の傭兵。命のチップを賭けて未知の領域に踏み込むに足るだけの万全の体勢だった。


 だが、その歴戦の兵の尽くが()()()()への攻撃に際して命を落とした。



「……依頼主とも連絡が取れません。フォークナー大佐」



 レイファーの報告は暗に撤退の指示を要求していた。

 言われるまでもない。だが……



「撤退だ!こんなとこにいる理由はもうない!」



「黙れ、ショーン。敵に気づかれる」



「敵? 一体何が? 誰が敵だってんだ? ええっ?」



 敵……そう。敵。それが問題だ。


 幾多の戦場を蹂躙し、常に死線を己を中心に引いてきた真の猛者たちを()()()はいとも容易く屠り去った。

 奇襲が読まれていたのならまだよかっただろう。しかし、奇襲は成功した。たとえアメリカ海兵隊の1個中隊が守る拠点でも落とせるほど鮮やかに。その完璧な攻撃を物ともせずにフォークナーの部隊を蹂躙した力は超越者のそれだ。彼らは得体のしれない猛獣の尻尾を踏んでしまった。撤退など出来るものか。それならばいっそ……



「あそこには従軍経験のない雇われ警備員が4人いるだけじゃなかったのかよ! それが俺たちの敵に…」



 ショーンの恨み節が終わる前に、ドシャッ!とすぐそばで音がした。彼らの真上から大量の木の葉と共に何かが降ってきたのだ。



「あぁっ……!? ぐォぉ!!」



 ショーンの恨み節はそのまま遺言となった。

 人の形をした何かは、彼らに戦慄が駆け巡るよりも素早く、腕を突き出しショーンの躰を貫いていた。



「散れッ!!」



 指示を待つまでもなく残存兵2人は敵を囲いライフルを構えた……が、近すぎる。不足の事態に密集したのが仇になった。同士討ちを躊躇い引き金を引くのが1秒遅れた。その隙に敵がショーンの死体を抱え、まるで闘牛士のマントのように80kgの鈍器をスイングすると、そのひと振りが2人の頭部をあっさりと破壊した。


「……がッ!」

「ごふぉ!」


「ピーター!レイファー!」



 部下たちが一瞬のうちに倒されたが、その一瞬はフォークナーに判断の時間を与える。銃は当たらない。ならば活路は格闘戦だ。

 フォークナーは銃を捨て、セラミック製のナイフを構えて──()()と対峙する。



「お前がカラスの親玉か?」



 フォークナーにはそれが話す言葉──日本語を理解できない。

 だが、目の前に現れたのものが言葉を介する人間だと、ようやくそこで理解できた。人間が猿のように樹上から飛び降り、素手の一撃で人を惨殺せしめたのだと。



「ふっ」



 フォークナーは笑った。

 公然の大義なく、他者の命を奪うために引き金を引いてきたフォークナーは自身がいつかこのような結末を迎える事を分かっていた。いくつもの戦地で自身が生殺与奪を握った超越者であったように、いつかはそれを超える存在に自身も命を奪われる、と。


 そして、その時が来たのなら、その運命を受け入れよう。フォークナーはいつの頃からかそう考えるようになっていた。



「Finally……t((とうとう……)he day has co(この時がきた))me……」



 だが、それはあくまで戦った上での結末だ。最期の瞬間までもがき戦い、抵抗むなしく殺される。忌むべき悪魔の傭兵としてこれ以上の幕引きはないだろう。


 フォークナーはナイフを両手で抱えるように持ち、体当たりをするように突っ込む。相手を刺殺する為の最善の体勢。覚悟の一撃だ。しかし、彼の刃は相手に届く事はなかった。



「がぁはっ!!」



 正面衝突したフォークナーの体を()()はナイフごと掌底で貫いた。


 膝から崩れ、倒れ込んだフォークナーは最期の空を暗視スコープ越しに見上げた。フォークナーを倒した男は、血溜まりに沈みやがて死を迎える彼をしげしげと覗き込む。フォークナーは深淵から深淵を除く男に最後の言葉を投げかけた。



「W……Who the…((お前は……) hell are you(一体何者だ))…?」



「……Just a Scarec((ただのカカシさ))row.」




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