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ラフライフ! -底辺空手家アイドル下克上‐  作者: 甘土井寿
一章 写真のストーカー編
43/45

第42話 道化たちのカーテンコール

前回のあらすじ: 〇カジ  VS 手廻六郎● 0分18秒 KO(正拳突き)

         〇ツウゴ VS 本郷隼人● 0分11秒 KO(大外刈り) 




「ツウゴさん、本当にありがとうございます!!」



本郷を撃破したツウゴが、ミナミティのメンバーの拘束を解く。


「ハルヒちゃんに感謝されるなんて感激だ!」


「早く怪我の手当てをしなくちゃです!」


 ショーコがツウゴの怪我を案ずる。本郷の銃撃でツウゴの肩は負傷しており、シャツにはワインを零したかのように鮮血が滴っていた。


「ん? ああこれ? 貫通してるし大丈夫だよ」


「でも血がたくさん出てます……救急車を呼ばなきゃ!」


「ああ、なんという女神……ショーコちゃん、やはり僕たちは前世で…」

「あっ! アイツ!」


 ヒロが叫ぶと一同が彼女の指さす先を見やる。空調機室の入り口の前には本郷が立っていた。逃走を試みようと、今まさに扉を開ける寸前であった。


「ぐ……はあ、はあ!」


「あの状態で動けるとはな」


本郷は扉を開けるとヨロヨロと空調機室の外に身を出した。その姿は立っているのもやっとという様子であり、しかも拳銃はツウゴに倒された衝撃で手放したままである。すぐに追えば難なく追い付けるだろう。


「お……俺は……ヒーローなんだ……ヒーローはこんなところで…………はあ、はあ……負けたりは…………」


扉のすぐ隣は地下駐車スペースだ。車で逃げるのが狙いかもしれなかったが、悪あがきなのは明らかであった。


「往生際NGだ。おとなしく……」

ツウゴが彼を追い駐車スペースに出ると、ふいにエンジン音が聞こえた。

横を見ると白のランエボが駐車場内とは思えない程の猛スピードで突進してくるのが見えた。


「ぬはっ!!!」

 ランエボはツウゴを数メートル突き飛ばすと、運転席から女性が飛び出してきた。


「本郷くん、早く乗って!!」


「久美……おまえ……」


赤いコートにサングラス──久美と呼ばれたのはストーカーその3・赤い貴婦人であった。彼女は傷ついた本郷に近づくと寄り添うように肩を抱いた。


「ああっツウゴさん!」

遅れて空調機室を出たミナミティのメンバーがツウゴが倒れている様子を確認し、新たな脅威に目を向けた。


「赤い貴婦人!! どうしてここに!?」

「小娘ども……お前らさえいなけりゃ……」


 赤い貴婦人こと久美は包丁を装備し、ミナミティを襲う気配を見せると三たびパチンコ玉が飛んだ──はじかれた包丁はコンクリートの床に落ちて転がる。


「ちっ!」

 パチンコ玉の指弾はもちろん、ミカの放ったものである。


「離れろストーカー!」

 ミカの声が駐車場に轟く。


「ミカさん!!!」


「やれやれ、こっちもギリギリだったみたいね」

 次いでアキの声。


「アキも!!!」

 空調気室前の駐車場にはこれでハルヒ、ショーコ、ヒロ、アキ、ミカの5人が揃った形となる。ツウゴは車にはねられ戦闘不能。だが、本郷も同様に戦闘できる状態になく、赤い貴婦人も武器を失った。

 

「逃がさんぞ! ストーカー!」

 ミカがストーカー二人に凄んで見せる。この場で今まともな戦闘力を有しているのは忍者のミカだけであった。こうなっては赤い貴婦人は本郷を庇いながら車に戻ることも出来ない。


「本郷くん……あたしたちもうダメみたい……」

 赤い貴婦人はそう本郷につぶやいた。


「……はあ、はあ、久美……()()()とは……逆に……なっちまったな」

 本郷は息も絶え絶えに赤い貴婦人に感傷的な言葉を投げ掛ける。


「あの時……私が助かったのは本郷くんのおかげ……だから今度は私が本郷くんを守らなきゃならなかったのに」

「ああ……ようやく分かったよ…………本当のヒロインは……お前だったんだ……ずっと昔から……」

 本郷は赤い貴婦人のサングラスをはずすと、涙で潤んだ瞳が露になった。


「君は真のヒロインだ……だからこそ……あそこで死んでいてくれれば僕は真の悲劇のヒーローになれたはずなのに…………」

 本郷はうわごとのようにそう呟きながらも手にしたサングラスを何故か自分の顔に掛けた。


「だから…………今度こそ終わりにしなくちゃな」

 

「な、何だかよく分からない雰囲気ですが……二人を拘束してしまってもいいんですよね? お嬢様……」

「え、ええ…………ってあれは!?」


 アキは本郷がカプセル錠を手にするのが見えた。おそらくは手廻が口にしたドーピングと同じものであろう。同時に本郷の人格獣(アニマ)が2体に分裂するのも確認した。明らかに危険な兆候!そして、もう片方の腕でジュースの缶のようなものを取り出し……


閃光弾(スタングレネード)だ! 皆目を閉じろ!」

 そう叫んだのは地に伏したツウゴであった。瞬間──強烈な光が辺りを包む!


