第43話 春風の季節
前回のあらすじ:ストーカー事件決着!そして……
気持ちの良い春の浜風が通りを吹き抜ける。
駅ロータリーに車を停めるとカジはドア窓を開けて、風を車内に取り入れると大きく一回ノビをした。
「あてて、まだ筋肉痛がとれねえな」
カジが右肩のあたりをさすりながら、半身を車から出して外の景色に目をやる。お散歩デートにうってつけの西欧風の街並み。カジはその景観を楽しむように眺めながら、この町であった出来事について思いを馳せる。
(この町にきて2か月か……たった2か月の間に本当に色んな事があったもんだ)
この町に赴任してからというものカジの身の回りでは目まぐるしく様々な出来事が起こった────ミナミティとの出会い、新しい仕事、ストーカーとの対決……
苦しみ、憤り、そして少しだけ楽しかった2か月間は春の嵐のように、あっという間に過ぎていった。
コンコン……と助手席側の窓を叩く音が聞こえた。
「ああ、プロデューサー、おはようございます」
「おはよう~、意外と早く新しい車きたね~」
そういうと康崎亜紀は助手席に乗り込んだ。
「で、今日はどこ行くんです?」
カジはアキと駅のロータリーで待ち合わせた後、車で移動するというところまでは聞いていたが、目的地までは聞いていなかった。「住所言うからナビいれて」とアキに促されるままカーナビに目的地を入力して車を走らせた。見ようによってはドライブデートに向かうカップルのようでもあるが、残念ながら彼らの関係はそのような艶っぽいものではない。
「そういや、手廻のヤロウはまだ見つかってないんだよな?」
走行中、カジは助手席のアキに尋ねた。
「ええ。本郷の証言から警察も追ってはいるみたいなんだけどね。手がかりが全くなくて、足を掴めないんだって」
「チッ、食えねえヤロウだ」
あの日──セカンド・ノアでの事件の主犯格である手廻を打ち倒した時、カジは近くの警備員に彼の処遇を任せミナミティのもとへ向かった。しかし、どうやらその警備員も手廻とグルであったらしく、事件後に彼は完全に行方を暗ましてしまっていた。
「まあ、㈱マガハシ三凶はクライアントが手を引けば何もしないはずだ。本郷が下りたんなら、やつらが俺らを襲ってくる事はないだろう」
事件のもう一人の主犯、本郷は赤い貴婦人こと拓俣久美と共に自首した。人気アイドルグループを狙った重大な犯罪であったが、結局は未遂だったということ、物的証拠は手廻が抜かりなく隠滅していたことから彼らの罪は銃刀法違反やミナミテイへの監禁と暴行未遂などに留まった。
「まあ、また本郷の人格が入れ替わって事件を起こそうとしたら話は別ですけどね」
「ううん、人格獣を見る限りはもう大丈夫そうだったよ。それに、今回の事件で彼は資金を使い切ったみたいだし。もうあれだけ大規模な事件は起こせないのは間違いないわ」
「まったく……道楽でヤバイ方向に突き進む金持ちほどやっかいなものはねーな」
アキが忍者のミカを使って調べて分かったことであるが、本郷は一介の警察官でありながら横須賀の大地主として、若くして相当な資産を相続していた。今回の事件は数十億円にものぼるその個人資産を使って犯罪コンサルタントを雇って実行したようであった。
「まあ、人間富を持ちすぎると、一般市民からは及びもつかいような変な事をやりたくなるものだからね」
「それを言うならプロデューサーの家も相当な金持ちなんじゃないですか?」
カジの軽口は「十分あんたも変な事をやってるぜ!」という趣旨のツッコミでもある。アキも彼の軽口に笑って返す。
「ん? まあね。でも私のポケットマネーは家のお金じゃないよ。ミナミティのグッズ売り上げを元手にデイトレードや投資で稼いだお金」
普通の少女が言っているのなら冗談と受け取るところだが、彼女の事であるからして恐らくは真実であろうとカジは確信していた。
「はは、末恐ろしいヒトだよアンタ」
「ま、でも今は会社設立にほとんどキャッシュを使ってしまったけどね」
「ふーん、会社設立ね…………会社…………え? 会社?」
と、カジがアキの言葉に呆気にとられた時『ピコーン♪目的地周辺に到着しました』とカーナビのアナウンスが流れた。
「そう、登記ももうしてあるの……さっ、着いたわね」
4階建ての小さなビル。入り口にある表札には「クラックス・プロモーション株式会社」と書かれている。
「えっ……会社って……えええ!?」
カジは例によって三本の指を額に当て、狼狽した様子を見せるとアキもまた例によってその姿を楽しむように笑ってみせた。
「じゃーん、ここがあたしの作った芸能プロダクション【クラックス・プロモーション】! 今日からミナミティはここの所属アイドルということになるわ」
「いや……しかしっ……そんな急な…」
「学校を卒業しちゃったし、いつまでも無所属アイドルってんじゃカッコがつかないからね」
実はカジがマネージャー業を行っているとき、アキが不在にする事が多かったのは会社設立のための手続きを密かに進めていたからでもあった。ストーカーの調査やプロモーション企画を進めながらもこのようなマルチタスクをこなしていたというのであるから、彼女の能力の非凡さが伺える。
「ミナミティはどこも雇ってくれないのだから、いっそ独立してやろ! っと思ってね……フフフ、ミナミティを干した芸能界の連中もここまでやるとは読んでなかったでしょうねー」
アキが事も無げにそう説明した。カジは彼女のバイタリティに驚いたが、ある種の納得感もあった。彼女たちならこれくらいの事はやるだろうと。今までも突飛な事は何度も見せられた。
「いやはや……まったくアンタたちはいつも予想外の事をする………………でも、ま、これで俺もお役御免って事か」
「え?」
「俺は派遣されているだけの雇われマネージャー。正式に事務所が開かれるんなら、専属のマネージャーを雇えばいいのだし、だったら俺をもう…」
「てやっ!」
アキのチョップがカジの脳天にクリーンヒットする。
「あ、痛い! 何するんです!?」
「いや、あんまりにもアホらしい事言うもんでついね……」
アキは深呼吸すると、ハッキリとした声で宣言した。
「あなたに頼むに決まってるでしょ! ミナミティのマネージャーは貴方しか考えられない。だから、これからもよろしく頼みます……カジマネージャー!」
アキははじめて出会ったあの日と同じように右手をカジの前に差し出した。そして、今度は答えを返すのにカジが時間をかけることはなかった。
「……押忍!!」
カジはアキの手を強く握り返すと、アキはニッと笑ってカジの目を見つめ返した。
「ふふふ、これからが大変になるわよ? 会社を立ち上げても仕事が無かったらすぐに潰れてしまうのだし。しばらくは足を使ってドサ回り……貴方にも今まで以上の業務をやってもらうことになるわ」
「忙しくなりますね」
「会社設立前にもっとミナミティの事を宣伝できてればよかったんだけど…………ああ、そうそう、本来ならセカンド・ノアのステージでこの会社の旗揚げを宣伝してやるつもりだったんだよね」
「い!? また俺が聞いてないところでどえらい事をやらかそうとしてたんすか?」
「それくらいやんなきゃ芸能界では生きていけないからね……さあ、こうしちゃいられない! 早速、新しい仕事の説明をするから事務所の中に入った入った!」
「はは、お手柔らかに頼みますよ」
二人はあわただしくビルの中へと入っていく。
春の嵐のように、あるいは夏の疾風、秋の旋風、冬の木枯らしのように。目まぐるしく過ぎ行く彼らの青春の季節はまだ始まったばかりなのである。