「なッ……しまった!!?」

 ミカはギリギリで目を手で覆ったが、閃光に阻まれ本郷の姿を見失ってしまう。


「ふううーー!! ハッハッハ!! こんな近くにヒロインがいたなんてなあ!! ()()ッ!!」

 サングラスを掛けていた本郷──もといレイガンのみ、閃光の中で視界が確保されていた。また、【超人薬(ハルケイン)】を飲んだ彼はいくらかダメージも回復したようであった。それは脳内麻薬の分泌による一時的な効果であるが、スキをついて逃走するにはそれで十分であった。


「悲運のヒーロー劇の幕を閉じよう!! ヒロインと……ヒーローの死によってな!!」

 ミナミティ一行は閃光弾によって視界が遮断されている中、本郷(レイガン)の叫び声だけが耳に入っていた。


 十数秒後、視界が復活するとそこには本郷と赤い貴婦人の姿だけ無くなっていた。車はそのまま残されていたことから徒歩で逃げたようであった。


「くっ! 私としたことが……」

 ミカは悔しがるが、時すでに遅し。本郷の足取りを掴むのは難しかった。


「逃がしてしまったか……」

 アキも後顧の憂いを残したことに残念そうな表情を見せた。


「行っちゃったね」

「うん……たぶん、あの人たち……」

「死ぬ気だったね」


 ミナミティのメンバー3人は顔を見合わせながら本郷(レイガン)の意図する事について一致した見解を話した。本郷の歪んだ美学──もう一人の人格である(ヴィラン)ミナミティ(ヒロイン)を殺すことで味わう予定だった絶望感。悲劇のヒーローとしての自身を演じるために必要だったその役割は突如現れた赤い貴婦人に代替された。それは閃光弾を放ったスキに彼女たちに危害を加えようとしなかった事からも推察できた。


「あのね、ヒロちゃん、ハルヒちゃん……」

「これ以上あたしたちの周りで誰か死ぬのはイヤ……でしょ、ショーコ?」

「あたしも今ソレ考えてたよ!」

 

 本郷と赤い貴婦人。残ったストーカー二人が死ねば、ミナミティとしては得があっても損はない。彼女たちの命まで狙った二人であるからして、たとえ見殺しにしたとしても人道上の問題があるようにも思えない。むしろ身を案ずる事のほうが筋違いである。しかし……


「ああいう人たちにこそ楽しんでもらうのがプロのアイドルってやつよね」

「でも、どうすればいいかな?」

「あの人悲劇のヒーローに成りたがってたよね……だったら、悲劇的な雰囲気を壊しちゃえばいい気がするんだよね」

「そうね。でも問題はあの二人がどこに逃げたかって事で……」


 ミナミティのメンバーが3人で相談を始める。今まで何度も目にして来た光景だ。講演会の段取りを無視してコスプレマジックショーを始めた時も、握手会で人狼ゲームを始めた時も──彼女たちが思う〝面白い事(エンターテイメント)"を企画する時はいつも周りの状況などお構いなしである。


 ものの数分前まで彼女たちは本郷に拘束され命の危険に晒されていた。しかし、彼女たちの頭からは恐怖や怒りはスッカリなくなっており、代わりに〝面白い事(エンターテイメント)"のインスピレーションで頭が満たされていた。


「アンタたち! 無事でよかったわ!」

 アキがミナミティの3人に駆け寄る。


「本郷に攫われたと分かったときは本当に心配したけど……さあ、それよりも、まだセカンド・ノアのステージには間に合うよ! 私が運営スタッフには事情を説明するから、アンタたちはすぐに衣装に…」


「ねえ! アキちゃん! アキちゃんの力でさっきの二人の場所は分からない?」


「え……? 近くにいればある程度は分かると思うけど……でもそれはミカに任せて、私たちは今私たちに出来る事を……」


「ミカさんにはツウゴさんの手当てをしてもらいましょう! それよりあたしたちにイイ考えがあるの!」



              *


「はあ、はあ! もう終わりにしよう! 本郷の……いや俺の! ヒーローとしての人生に!」


 かながわスーパーアリーナにほど近い公園。イベント会場の熱気がわずかに伝わるこの場所で、二人の男女が人生最後の逢瀬を遂げようとしていた。


「さあ! 久美! ここで一緒に終わろう! 相対死こそ悲劇の終わりに相応しい!」

「……いいわ。貴方と一緒に死ねるなら……何の未練もない」

 本郷は先ほど、駐車場から逃げるときに拾った久美の包丁を構える。


「誰にも邪魔されない……この静かな公園で二人で死ねるなんて……」

 久美はコートを脱ぎ、背中を本郷に向けた。


()()()は死ねなかったけど……今度は……」

「はあッはあッ…………宅俣久美(たくまたくみ)さん……ずっと好きだった」


 包丁を握りしめ本郷が駆け出したその時……



  「「「 ちょっと待った~~~!!! 」」」



 本郷の背後から声がした。


「…………な!? お、お前たちは……」


 声の主はミナミティの3人である。3人は何故か衣装に着替えており、即席の簡易スポットライトで照らされていた。


「フッフッフ、新藤ママに倣ってミニライブ用道具を用意していてよかった」

 ハルヒが誰に聞かれるでもなく、何故か用意されていたセットについて説明した。


「何よお前ら……わざわざ追って来なくても私たちはここで死……」


『黙りなさい!!』

 ミニスピーカーからマイクを通してヒロの声が響く。


『あなた達、これだけ好き放題やって満足して死ねると思ってるの!?』

「な……なんだと!?」


『そうです! あなた達は事件を起こした罰として……悲劇のヒーローぶって死ねる雰囲気をぶち壊しちゃう事に決定しました!』

 ショーコが本郷たちに宣言する。


 彼らストーカーが何よりも重視するのは「雰囲気」。ストーカーとは一人残らず全員がロマンチストなのだ。理よりも情を重んずる。彼が死を選ぶにしても駐車場ではなく夜の公園という場所を選んだのもその為である。会場のストーカーたちがツウゴのムービーで毒気を抜かれたように、彼らが「悲劇のヒーロー」「悲劇のヒロイン」に成りきって自死を遂行するにはそれに見合ったムードが必要不可欠なのだ。


 その事は、ベクトルは違えど彼らと同様に非合理的なノリで生きているミナミティたちも十分に理解しているところであった。


『それじゃあ! パワー全開でミニライブ一曲目行ってみよう!』 

『一曲目から新曲ですよ! これは叶わぬ恋に身を焼かれたある男の事を歌った曲なんです!』

『ミナミティで【恋のOne(ワン) WayS(ウェイス) talker(トーカー)】! ミュージックスタート!』


 その結果彼女たちは彼らが悲劇的に死ねる雰囲気をぶち壊しにするため──セカンド・ノアも警察への通報も放りだし──彼らのための特別路上ライブを行う事にしたのだ。

 通常の思考回路ではとても思いつかない、馬鹿馬鹿しいにも程がある方法である。そもそも、彼らの命を救おうとする試み自体が馬鹿馬鹿しい事であるし、悲劇のヒーローを気取って命を絶つこともまた馬鹿馬鹿しい事であった。

いや更に元を正せば今回の事件そのものが茶番劇だ。茶番に茶番を重ね塗りしてはもはや劇場とは言えず、さしずめ馬と鹿しかいない茶色づくしの牧場である。


『すれ違う事も許されず サヨナラさえも言えなくて ロッキン揺れるマイハート~♪』


 しかし彼女たちの歌声は真剣そのものであった。彼女たちの声に惹かれるように、今回の登場人物たちが公園に集合してくる。


「おお……! 新曲だ! まさかこんなところでミナミティの新曲が聞けるなんて……くう~!」

「お前……手当てしたとはいえ痛くはないのか?」

 拳銃で撃たれ車に跳ね飛ばされたツウゴはであるが、もはやケガなど全く気にした素振りもなく、ミカは感心半分呆れた半分の表情で彼の様子を見ていた。


 

『夕日と共に消えるさだめか 見下ろす錆びた飛行船 黄昏、暮れる カントリーロード Wow…♪』


「はあ、はあ……プロデューサー……こりゃあ一体どうゆう事です?」

 手廻(てまわし)を撃破したカジも公園に合流していた。これといった外傷を負っているわけではなかったが、奥義を使用した反動で満身創痍となっている様であった。


「……いや、あたしにも意味分かんないんだケドね…………」

 アキはそう言いながら本郷と久美の方を見やる。凶悪なモンスターのようであった彼らの人格獣(アニマ)が穏やかな姿に変質していくのが確認出来た。天使の聖歌に秘められた奇跡の力……と表現するにはあまりに素っ頓狂ではあるが、彼女たちのパフォーマンスが彼らの凶暴性を鎮静化させている事は確かであった。


『ああ 僕は影法師 君の事もっと教えてほしい♪』


「……本郷くん」

「ははは……これじゃあ俺らは英雄(ヒーロー)でも悪党(ヴィラン)でもない……ただの道化(ピエロ)だな」

 本郷と久美は完全に毒気を抜かれており、道化(ピエロ)だらけのカーテンコールの一員としてミナミティの歌に聞きいるしかなかった。


『ああ 恋の鉄格子 橋を架けてと 願う彦星♪』



 月も見えない暗雲たちこめる空の下、街灯と小さなスポットライトに照らされたその一角は、パンドラの箱の最後に残された希望のようでもあった。


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